周りの人たち 2
ハルちゃんが帰った後風呂の中で考える。
結局その後酒の入った父さんは、「イケダ君とはその後は連絡を取っていないのか?」とか言い出し、「じゃあその塾で好きだった先生を1回うちに連れて来い」と言い放ち、「ハルカ君はやっぱり止めといた方がいいんじゃないか?あぁいう男にはこれからだって得体のしれない女がたくさん寄って来て、めんどくさい事になるぞ」と繰り返し、そこでまた母さんが、私と泉田先生とマキちゃんのいきさつを面白可笑しく父さんに話し始めたので、私は急いで風呂に入ったのだ。
それでもハルちゃんは『これからずっと』って言ってくれた。父さんと母さんの前で。
嬉しかったけど、母さんが言ったようにまだ信じられない気持ちも大きい。『ずっと』同じ気持ちが続くなんてとうてい信じれらない。嬉しいとも思ったけれど、そういう事は口に出して言って欲しくないとも思ってしまう。
こんな風にぐだぐだ思う事が良くないと母さんには言われたけれど、それでも私はぐだぐだぐだぐだ思うのだ。
先の事なんて誰にもわからない。本当に『これからずっと』と思ってくれていたとしても、そう口にされた事で、それががただの意気込みで終わった時には余計せつなさが倍増するに決まっている。
なんでこんなにハルちゃんを信じられないのかな。
15年もたってあらわれたからかな…小さい頃のハルちゃんと今のハルちゃんがあんまり違い過ぎたからかな…やたら好きだと言ってくれてるせいかな…私が元カレとの別れ方をいつまでも引きずってるせいかな…キヨミさんと会ったせいかな…
全部だよね。今の全部の私の状況が、私を、より自分に自信のない人間に感じさせているせいだ。
あんなに好きだって言ってくれてても、一時の気の迷いで私のようなたいして魅力のない人間にはすぐに面白みをなくして離れて行ってしまうと思っているから。
そしてそう思って心細くなるのは、私がハルちゃんの事を好きだという証拠なのだ。むかしの小さかった頃とは違う、男の人としてハルちゃんを好きになっている証拠。
翌日の日曜日。ハルちゃんは私と約束してくれたように、いたって普通に接してくれた。もちろん朝は迎えに来なかったし、私の夕方6時の休憩の時も、そして帰るまで会う事もなかった。高校生担当のハルちゃんと小学生担当の私では、休憩時間も一緒の時間帯ではない事が多いし、教えてる教室の階も違うので、会おうと思って動かない事には普通だとなかなか同じビル内に居てもすれ違う事もあまりない。
が、泉田先生がマキちゃんに告白もして吹っ切れたのか、月曜のドライブを急に同僚に言いふらしにかかったようで、私はその事をエリカ先生から聞いた。
「中野さん、泉田が好きだったんだって?」
エリカ先生は泉田先生を呼び捨てだ。そして直球。
「ハハ、やっぱ変わってるよねウケる。でも良かったじゃん。あいつに振られてもハルカ先生と付き合えるんだから。あんなカッコいい子なかなかいないよね。弟くんもカッコいいけどさ、あんまり年下過ぎるし、私が話しかけたらちょっとビビってたし。なんていうか…うまく言えないけど…金の斧と銀の斧、みたい。中野さんが『私泉田先生が好きなんです』って神様に言ってさ、なんと正直者なのだ、って事でハルカ先生と付き合えるっていう…」
ここで銀の斧と金の斧で例えるセンスがすごいなエリカ先生。バイリンガルだから?
