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15年ぶりの 2

 ハルちゃんがうちの隣に居たのは3年弱だ。私が小学校の1年、2年、そして3年の中途半端な1月か2月かはっきり覚えていないけれど、まだ寒い時期に引っ越して行った。

 ハルちゃんの両親が離婚してしまったのだ。


 私が小1の時、幼稚園の年長組だったハルちゃんとは、一緒に遊んだり、ドアの向こうの彼が言っていたように一緒におやつも食べたりした。ハルちゃんが小学生になって一緒に登下校した事もあったけど、だいたいそのどれも、一つ年上の私がお姉さん風を吹かせた感じだ。一人っ子の私は、弟が出来たような気がしてとても嬉しかった。

 それでも男の子と女の子だから、そうそう意気投合してしょっちゅう仲良くしていたわけでもなかったし、私には弟が出来たみたいで嬉しかったが、ハルちゃんには本物の弟がいたのだ。私の存在など、たった一つ歳が上なだけで、お姉さんぶってくる鬱陶しい女子って感じだったんだろうと今では思う。お互い同じ学年の友達が出来てくると朝一緒に学校に行く事もなくなった。



 …2人で網を持って、近くの小学校の前の小さい川で魚取りもしたな。2人して川に落ちて母さんたちを心配させたりもした。その時私はすごく落ち込んだのだ。年下の子を危ない目に合わせて助けて上げられなかったから…

子供ながらにあの時は真剣に思った。私には弟も妹も本当はいなくて良かったって。

 私は絶対小さい子の面倒なんか見れないんだって。


「リツ!」少し大きな声で呼ばれて、小学1、2年の頃の自分に戻っていた私はビクッとした。

「あ、うん」と私は慌てて返事をする。

「何で開けてくれないの?すっごい用心深いわけ?」

「…うん。まあ…」

ケラケラとドアの外で彼が笑う。「そっか、それは良い事だけどさ」

「…ハル…ちゃん?」

 恐ろしく久しぶりに、「ハルちゃん」と、呼んでいいのかどうか迷いながらあやふやな声で聞いた。「どうしたの?またこっちに戻って来たの?」

「戻って来た。残念ながら隣じゃないけどね」

そうかやっぱり隣じゃないんだ。

「今どこに住んでんの?」

「もう!いいから開けてよ早く。顔、見たいんだけど」


 それでも私はまだ少し迷ってから、正直に今の恰好をドアの向こうの彼に白状する。着替えてくるからしばらく外で待っていて欲しいと告げると彼は優しい声で言った。

「いいってわざわざ着替えなくても。オレが中に入らせてもらえばいいことだし。逆にそれが見たい…」

「えっ?えっ…と、今はちょっとダメかも。誰もいないから」

そう答えた後ドアの向こうから返事が聞こえないのでなぜか不安になって謝った。

「ごめん。せっかく来てくれたのに。すぐ着替えてくるから待ってて」


 急いで長袖の黄色いTシャツとジーンズに着替えて外に出ると、彼はドアの横の壁に寄り掛かってうちの狭い庭を見ていた。そしてドアから出た私を見つめてくる。

 これがハルちゃん?

 私もまじまじと見つめてしまう。ハルちゃんはもう少し丸顔だったような気がするけど…いや、少しというか…やっぱり面影が全くない。

 目の前の彼は身長180センチ近く、痩せすぎず筋肉質でもない体つきだが、小さい頃のハルちゃんはもっときゃしゃな感じだった。顔もどちらかというと丸顔に近くて女の子みたいに可愛かったのに。


 じっと黙って私を見続ける彼の眼に困って、何か喋らないとと思い、「背ぇ高くなったんだねぇ」とぎこちなく言うと、彼は「まぁね」と笑った。私も身長は165センチで、女としてはそこまで低くはない方だが完全に見下ろされている。

 私よりずっと小さかったのに。

 私は目の前の彼の中にどうにかハルちゃんを見つけようとする。

 彼は切れ長の綺麗な目だけれど、ハルちゃんは違ったような気がする。二重だったか、一重だったかっていうとはっきり覚えてはいないんだけど、それでもこんなきっちりと整った顔じゃなかった。もっと愛嬌のある、くりくりっとした可愛い顔をしていたのに。実際私と遊んでいる時にも女の子と間違われた事があった。「妹?」としらないおばさんに聞かれて、私はどういうわけか少し嬉しかったのを覚えている。


「私より背ぇ低かったのにね」

目の前の彼がハルちゃんじゃないという疑惑は実際顔を見る前より強くなった。その疑いを隠すため、場を和ませるために、私より15センチくらいも背の高くなった彼を見上げながらちゃかすようにそう言うと、彼は少し私に近寄ってにっこりと笑いながら言った。

「すごく会いたかった」

「え?」

「え?て、もう!すごく会いたかったって言ってんのに」

私は曖昧に笑うしかない。


 …いや、この人絶対にハルちゃんじゃないだろう。ハルちゃんならこんな調子のいい事は言わない。…はずだ。恥ずかしがりで、人に話しかけられて困ったりすると私の後ろに隠れたり、私の腕を掴んだりしていた。

「…その、…すごく変わったねぇ。何か、前と全然違う」私は正直な感想を漏らしてしまう。

 そして正直過ぎた感想を自分でフォローするために、明るく付け足してみた。

「すごくかっこ良くなったねぇ!」


 背の伸びた「ハルちゃん」は、どこからどう見ても一般的に言うカッコいい男の人だ。整った顔立ちも、チャラ気過ぎてもいない、かと言って落ち着き過ぎてもいない雰囲気も。生成りのTシャツにグレーの半袖のシャツを重ねて黒っぽいジーンズを履いただけの超普段着なのに、やたらおしゃれな感じに見えるその体型も。彼は「まあね」とにっこり笑った。

 否定も謙遜もしないんだな…。


 やっぱコレ、絶対ハルちゃんじゃないと思う!

 そう確信してしまう私に「すごく会いたかった」ともう一度、そして今度はじっと私の目を見つめて彼は言った。

 目を少しそらしてしまう私だ。目の前の、「男の人」になったはハルちゃんは女の子みたいに可愛かった「隣に住んでいた男の子」とは程遠い。

「…『私も』とかは言ってくれないの?」ハルちゃんは少し小首をかしげてなおの事私を見つめる。

「リツはオレに会いたいと思った事はなかった?」

むかしと違う呼び方でまた呼ばれてやはり違和感しか感じない。


 会いたいも何も、ハルちゃんが引っ越して行ってからは、もう会う事はないんだろうなと思っていたし、実際会う事はなかったから、私の中でハルちゃんは全くの過去の人だ。たまに思い出すだけ。そして私の思い出の中のハルちゃんは、くどいようだが目の前の彼とは全然違う。

 私はうまい返事が返せずに、へらっと笑うしかなかった。




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