私の小さな胸の中の 3
バタバタと出てくる母さん。
ガチャッとドアを開けるなりハルちゃんを見て言った。「え、今日も?」
「ハハ、」とハルちゃんが笑う。「すみません。今日もです」
「今日、お父さんまだ起きてるから、外でもチュウとかできないよ」
バカな母さんが真顔で言う。
「はい。次のチュウはお父さんにご挨拶してからします」
「ハルちゃ~~ん」母さんがなじるように言った。「おばちゃんだって、リツのお母さんなんだよ。おばちゃんの前でも簡単にチュウするとか言わないでよ」
「すみません。というわけでお父さんにご挨拶にお邪魔したいんですけど、お父さん今大丈夫ですか?」
母さんが、父さんの様子を見に先に中へ入って行った。
今日も母さんの対応が怖い。嫌な予感しかしない。
入っておいで~~、と母さんが呼ぶ声が聞こえて、ハルちゃんは率先して、そして私はいやいや、父さんの待つ居間に入った。
父さんは無言だ。こっちを見もしない。パソコンで将棋をしているところだった。「お父さん夜分すみません」とハルちゃんが父さんに呼びかける。
が、やはりこちらを見ない。
私がドキドキする。
「こんばんは。お邪魔します」
ハルちゃんがもう一度トライするが、やはり父さんに無視されるので私がいたたまれなくなって「父さん!」と少し大きな声で呼ぶと、父さんの肩がピクっとするのが見えたがやはり私の事も見ない。
「ごめ~ん」と母さんが笑いながら言った。私とハルちゃんにだ。「あんたたちが庭でチュウしたりした事もう喋っちゃったんだよね~~、あんたたちが帰ってくるほんのちょっと前、ついさっきの事なんだけど。なんか手持無沙汰で」
ウソでしょ?
「あ~~…」ハルちゃんが呻いた。
そりゃ呻きたくなるよね。
「すみません!」ハルちゃんが父さんに言う。
母さん最悪。私が睨んでも知らん顔だ。
「何で謝る?」と父さんが聞く。
「はい、あの…いいえ」とハルちゃんも歯切れが悪い。「すみません。夜、りっちゃんを送ってきてその時に…お母さんがお父さんに話す前に自分からお付き合いの事言おうと思ってたんですけど」
父さんは私を哀しげな顔で見つめる。
「リツはもういいのか、その…ずっと好きだった先生がいたんだろう?ハルカ君がちょっと近付いて来たからって、そんなに簡単に気持ちを変えられるものなのか?」
…恥ずかしい。父さんにそんな事を言われる日が来るなんて。
「ちょっと好きって言われたら、すぐそっちに行くのか」と言い募る父さん。「どうなんだ?モテそうな、パッと見だけのいいやつに言い寄られたら、すぐそっちに行くのか。それで簡単にチュウされるのか?ちょっとむかしだったらな、そんな事結婚しないとしちゃいけなかったんだぞ」
「もうお父さん」と母さんが父さんに言う。「面白いけど。…それ何時代の話?私たちだって普通に恋愛結婚だったじゃない」
「面白がらないでください、お母さん」ハルちゃんが言った。「大切に思っています。りっちゃんの事。ずっと大切に思ってました。小さい時、僕の隣にいてくれたり、僕の手を引いて遊んでくれた時からずっと。そしてその頃よりも今の方がずっと大切に思えています」
「あら~~~」母さんがわざとらしく感嘆してハルちゃんを見つめる。「お母さんもそんな事言われたかったなぁ~~この人そんな気のきいたような嬉しい事全然っ言わないし」
「そういうのは軽々しく言わないんだ」と父さんがムッとする。「ちゃんと言う時もあるだろう?二人きりの時とか」
二人の時は父さん言ってるんだ…
父さんはムッとしたまま続ける。「再会してからほんのちょっとしかたってないじゃないか。リツは君の本当の所を見れていないだろうし、君だって再会したばっかりだからテンションあがってて、今のリツの本当の所が見れていないんだろう」
それから父さんは「ん~~」と唸ってから続けた。「まぁなぁ、前に付き合ってた誠実そうな風を装ってたやつよりはよっぽど君の方がましだけどな。リツはどうしたんだろうな、なんであんなヤツにひっかっかったのかさっぱりわからん」
「父さん、ごめん、止めて」
でも父さんは止めない。「高校の時に何回か、遅くなった時に家まで送ってくれたっていう何とか先輩…名前が思い出せんな…」
ハルちゃんが私を見る。
「イケダ先輩ね」と母さんが余計な事を言った。
「イケダ?そうだったかな、あの子は感じが良かったな…会うときちんと挨拶をしてくれたし、リツの事を大切にしてくれてたのが伝わって来た」
「リツ」とハルちゃんが私を呼ぶ。「そのイケダってやつと付き合ってたの?」
「…付き合ってはいなかったけど」
「送ってもらってたりはしてた、と。…仲良くしてて、家まで送ってくれたり、話をしたりしたら、それ、付き合ってるって言うんじゃないの?何?リツの中では何をしたら付き合ってるなの?チュウしたら、それとも…」
「チュウはどうだかしらないけど」母さんがやけに明るく言う。もう本気で悪意しか感じない。
「映画とか買い物に行ったぐらいよね。水族館も行ったっけ?」
行ったけど!母さんは今ここに、余計な事をいうためだけに存在しているのだ。
「それ間違いなく付き合ってるじゃん!!」ハルちゃんが騒ぐ。「どんな映画に行ったの?」。
今そんな事聞かないで欲しい。「…そんなのどうでもいいじゃん」
「どうでも良くない!どのくらいそいつと趣味が合ってたのかオレはきちんと把握しときたい。すげぇムカつく」
ハルちゃんだって高校の時彼女いたって言ってたくせに。あのアイスクリームの彼女。結局私の事を思い出して別れたって言ってた…
今さらだけど、そんなの本当かな。おかしいよね?どう考えても。
「まぁいいじゃんもう」と母さんが言う。「今はハルちゃんがリツと付き合ってくれてるんでしょう?」
なら、最初から余計な事を言うな!
「なんかもうぐだぐだな感じですけど、」ハルちゃんが父さんと母さんに改まって言った。
「仲良くしていきます。これからずっとです」
「これからずっと?」父さんがまたつっかかった。「何を根拠にそんな先の事まで約束できる?」
「え~と僕の心持ちを根拠にしてます」
「どうなんだ?」と父さんが私に聞く。「リツはこの言葉をどれくらい信じるんだ?」
「…」即答できない。
父さんが私とハルちゃんを交互に見て言った。「私もお母さんも、リツに幸せになって欲しい。明るく楽しく生きていって欲しい。ハルカ君の事は本当のところ、私とお母さんは小さい頃の素直で可愛らしかった感じも十分に覚えているから、またリツに好意を持って訪ねて来てれた事を、それはそれで嬉しいと思ってる。信じるか信じられるかは別として。でもリツが中途半端だから」
母さんも続けた。「私は泉田先生の事だって、本当にすっぱりあきらめられなかったら、それでいいと思うのよね。そんなに簡単に短時間でかたはつかないのが当たり前なのに、またその事をぐだぐだ悩んで、それで、そんなままハルちゃんの事を受け入れちゃう事にもぐだぐだ悩んでね~、そんな事どうだっていいのに」
え?




