みんなが知ってる 1
そして私が答える前に「う~ん」とマキちゃんも唸った。
「あんま言いたくなかったんだけどさ…」
マキちゃんがそう言うので黙って喋るのを待っていると、マキちゃんも黙っている。
「マキちゃん?」
「う~~ん」とマキちゃんはまた唸る。
「マキちゃん!もしかしてマキちゃん、ハルちゃんの事が好きとか!」
「違う違う違う」
「まさか!もしかして!…マキちゃんも泉田先生の事が好きとか!」
嫌だそんなの…
私はマキちゃんの「違う違う違う」を待ち構えたのに、マキちゃんはまた唸ってから「まぁいいや」と言った。
何がまぁいいんだろう…嫌だな…すごく気になる。
「マキちゃん…泉田先生の…」
「それで」とマキちゃんが私の言葉を遮った。「飲み会の帰りのチュウってどんな感じ?」
言いたくないよ!何聞いてんだよマキちゃん。
「ほら、いいなよ」脅すようにマキちゃんが言う。
普段は普通に仲良くしてくれているが、こういう時はやはりマキちゃんの方が年上なんだなと思って逆らえなくなる。
それで「手を繋いでたら…」と私が答えるとマキちゃんは「違うって!」ときつく言ってきた。ビクッとしてしまう。
「どんな感じのチュウされたのかって事聞いてんの!」
「マキちゃん!そんな事しゃべりたくないよ私」
「あ~~」マキちゃんがくすっと笑った。「すごいやつされたんだ~~」
「されてないって!いい加減にしてよマキちゃん」
「いいじゃん、あんなカッコいい子に言い寄られるなんて。それでイズミィに告って振られるとか、リッチィ面白いよ本当に。超ダサい」
悪かったな!
「まぁ面白そうだから行ってあげるよ」とマキちゃんが言った。
「…ありがとう」
よし、と思う。
開き直った、私。こうなったらみっともないけど、最後のあがきで泉田先生に滅茶苦茶アピールしまくってみよう。最後のあがきっていうかもう振られてるんだけど。
どうせみんな知ってるんだし。泉田先生が引くくらいアピールしてみよう。
そうしたらきっぱりあきらめがつくかも。
水曜日。出勤するとすぐ塾長に呼ばれた。非常に嫌だったが行かないわけにいかない。なにせ雇い主なのだ。
私を前に座らせてにこにこ顔の塾長に凝視される。
「昨日はエリカ先生とかにも絡まれてたね」
ちっ、と私は心の中で大きく舌打ちをした。なんかもうただの下世話なおっさんだな。
「中野先生?今私の事を下世話なおっさん、とか思ってない?」
「…思ってないです」
「それで休憩に泉田先生とそば屋に行ってたみたいだけど…」
どこから見てるのかな塾長。もう確実に私が告って振られた事まで知っているに違いない。
「一昨日は来てくれてありがとう」塾長が話題を変える。「うちの奥さんすごく喜んでたよ」
こちらこそありがとうございました、と私は言う。
「あんな感じだったけどね、ハルカが結局いろいろ話して帰ってね。いや私が『中野さんにまだ全然受け入れられてないね』って言ったら、負けず嫌いなもんだから、飲み会の帰りの一部始終をね。自慢げに」
マジで!
成人男子が祖父に、しかもお互いの仕事の雇い主でもある祖父にそんな話を普通するか?
いったいどうしたんだみんな、全部秘密にしとけとまでは言わないが、もう少しお互いを思いやって、人に教えない方がいいんじゃないかなって事は黙っておいて欲しい。
それでも塾長はにこにこし続ける。
「うちの奥さんが中野さん送って帰って来た後、ハルカの前でやたら中野さんの事を良い子だ良い子だって褒めてね。私としては奥さんよりは中野さんの事わかってるつもるだから、そこまで良い子じゃないよね~、ってまぁ口には出さなかったけど、私が完全に引くくらい褒めてたよ」
イラっとしたが一応私は礼を言い、もう授業の用意をしたいのでこの場を退席させてほしいとほのめかした。
「それで休憩に泉田先生とそば屋に行ってたみたいだけど…」
また話が戻った!退席させてくれって言ってるのに。
言わしたいのか私に。告白して振られましたって。
うさんくさく細めた塾長の目から、どこまで把握しているのか探ろうとするが、逆にじぃっと見つめられて目を反らしてしまった。
「それで休憩に泉田先生とそば屋に行ってたみたいだけど…」
「塾長…どこまで知ってらっしゃるんですか?」
「塾の女の子たちにハルカ達の連絡先を教えんでくれてありがとう」
塾長はたぶん、今度4人でドライブに行く事も知ってるんだな、きっと。
なんていう職場なんだ。
「私はねぇ」と塾長が穏やかに言う。「女の子の孫がいないから、中野さんがもう孫みたいな気がしてるんだよね」
わからない。ありがとうございます、も変だし、あぁそうなんですか?、もおかしいし、何て答えればいいのかわからない。
もう私を仕事以外の事で呼び出さないで欲しい。




