兄弟 1
マキちゃんがどういった意味で言ったのか聞くと、さっき私が流したけれど、明日の約束をもう一度頑張って取りつけておいでと言われたらしい。
マキちゃん、余計な事を言いやがって。
「オレはりっちゃんに余計嫌がられそうだから嫌だって言ったんだけど」とミノリ君が言う。「牧先生が、やっぱ、ちょっとお兄ちゃんの邪魔がしたいだけなんだよね?実はお兄ちゃんが大好きなんだ~~って挑発するから、それに乗ってきた。あ、何それ」
ミノリ君が私の所へ運ばれたどんぶりを見ながら言う。
鴨南そば、と言いながら割り箸を割る私にミノリ君が「あ~オレもそっちにしておけばよかった。ちょっとちょうだい」と言う。
いいよ、とも言っていないのに私の前のどんぶりを自分の方へ汁がこぼれそうな勢いで寄せて、私が「へ?」と思っているうちにもう箸を付けていた。
「ちょっと~~」と私はなじる。「いいって言ってないじゃん!」
そう言ってもミノリ君はふうふう吹きながらずるずるとそばをすする。「オレの来たら食べていいよ」
「何頼んだの?」
「ざるそば。天ぷら付きの」
「嫌だよ。私あったかいのがいいのに」
ふふっと嬉しそうに、そして美味しそうに食べるミノリ君を普通に可愛いと思う。
ずいぶんデカくなったけれど可愛い。私に近寄って来るのも、やっぱりハルちゃんに対抗したいからだよね。本当はお兄ちゃんが大好きなのかもしれない。女の子がらみのいろいろな事があったって言ってたけど、それでも自分のお兄ちゃんだもん。むかしハルちゃんの後をびーびー泣きべそかきながら追いかけていた、小さくてころころしたミノリ君を私は思い出していた。
やっぱりいいなぁ。兄弟がいるって。
ミノリ君のそばが来たが私はやはり自分の分を返してもらう事にする。冷たいそばは少し苦手なのだ。ミノリ君が食べた分、私はインゲンとナスの天ぷらをもらう。
「エビあげるよ、りっちゃん」ミノリ君が言ってくれる。「遠慮してんの?」
「ううん。インゲンの方が好き」
「変わってんねぇ」
「変わってないよ。インゲンおいしいよ」
「つぅ感じで普通にコミュニケーション取れたところで、どう?明日」ミノリ君が急に話を戻した。
「行けないって家にはもう」と私はつっけんどんに言う。
「りっちゃんが来てくれるならオレも一人暮らししようかな。兄ちゃん、すぐにでもりっちゃんを部屋に連れ込みたかったんだろうけど…りっちゃん凄いね。他の女の子だったらすぐついてってると思うけど」
「そんな女の子ばっかりじゃないよ」
「好きなヤツにしかついてかない?」
「…う~~ん…まぁ」
でも実際ハルちゃんに飲み会の帰り送ってもらって手を繋いでチュウされたしな…
ミノリ君はしつこい。「じゃあ泉田先生が『おいで』って言って来たらすぐ行く?」
うん、とうなずく正直な私。というか正直ではない。本当は、最初はちょっと恥ずかしがってみせてからうなずく、が正解。可愛く恥じらってるようにみせたいからね!
「まぁね、良かったよ泉田先生がいて」ミノリ君が言った。「オレも泉田先生なら兄ちゃんに勝てそうな気がする」
でも!私は何とも思われてないけどね!
ミノリ君が聞く。「じゃあバイクでどっか行く?」
「バイクにはもう乗らない」
「わがままだな」
「いや、その前にどこにも行かないよ」
「じゃあさ、オレだけ置いてけぼりのドライブに着て行く服、選んであげようか?」
ううん、と私は首を振る。同年代ならまだしも4,5歳も若い男の子に服を選んでもらうのはちょっと。
「男受けする服選んであげるのに」と言われて心が揺れるが、私はもう一度首を振った。
「もうなに!」とミノリ君が急に声を張り上げたのでびくっとする。
そば屋の店主も思い切りこちらを見た。
「いいじゃん1回くらい」とミノリ君が言う。「何もったいぶってんの?彼氏もいないくせに。ただちょっと一緒に出かけるだけなのにさ。別に泊まったりしようって言ってるわけじゃないんだよ?ただちょっと出かけるだけでそんなにかたくなになるとか超ダサ」
うるさいわ!
「じゃあ仕方ないな」ミノリ君がニッコリと笑った。「りっちゃんが行きたいとこに行ってあげるから」
行きたいとこに…そう言われたとおりに心の中で繰り返しながら、私は授業が始まる前に見たハルちゃんと高山先生の事を思い出す。
例えば私が映画の券を持っていたとして、知り合って間がない男の人を誘うなんてまず絶対出来ない。映画は口実で休みに会いたいだけだとしても、どうせその口実に映画を選んだなら、自分も相手も好きな映画を見たいし、相手の嗜好もわからないのに…私だってハルちゃんの今の好みがどんなものなのか全然わからない。
…もしかしたら高山先生は、一緒の高校生担当でハルちゃんと結構仲良くなったのかもしれない。それで映画にも誘ったのかもしれない。高山先生はこの2週間くらいで、私の知らないハルちゃんの事も知ったのかもしれない。




