私の好きな人 2
泉田先生の顔を思い浮かべているとハルちゃんが大きなため息を付いた。
「そうだよね、仕方ないよ。それくらいちゃんと考えてた。やっぱ好きなヤツとかいるよね?…けど実際聞くとちょっと、ていうかかなり嫌な感じだな…」
そんな風に口に出して悔しがられると恥ずかしくなる。
別に私は泉田先生と付き合ってるわけじゃないし、友達を紹介されるくらいほぼ全く何とも思われていないのに。普段は挨拶と連絡事項のやり取りだけ。その連絡事項でさえ担当が小学生と中学生で違うから滅多にないのだ。私から話しかけなければ泉田先生から話しかけてくる事はまずないし、「おはようございます」とかの挨拶がせいいっぱい。私が頑張って話しかけたとして、コミュニケーション能力の低い私としてはせいぜい「今日はいつもより暑いですね」とか、それぐらいが関の山だ。
「リツの好きな人、どんな人か教えてよ」
ハルちゃんが私に言うが、私は首を振った。
彼もやまぶき塾で働き始めるのだ。あんまり喋るとすぐバレでしまって、それが泉田先生本人にも伝わって、今だって何とも思われていないのに鬱陶しがられでもしたら傷付く。
…でも、逆にもしかしたら、今まで何とも思っていなかった私の事を少しは気にしてくれるようになるかもしれないけど…そんな微かな希望に頼れないな。やっぱり嫌がられたら私はいたたまれない。
「教えてくれないの?」彼がニッコリと笑う。
「…」
「お父さんとお母さん、知ってるんですか?どんなヤツか」
私が返事をしないので、彼は父さんと母さんに聞くが、父さんは返事をしないし、母さんはただ首を振った。
彼は催促をするようにまた私を見つめたが私は答えない。
「教えられないって事は塾の講師って事だね」
「え、何で!」と慌てて言ってしまって墓穴を掘る。
「教えてくれてもいいのに。どうせすぐわかっちゃうんだから」彼は笑っている。
でも彼に教えたくないし、母さんだけならまだしも、父さんもいる前で、付き合ってもいないただ好きな人の話をするなんて、そんなのきっと小学生だって高学年になったらしない。恥ずかし過ぎる。父さんだってあんまり聞きたくないだろうに…
「どんな人なんだ?」父さんが言った。
「…」
「言えないようなヤツなのか?」
聞きたいのか、父さん…
「ごめん父さん。ちゃんとした人だけど恥ずかしいから言わない。だってただ私がいいなって思って勝手に好きだと思ってるだけなんだから」
泉田先生に、奥田先生をどうか、と言われた時の事を思い出しながら答えたが、こういう説明がもうすでに恥ずかしい。私の事なんて本当に何とも思われてないんだから。
「ごめん、やっぱりこれから出かけるから」私は唐突にハルちゃんに言った。
みんな驚いた顔をしたがどうでもいい。
「来てくれたのにごめんなさい」と一応謝る。
支離滅裂だが、泉田先生に奥田先生を勧められたのもハルちゃんのせいのような気がしてきた。
私は2階の自分の部屋に行き急いで鞄を取って戻って来ると、有無を言わさず、母さんの車のカギを借り、彼を外に出るよう促して、助手席のドアを開けてあげた。
「家まで送るから」
最初からこういう風にきっぱりした態度で対応しないのが良くなかったのだ。
彼の事は確かに私も懐かしい。わざわざ訪ねて来てくれたし。あんなに小さくて私の後から付いてくるばかりだったのに、素敵な男の人になっているし。お互いに小さかったむかしの、懐かしくて優しい思い出を話されたら心を動かされる。が、実際どういう思惑があるのかわからないが、尋ねて来ていきなり付き合う話を親の前でされるのも、その話の進め方が性急なのも腑に落ちない。
腑に落ちないなら受け入れてはいけないのだ。
「どうしたの?いろいろ聞いたのが嫌だった?」彼が助手席でやっと口を開いた。
彼の口調は落ち着いている。
「嫌だった」私ははっきり言う事に決めたのだ。
「そっか。ごめん」彼はとても素敵な笑顔で言った。「でもいろいろ知りたい」
「…」
聞かれたくないという私の意見は無視か。
「ごめん」ともう一度彼は謝る。が、続く言葉には謙虚さがない。
「リツは嫌だって思うだろうけど、やっぱいろいろ聞くから。だって聞きたいもん。しょうがない。全部知りたい。これでも今日は我慢したんだよ、いろいろ」
聞きたいもん、て。
助手席に乗せて普通に話をしているが、もっと私は全力で気持ち悪がらないといけないはずだ。相変わらず私を呼び捨てで通そうとしているのも今さらだけど、こういう一つ一つの事を私はもっときちんと気持ち悪がって拒絶するべきなのだ。さわやかな見た目と優しい思い出に流され過ぎだ。「りっちゃん」「りっちゃん」と私の事を呼びながら後からついて来ていた小さかった頃の彼の姿を思い浮かべ、私は反省する。
今私の隣にいるのはあの頃の可愛いハルちゃんとは別人なのだ。