ていうか泉田先生を普通の鉄の斧呼ばわりか。
「いや、ほんと、泉田のどこか良いのか全然わかんないけど、中野さん面白いよね~。ていうか本当は泉田の事そこまで好きじゃなかったでしょ?そりゃ男気あるとは思うけどさ…ハルカ先生の気を引くために泉田先生に告ったとか?」
エリカ先生はなかなか私に反論の余地を与ず、私は「違います」と小さく答えるのがせいいっぱいだ。
「そっか~~」エリカ先生は言いながら私をまじまじと見る。「でも泉田、そんな中野さんの気持ちももう全くそっちのけで『明日ダブルデートじゃけん』てみんなに言いふらしてたけど?行くんでしょ?いいなぁ。でも複雑な気持ちじゃないの?やっぱ複雑?複雑だと思ってんの中野さんだけだからね。みんな羨ましいって思ってんだから。ったくもう!まぁ、みんな意地悪じゃないからさ、中野さんの事いじめたり、いろいろ直接嫌な事言う人はいないと思うけど、だからこそ余計に中野さんは中野さんでうまくやらないと」
エリカ先生は化粧も濃いし言葉尻もきついが、そうやって面と向かって言ってくれる言葉には優しさが充分に含まれていると私には感じられた。
取りあえず、「ありがとうございます」、と言うと、「ありがとうじゃないってば!」と言われる。
「も~~中野先生のそういうとこ嫌い」
エリカ先生は華やかに笑ってそう言った。
泉田先生が本当に好きなのはマキちゃんだってもうよくわかったけれど、泉田先生はエリカ先生の事だって良い人だってわかっていたのだ。飲み会の時に近付いていっていたのもエリカ先生がもろタイプのお色気むんむんで巨乳だからだってわけじゃなかったんだよね。
エリカ先生は可愛いらしくて強くて優しい人だ。
「もう~~!」とエリカ先生が私を睨んで言った。「何笑ってんのよぉもう~~気持ち悪いんだからぁ」
私の休憩時間にハルちゃんはやって来なかったが、私と30分ずれたマキちゃんの休憩時間には泉田先生がマキちゃんの元へとやって来た。ご飯の誘いに来たのだ。
私がいるのに泉田先生め。もっと気を使え。
「いいよ、私」とマキちゃんが断った。「リッチィとお弁当買って来て食べるから」
「わしも一緒に…」と言いかける泉田先生をマキちゃんは遮る。
「ちょっとイズミィ、リッチィの事ふっといてよく一緒になんて言えるよね?しかも私が一緒なのに」
その通り!と心の中で相槌を打つ。が、マキちゃん、なんとなく余裕ありの発言で弱冠イラっとくるけど…。
でも私は大人で友達おもいでかつ泉田先生おもいなので二人を取りなす。
「いいよ私。マキちゃん泉田先生と食べてきなよ」
「嫌だよ」即答だ。
私だってそんなに言いたくないところを無理して言ったのにマキちゃんは。罰があたるぞ最低だなマキちゃん。
マキちゃんが泉田先生を諭すように言った。「イズミィ、いろんな人に明日のドライブの事話してたらしいじゃん。エリカ先生とかにも『ダブルデートじゃけん』て。そんなこと言うの止めなよ。ハルカ先生の事好きでリッチィみたいにネガティブな子もいるんだからさ、そういう子がリッチィ恨んで陰気なトラップしかけて来たらどうすんの?」
嫌だよそんなの!ていうか何気に私の事もバカにしてるよね?
それでも私も便乗して文句を言った。「泉田先生、私もエリカ先生に突っ込まれましたよ」
「おぉ、そうなん?」
『そうなん』だけか!
マキちゃんもさらにムッとして言いつのる。「それで塾長にも今年中くらいにこの職場で結婚式2組上げます、みたいな事まで言ってたって」
「マジで!!」声を張ってしまって慌てて口を押さえたがもちろんもう遅い。
バカだな泉田先生。そういう所も好きだけど、そんなのせめて自分とマキちゃんの事だけにしといて欲しいよ。しかもその自分たちだって、別にマキちゃんに受け入れられたわけじゃないくせに。
そして帰りにはマキちゃんにご飯を食べに行こうと誘われた。
「イズミィが一緒に帰ろうって言うから、今日はリッチィとご飯食べる約束したって言ったんだ。なんかウザいから。うちの弟も迎えに来てくれるし」
ひどいなマキちゃん。泉田先生に対しても私に対してもひどいぞ。
ビルを出ようとするところでハルちゃんが追いかけて来た。
「リツ、明日は家まで迎えに行ってもいいでしょ?」
「うん。ありがとう」
「じゃあ、後で連絡する」
「ハルカ先生!今日はリッチィ借りるからね。ご飯食べに行くんだよ」
マキちゃんがハルちゃんに言い、私たちはハルちゃんと別れた。




