ハルちゃんのわけ 2
私はその話を聞きながら、でもうつむいて、ハルちゃんが座っている布団の、水色とグレーの水玉模様のカバーをずっと見ながら、ハルちゃんとミィ君がむかしうちに泊まった夜の事をぼんやり思い出していた。
この応接間ではなくて居間に布団を引いてもらって3人で寝たのだ。ミィ君は先に寝入ってしまって、私はハルちゃんに本を読んであげていた。ハルちゃんはうつ伏せになって本を持つ私の手首をそっと掴んで、私のわき腹の所に顔をうずめるようにして、そして眠った。私は寝かしつけてあげられた事にとてつもない喜びを感じたが、同時に一人取り残されたような気分になってすごく寂しく感じたのを覚えている。
「この話をしながらも」とハルちゃんが言った。「オレはむかし両親がもめて話し合いをしてた時に、この家に泊めてもらってリツに本を読んでもらった時の事を思い出してる。オレはずっとリツの手を掴んでた。リツが夜中に他の部屋に行って、オレとミノリが取り残されないように」
嘘みたい…。「私も今同じことを…」言いかけて止める。
飲み会の帰りも私はこんな事を言ってた。ハルちゃんが私の手首をじっと見ている。私は無意識に、あの時握られていた右手の手首を左手で掴むようにして触っていたのだ。
布団の上に足を投げ出していたハルちゃんが急にバッと体制を変えて、立膝を付いて私の方へ少し寄った。
「ごめん!」慌てた私は焦って早口になる。「もう私自分の部屋に行くから。お風呂とか洗面所も好きに使ってね。だいたいわかるでしょ?何かあったら呼んで。使ってないハブラシは上の戸棚に入ってるから」
「…リツ!…行かないでよ、もうちょっとここにいて」
立ち上がりかけた私は手首を掴まれた。
「今言いかけたの、最後まで言って」
「…」
「言ってよ」
なんとか後ろへ体を少し引きながら私は言った。「手、ちょっと離して」
が、ハルちゃんは反対に、私の手首を掴む手にぎゅっと力を入れて言った。
「同じ事思ってたって言おうとしたんでしょ?」
ふっとハルちゃんが笑う。笑ってるけれどなんか怖い。むかしのあの、本を読んで上げた時のハルちゃんとは違って手もデカいし握る力も強過ぎる。
そのままハルちゃんはゆっくりと力を入れ、私の手を引っ張るので抵抗する。
「ちょっ…ほんとごめん。もう2階に行く」
「リツ」私を掴む手の力は強いのに呼ぶ声は優しい。
でも、私の声は上ずってしまうのだ。「…何?」
心臓もバクバクいっている。それなのに、ハルちゃんは嬉しそうに笑いながらもう片方の手で私の肩を掴んだ。
「リツ」
「やだもう…何!」言いながらハルちゃんが乗っている布団をチラチラと見てしまう。
ハハハ、と声を立ててハルちゃんはおかしそうに笑った。
「笑わないでよ。全然っおかしくないって。目が怖いよハルちゃん」
「も、ダメだな…」言われたと思ったら抱き締められていた。
ぅわっ!と声を上げたと思ったが、もごっ、とその声はハルちゃんの肩で押さえられてしまった。不安定な膝を付いた体制でぎゅうっと抱き締めれ、身動きが出来ない。
…私が悪いこういうのって誘ったも同じだ母さんイヤホンするって言ってたもんなでも本当は私たちの動向気にしてそうだけど母さん助けてとか呼ぶのも間抜けだよねだって私も張ったりだったけど泊まれって言ったし24だし彼氏いないし彼氏いない彼氏いないってうるさかった母さん…抱き締められたままぐるぐると考える。…彼氏はいないけど泉田先生好きだったのにふられたけどまだ好きなはずなのにどうしようすごいどきどきしてるしなんだかんだ理由付けて叫びもしないし本気で嫌がってもいないどうするんだろう私…
ハルちゃんが私の耳元で勝ち誇ったように言った。「どうせすぐそんな事言うくせに」
くすぐったい。まだ離してくれない。フフッとさらに耳元でハルちゃんが笑ったのでピクっと肩を動かすが余計締めが強くなった。痛い。ハルちゃんの背中をパンパンと叩くがそれでも離されないので仕方ない、結構強めにグーで両方のわき腹を殴ったら、「ぐえぇ」とハルちゃんはうめいてやっと腕を離した。
「痛いって!」と両脇を摩るハルちゃん。
「私の方が痛かった!もうほんと2階行くから。ついてきたら怒るからね!」
赤くなってドキドキしながらそんな事を言う自分が恥ずかしい。が、無言の、でも笑っているハルちゃんにまたあっという間に手首を掴まれた。
「ぁ、や…」
「リツ。そんな声出さないで。オレがまるで襲ってるみたいだし」
軽く襲ってるんじゃないの?これ。
少し笑いながらハルちゃんが付け足す。「余計興奮してくる」
「…わかった。じゃあ手を離して」
「それは嫌だ」
睨んで思い切り掴まれた手を引くと、やはり手は掴まれたままなのだが、「何にもしないから」とハルちゃんが言った。
「今したじゃん!」
「ごめん」とハルちゃんが言った。「リツが言うから。…目が怖いとか言うから…うぉっ!と思った。も~~。オレは今まで無理矢理そういう事をしようとした事は1回もないんだけどしそうになったじゃん」
「笑いながら言うな」
「ごめん」
やっぱり笑ってそう言われて、私は力が抜けてペタンともう一度腰を下ろした。
ゆっくりと手を引いてみるが握られた手はまだ弱められらない。自分の手首をじっと見つめてしまう。
「あぁ、ごめん」ハルちゃんが言いながら私を掴む自分の手をずらして普通に手を握ってきた。もう片方の手で、赤くなった私の手首を摩ってくれながら「もうちょっとここにいてよ」ともう一度言った。




