15年ぶりの 3
「上がっていい?」
私が背を向けているドアの奥を指差して彼が聞く。
「え?…え~…え~とそれは無理なんだけど」
「なんで?」
「なんでって…」
あんたが本当に私の幼馴染か確証がないからだよ、と思う。
確証あっても入れないけどね。今家には私しかいないし、もし訪ねてきた相手が女の子であっても、幼馴染が超久しぶりに、しかもかっこ良くなって訪ねて来たとしても私は簡単に家に上げたりはしない。用心深いし人見知りなのだ。親しい人しか家には上げないし、親しい人はそう多くはない。
実際自称幼馴染の彼は私より体のデカい男。その見た目のいい彼に、Aカップの私が襲われる要素は全く無いとしても、いきなり訪ねて来て、いくら幼馴染とはいえ家にあがりこもうとするなんてやっぱり気持ち悪い。
「今一人だから、言いにくいけど急に家に入ってもらうのはちょっと…来てくれたのは本当に嬉しいんだけど。この後出掛けないといけない所もあるから」
適当にウソも付け足した。
「どこ?」
「え?いやちょっと」
「ちょっとってどこ?今日仕事休みでしょ?」
「…」
何で私の休みを知っているんだろう。平日の木曜日、そう言えばなぜ彼は私が家にいると思ってここに来たのだろう。
「おじさんとおばさんは?もしかして一人で暮らししてんの?」
彼が嬉しそうに笑うのでさらに気持ちが悪い。
「ううん」私は首を振った。「昨日から泊まりで法事に行ってる」
ちっ、と彼が舌打ちをした。「昨日くりゃよかったな」
「え?」
「…ま、いいや。家電の番号変わってないよね?ケイ番くれっつっても何か今、ウソつかれそうな気がする。でしょ?」
うん、とうなずいてしまい慌てて首を振ったが、彼はまた嬉しそうに笑った。
「じゃあ夜電話する。…今も黄色が好きなんだね。かわいい」
えっ!…急に、しかも愛おしそうに言われて慌てて自分の長袖シャツを見る。私は小さい時から黄色が好きだった。それを彼は覚えていたのだ。
付け足された「かわいい」という言葉に、ざんばらな髪を無造作にゴムでくくった全くのノーメークの自分がいたたまれない。嫌み?全く飾る気もない、休みの日に予定もなかった私をバカにしてんのか。どうでもいいけど。
そうは思ったが、彼の目はやっぱりとても優しくて、その目を見ているとこの人は本人の言うとおり本物のハルちゃんなんだと思えてくる。
「今度映画行こう」
さらっと普通に誘われる。急に?まだ本物のハルちゃんかどうかも認めてないのに?今本物のハルちゃんなんだと思ったところだったのに、また怪しくなる。そして驚いたまま「あ…うん」と歯切れの悪い返事をしてしまった。
「じゃあ今度の月曜は?」
急な設定をしてくる。なんなんだろう、この人…社交辞令だとしたら曜日の設定なんてしないよね?
今度は返事をせずにいるとゆっくりと、もう1歩彼が近付いた。
「今付き合ってるヤツいないでしょ?」
「…」
やっぱりこの人、気持ち悪かった。たぶんドアを開けたのは失敗だったのだ。
話の途中だけどドアを閉めてみよう。
「あの、ごめんほんとに。せっかく訪ねて来てくれたのに。もう出かけないといけないから失礼しま~~す」
ニッコリ笑って私はドアに手をかける。
「や、ちょっと待って!」
彼はほぼ反射的に腕を伸ばしてドアにかけた私の手を掴んだ。
「ぎゃっ!」もちろん拒否して手を撥ねる。
恐ろしく久しぶりに会った異性の幼馴染に、しかもまだ本人だと信じ切れていない所へ手をかけられたのだ。そりゃあ悲鳴もあげるよ。思わず睨みつけてしまう。
「ごめん」と彼は素直に言った。「ごめん。ただ今日は、こっちに帰って来たよって挨拶に来たつもりだったのに…会えてあんまり嬉しかったから」
私はさらに睨みつける。調子良い事を簡単に言うようなやつは嫌いだ。
ん~~と心の中で唸る。コイツは一体どういうつもりなんだろう。
「ほんとごめん」と彼はもう一度言った。「すごく会いたかったから」
あんまり何回も言われると余計に信じられなくなる。途中までは来てくれて嬉しいと思っていたし、私だって会えて嬉しかったけど『すごく会いたかった』は言い過ぎなんじゃないの?
…あれ…?でも何で次の月曜が私の休みって知ってるんだろう?日曜と私の聞き間違い?
今日の事もそうだ。この人は私の休みを把握してるのか?
キモっっ!
ハハ、と彼が笑った。「何か今、恐ろしく不審なモノを見る目でオレを見てる」
言われてドキリとしたが、私がそう思うのは当然だと思うけど。
そう思ったら、それも見透かしたのか彼が言った。「ま、当然だよね~~」
10秒ほど無言で見つめ合ってしまった後、ふわ~っと彼の向こうの方から柔らかい風が吹いてきて、彼の髪が揺れた。春のほんの少し寒さの残った優しい風だ。彼が振り返って、そして頭上を見上げるので私もつられて空を見た。いかにも今吹いた風を起こしそうな、薄青い透明な空。雲も薄くぼやけて所々そっと浮かんでいるだけ。
ふっ、と彼が笑った。そして「じゃあ夜に電話する」、と言い置いて彼は帰って行った。