彼の訪問 1
居間でいいわよね、と母さんが言って、応接間ではなく普通にリビングに通し、いつも来ている友達に出すようにお茶を出す。けれどそのお茶は、どこかからかもらった普段は飲まない高めの紅茶だ。
母さんは昼からパートに出かけるが、父さんは昨日の日曜日に出勤した代休で休んでいたので、居間には父さんもいた。
お久しぶりです、と彼は嬉しそうに父さんにも挨拶をする。とても自然な感じだ。
「これはまたずいぶん小さい時と雰囲気が変わったなぁ」父さんが私と同じような感想をもらした。
父さんはちょっといぶかしげな顔をしていたが、ゆっくりしていくといいよ、と彼に言った。「本当に懐かしいね」
「ありがとうございます。…なんか恋人の家に挨拶に来てるみたい気がしてきました」
「「「え?」」」私と母さんだけではなく父さんも声を合わせて聞き返す。
「え?」父さんが慌てだした。「もしかして付き合うつもりなの!?」
勢い込んで聞くので、「父さん!!」と私は声を荒げてそれを止める。
「そんなわけないじゃん!15年ぶりに会ったんだから。来てるみたい、って言ったでしょ?今。そういう感じに思えるな~~みたいな事なの!ちょっとふざけてるんだよ。ねぇ?」
来たばっかりで、冗談にしてもそんな事を親の前で言う気がしれないが、とりあえず場を収めるために慌ててフォローする。そんな私をニッコリと、優しく微笑んで見ながら彼は父さんに応えた。
「いえ、すみません。ふざけて聞こえたんならダメですね。本当にすみません。でもふざけるつもりはなくて、ただちょっと…僕の希望っていうか…本当に」
「希望?」父さんがつっかっかるように、眉間にしわを寄せて聞き返した。
「はい。来てすぐこういう話をするのもなんなんですけど、僕は…りっちゃんの事が好きで…」
「いや、」と父さんが話を遮った。「二人は、15年ぶりに会ったんじゃないのか?」
ムッとした感じで私に聞いてくる。
なんでかな。なんで来て早々そういう事を父さんに言うのかな。
「15年ぶりだよ!ねぇ?」
私がそう答えて彼に同意を求めるのに、彼はただ微笑むだけだ。
「いいじゃない!」母さんが父さんに突っかかるように口を挟んだ。「仲良くしてた男の子が15年ぶりに訪ねて来て、好きだなんて、そんなの私も言われてみたい!社交辞令でもいいじゃない。どうせリツは今彼氏もいないんだから」
「社交辞令じゃないですよ」彼が母さんに言う。
「ほんとに?ハル君みたいなカッコいい男の子が?電話でも付き会いたいっぽい事を言っててくれたんだよね~~。リツに言っても全然本気にしないから…まぁ私もただ言ってくれてるだけだと思ってたんだけど」
父さんが母さんに言う。「そんな電話があった事、なんで話してくれないの?」
「今話してる。私もその時はそんなに本気じゃないと思ってたから。でも面と向かって言ってくれるってことは、ある程度本気なんでしょう?」
「ある程度じゃないですよ~」と彼が言う。「滅茶苦茶本気です」
「ほら」と母さん。「そう言ってくれてんだから。ちょっと付き合っちゃえばいいんだよ。どうせリツには今彼氏がいないんだから」
「母さん止めて」
「ハル君は?」母さんが止めない。「今彼女いないんでしょう?」
「いませんよ!いたらこういう事は言いません」
「カッコいい~~」母さんは一人で感嘆している。バカだなぁ、母さん。
「まぁ今だけのノリでもいいじゃない」と母さんがまだ続ける。「どうせ今彼氏いないんだから」
「ホラ、お茶飲んで?」母さんは手放しで喜んでいるが、父さんはまだムッとしている。そしてムッとしたまま止めてくれたらいいのにさらに質問を続けた。
「確認するけど、15年ぶりに訪ねて来たのは、リツの事をその、…君がずっと好きだったからって事なんだね?」
「はい。こう言う風に面と向かって聞かれると本当に恥ずかしいんですけど、…ていうか僕りっちゃんにまだちゃんとそういう事を言っていないんで、お父さん、リっちゃんに気持ちが通じてからまた、お父さんとお母さんにはきちんとお伝えしたいと思うんですが」
「あ…」と父さんが返答に困っている。「あぁ…そう…なのか?」
父さんは勢いをなくして母さんに話の続きを促した。
「まぁね」と母さんは言った。「お互い大人だしね」