不安定 1
「今オレは、むかしリツに手を握られてうちに帰っているとこ思い出してた」
左側に立つハルちゃんが私に右手の平を見せてヒラヒラさせながら静かに話す。
嘘みたいだ。
「…私も今思い出してたよ」
正直にそう言うとハルちゃんがバカみたいにわざとらしい、大きなため息をついてから言った。「手を繋ぐ事も嫌だってわりに、リツこそそういう事簡単に言ってくるよね?」
でも私も本当に思い出してたし。
「…オレが思い出してたのは放課後、一緒に小学校に遊びに行っててちょっと遅くなって帰る時の事だな」
「…嘘みたい…私も。今、その時の事思い出してた」
「ほら!!…ったく!ミノリに返すメールにしてもだけどさ、何?それは計算してやってんの?」
ぶんぶんと首を振る。
いやほんとに。本当に思い出してたんだから仕方ない。
うちから10分くらいの所にあった私たちの通っていた小学校。
校門を閉めますっていう放送が鳴って、校庭で遊んでいたみんながバタバタと帰る。
私は慌てていた。放送が鳴るまで遊んでいるのはだいたい高学年の子がほとんどで、低学年の子はそれよりも早く帰るように先生に言われていた。私も、親からも言われたり、日が傾いてくるのが不安だったりしていつもちゃんと早めに帰っていたのに、その日は放送が鳴るまで遊んでしまった。一緒に連れて行っていたハルちゃんが帰りたくないと言ったからだったが、私は自分を責めていた。ハルちゃんがどう言ったって、私はちゃんと教えてあげて早めに帰らなくちゃいけなかったのだ。母さんからもそう言われてた。年上の子がちゃんと教えて上げないとって。帰ったらきっと母さんにも叱られると思うと余計気が焦った。
母さんからはこうも言われていた。ハルちゃんは本当の弟じゃないんだから、調子に乗って連れまわしたらいけないって。危ない目に遭わせてもいけなし、ケガなんてさせたら絶対にいけないって。
夏も終わりがけで日が傾くのは早い。焦りながらも、走らせてケガなんてさせたら絶対にいけないから、私はハルちゃんの手をギュッと握って無理のないように急がせた。「大丈夫だからね、まだ暗くなったりしないから」と言いながら。自分にも言い聞かせるように。
その後だ。それまでずっと兄弟姉妹が欲しいと思っていた私はそれほど欲しいとは思わなくなった。とりあえず弟と妹はいいや、と思った。毎日年下の子の面倒を見るなんて無理だな、と幼心に思ったのだ。今でも塾で受け持っている低学年の子が、就学前のクラスの子を教える手伝いをしてくれるのを見る時、頑張って一生懸命教えてくれている女の子を見ると、大丈夫?とすぐに言ってしまいそうになるのは、ぼんやりしているくせにお姉さんぶっていた私を思い出すからだ。
ギュっといきなり、乱暴に左手を握られた。
「ぎゃっっ!!」と結構大きな声を出してしまい自分で慌てる。
可愛くない悲鳴だ。
「すげぇ声出すねぇ」とハルちゃんにも言われる。
が、手は離されない。しかも怒ったように言われる。「そんな事言うからだよ」
「何が!…私も思い出してたって言っただけじゃん」
ため息をつかれる。
「いいから」
さらにギュッと力を入れられて「イタっ!」とまた声を上げてしまった。
「…それはさ」ハルちゃんが言う。「…こういう話の流れでそういう事を言うのって、もう手を繋いでもいいって言ってんのと同じだとオレが思ったとしても、それはリツのせいだから」
「…」
「オレにはいろいろ軽い感じで言ってるんじゃないかとか言うくせに。リツがそんな感じだからミノリもどんどん調子に乗って来るし、奥田先生もいつまでもあきらめないんじゃないの?」
さりげなく少しだけ力を入れてハルちゃんの手から自分の手を抜こうと試みるが出来ない。ものすごく力を入れて振りほどくのはなぜか怖い気がした。
「もういいじゃん!」ハルちゃんの声はまだ怒っている。「もう繋いでもいいでしょ?もう家ついちゃうよ」
「…」
「もう大きな声とか出さないでよ?」
「…」
完全に手を繋がれた。
どうするんだろう…なんか…やっぱりちょっと、というか結構恥ずかしい。誰も見ていなくても恥ずかしい。私は何をしてるんだろう、っていう気持ちになってくる。
だから立ち止まってしまう。
「私やっぱりちょっと、なんか恥ずかし…そんなつもりで話したんじゃ…」と言ってみる。
「オレだって恥ずかしいよ」
「じゃあ…」
「恥ずかしいけど嬉しい方がすげぇ勝ってるよ。だから繋ぐの止めない」
「…」
「無理に振りほどいて走ったとしてもリツよりオレの方が断然速いからね」
「やっぱり私が大声出す事にしたらどうするの?」
「騒いでは欲しくないよ。オレがまるで襲ってるみたいじゃん。手を繋ぐだけないのに」
う~~ん…そうだけど。
ハルちゃんがにっこりと笑った。「オレたち幼馴染だし」




