四面楚歌的な 1
家に帰って母さんと二人きりになった時に聞く。父さんは今風呂だ。
「私、覚えてないんだけどちっちゃい時ハルちゃんにすんごい意地悪した事あった?」
「あったあった」と母さんが笑いながら言う。
「マジで!」
やっぱりそうか…。「どんな?今でも根にもたれるくらい嫌な事、私してた?」
「してたしてた」
「…ウソでしょ?」
「うんウソ。たぶんしてなかったと思う。でも『お姉ちゃんて呼ばないとおやつあげない』とか『にんじんも食べないともう遊んであげない』とか、本当の弟だったら取っ組み合いのけんかになりそうな事、あんたが言ってた。ハルちゃんの方がしっかりしてたのに、あんたがお姉さん面するから、お母さん見ててちょっと恥ずかしかったもん。私が注意してもあんたお姉ちゃんて無理に言わそうとするし」
…そうか~~私も今聞いてて恥ずかしい。
そう言えばそんな事、ハルちゃんも飲み会の帰りに話してたような…
「でも」と母さんが続ける。「私たちから見たらそうでもなかった事でも、子供同士で見てる事ってまたちょっと違ってるんだと思うから、ハルちゃんに直接聞いてみたら?」
聞けないから母さんに聞いてるのに。
「あんたが塾長のうちに行ってた時、ハルちゃんうちに寄ったでしょ?」
「…私が捨てたプリクラのやつとか返して。返してって言っても返してくれないと思って言わなかったけど、でも返して」
「ハルちゃんがね」
私の要望は無視してニコニコしながら母さんが言う。
「あんたと元彼の写真見た時、一瞬すごく嫌な顔をしてアルバム閉じようとしたんだけどね、やっぱり全部見返して、お母さんにこう言ったの。『僕だったらもっといろんな、もっと可愛い顔させられますから』って」
「…」
「凄くない?凄いよね~。恋愛ドラマみたいなセリフ言うからハルちゃん。もう~お母さんが言われたいよそんな事。お父さんに言ったらムッとしてたけど」
「いいから私の写真返して」
そこへ電話が鳴った。
母さんが出てニコニコしながら受け答えしている。きっとハルちゃんだ。嫌だな。
母さんは微妙に私と距離をとるように、台所の端の方へ行ってごにょごにょ喋る。何を話しているのかよく聞こえない。立ち上がって母さんのそばに寄って耳をそば立てたいが、それをやったらなんとなく私の負けのような気がする。
「そう?うん…でも大丈夫よ」と母さんが言いながら私に近寄って来た。
何が大丈夫なんだよ?睨む私をものともせず母さんが子機を渡してくる。
「はい、王子様から」
キモっ!!母さんがキモい。そしてハルちゃんはなんでわざわざ家電に電話して母さんと喋る?
無言で出ると、「大丈夫?」とハルちゃんが聞く
「何の事?」声がとげとげしくなってしまう。
「いや、今日も送りたかったけど嫌がるだろうと思って。…安否確認のため」
何言ってんの?母さんと結構喋った後で。切っちゃおうかな、もう。
「何?やっぱ怒ってんの?」
「怒ってるよ」
「どれの事一番怒ってる?」
「全部!」
ハハハ、とハルちゃんが笑った。
「泉田先生からドライブの話聞いた」
私が言うと、あぁ~とハルちゃん。「仕方ないよね?罰だもん」
「罰?罰って何!」
「覚えてないの?飲み会の帰りに…まぁいいけど」
「まぁいいじゃないよ」
「うん。ごめん」
「何がごめんなの?本当は何も悪いと思ってないでしょ?」
「いや悪かったと思ってるよ。どうせ人に教えるなら今度はちゃんとしたチュウする」
思わず電話を切ってしまった。
最低!
「あんたすごいじゃん」と電話を切った私に母さんが言う。「泉田先生に告白できたんだって?」
「はああああ?」生まれてから出した「はぁ?」で一番大きな「はぁ?」を出してしまった。父さんの入っている風呂の中まで聞こえたかもしれない。
何それ何それ何それ何それ…みんなが隠し事は無しか!泉田先生まで全部話したのか!
「ハルちゃんが心配してた」
何をだよ!!うるさいわ!
あのそば屋の後泉田先生はハルちゃんに話したって事だよね?
それは泉田先生が正直者だから?3人でドライブ行く前にそのへんちゃんと教えといた方がフェアだと思ったのか?二人の会話が目に浮かぶ。
…『わしな、楠木に頼まれたようにりっちゃんを誘ってみたんじゃけぇどな…、そのな…』言いにくそうにする泉田先生。『わしは思いもせんかったんじゃけぇどりっちゃんがな、その…わしの事が好きじゃあ言うてくれてな…』申し訳なさそうにハルちゃんをみる泉田先生。ハルちゃんが少し顔を曇らせて、それでもしれっとして言うのだ。『あぁ…大丈夫です。知ってたんで』。まだ申し訳なさそうな泉田先生。『わしは奥田にもほんま悪い事してしもうた』…
…でも!秘密にしといて欲しかったな。私と泉田先生の淡い思い出だと思えたからこそ、振られた後も清々しい気持ちでいられたのに。
「私は」と母さんが言う。「あんた男の人に自分から告白なんて出来ない子だと思ってた。がんばったじゃん偉かったねぇ」
「うるさい!」泉田先生にだから出来た事なの!
私は2階の自分の部屋へ駆け上がった。




