準備 2
出るとハルちゃんだった。母さんがまだ部屋にいてニヤニヤ笑っているので、部屋から押し出すように追い出した。
「ねえ今、」とハルちゃんが言う。「お母さんがどこか出かけるのかって聞いてたけど?」
「あ~うん、ちょっと…」
歓迎会のために、試し化粧をしてたなんて恥ずかしくて言えない。
「ちょっとって、どこ行くの?」ハルちゃんの言葉尻がキツい。「こんな時間から」
「そうじゃなくて、ちょっと母さんが勘違いしただけ」
「勘違い?何かごまかしてない?今日も迎えに行ったら帰ってたし」
「…」
「ちゃんと答えてよ」
「ちゃんと答えたって」
「明日あんまり可愛い格好して来ないでよ?」
「え?」バレるわけはないのに着替えてたのがバレたかのようで驚いてしまった。
「泉田先生に一緒に呑もうって言われてたじゃん。だからって気合い入れて可愛くして来ないでよ。そういうのってかっこ悪いからね」
なんでこいつにそんな事言われなくちゃ…と思いながらも、私は部屋の鏡に映った少しケバ目の自分の顔を見て、なんとなく自分が可哀そうになってきて、「そんな事しないよ」と力無く答えた。
似合わない事はするなって事だな?そんな事自分でもわかってるし。ただちょっといつもより可愛くしたかっただけじゃん。ハルちゃんに言われたくない。
「ねぇ…ミノリからメール来てもいちいち返さなくていいよ」
「なんでハルちゃんがそんな事言うの?」
「なんでも。じゃあおやすみ」と言って電話は切れた。
なんなんだ!
私は着飾るのもダメって事か。ケバく着飾るのは私のキャラじゃないのは自分でもわかっているからちゃんと止めた。それでもだ。少しは泉田先生に、普段と違う可愛い私を見て欲しい。いつになくポジティブな私は偉いと思うんだけど。
それに私の事を好きだと言ってくれていたハルちゃんは、普通だったら「可愛くして来て」って言うのが正解なんじゃないの?
そして続けざまにミノリ君からメールだ。
「今日のビイ」
日課のように送ってくれている。今回はちゃんとビイが写っている。水槽の中の結構藻が絡んでいる水面に目とその周りだけを出しているところだ。ちょっとかっこいい。
要件には「お願い」とあった。
「明日遅れて行くと思うんだけど
兄ちゃんとは担当が違うし
心細いからりっちゃんの隣に座れるように
席を開けておいてください。よろしくね。」
そっか~~。ほっこりする可愛いメールだ。お兄ちゃんいないから心細いのか。そうだよね。私だって今はマキちゃんがいるからまだ飲み食い出来る。私の歓迎会をしてくれた時にも同じ担当の先生たちが回りにいて話しかけてくれたけれど、逆に緊張して食べた気がしなかったし心細かった。よしじゃあ、マキちゃんと私のそばに席を空けておいてあげよう。
「了解しました。」とメールを打つ。
「それから、ビイは浮きあがって来る潜水艇みたいで
かっこいいね!」
すぐにまた返信が来た。
「ありがとう。でしょう?
ビイはカッコいいんだよ。
りっちゃん大好き!」
結局普通のノーメークに近い感じの薄めメークにマスカラを付けて、いつもより濃いめのグロスを塗って落ち着いた。所詮私に頑張れるのはこの程度だ。
そのいつもより弱冠、ほんの弱冠濃いめのメイクを塾長がじっと見てくる。
相当に気まずいので視線を反らしてしまうし、塾長のネット小説の中身を思い出して一層ぎこちなくなる。
「すごい対抗意識燃やしてるよねぇ…」塾長が言った。「ハルカなんだけど。泉田先生と仲良くし始めるとかね?ハルカの心のゆがみが出てるね。なんか痛々しい感じすらするでしょう?」
「…」
「今度の連載の話に使おうかな…。イケメンにイタい感じでやたら執着される女の子の話」
「止めてください」
「あんな感じの子じゃなかったんだけどなぁ」
それを私に言うのは止めて欲しい。15年も会ってなかったんだから。
「痛々しい?」と塾長が聞く。
んん~~何て答えたら…
「ちょっと可哀そう?」
さらに塾長が聞くが可哀そうとは思わない。なぜならその事で私を嫌な気持ちにさせたのも事実だ。
「じゃあどう思ったの?」
「…」しつこいな塾長。
「いやマジで中野さん、ほんとに参考にしたいから」
やっぱり創作活動に使うんだ!




