進展 3
私は目玉焼きや野菜を用意する。後はご飯と母さんが用意しておいてくれたみそ汁やつくだに。
「ちょっと」と私は背後からハルちゃんの視線を感じて言う。「こっちあんまずっと見ないで。テレビつけなよ」
「うん」と返事をしたハルちゃんはテレビを付けずにやはりこちらを見ている。
「ちょっとって、作業しにくいから」と私は言う。
「いいじゃん見るくらい」
お盆に乗せてハルちゃんの分を居間に運ぶと、「あれ?リツのは?」とハルちゃんが聞く。
「私は台所で食べる」
「一緒はダメなの?」
「さっきずっと見てたから。なんか恥ずかしいから」
二人きりで朝食とか恥ずかしい。私が意識し過ぎている。
ふうん、とやけにすんなり納得してハルちゃんがそのまま食べ始めたので、私も台所のテーブルで食べ始めた。
「本当はもっと怒ってるかと思った」
頂きます、と言って食べ始めたハルちゃんが言う。「ずっと連絡出来ないのは。オレが強引な事したからだって思ってた」
強引だっていうのはわかってるんだね。
「でもチュウの途中は嫌がってなかったし、おっぱい触ってもそんなに抵抗しなかったし、そこまで強引じゃなかったかなって。だけどリツの事だから後であんな事させるんじゃなかったって、ぐだぐだ思ってたんじゃないかと思って。それで今日塾で無視されたりしたらすげぇムカつくなって思って」
反省してるような言葉じゃないじゃん。ごめんて言ったくせに。
「むかしオレ1週間くらい無視された事あったよね。だからトラウマ」
「私に?そんな事してないよ」
「したした。リツがやたらお姉ちゃんぶるから、小学校の仲間班のオレの面倒見ててくれた6年の子の事を、あーいうちゃんとしたお姉ちゃんがいい、って言ったらすげぇリツ怒って」
「…」覚えてない。恥ずかしい。
ごめん、と私が謝るとニッコリ笑うハルちゃん。
日の当たる、うちの居間で朝食を食べるハルちゃんがそこに見えるのが、急に全部が嘘のように思えてくる。
「ハルちゃん」と呼んでみると、「何?」もごもごご飯を口に入れながら、ハルちゃんから普通に返事が返る。
だから私も普通に聞く。「おかわりいる?」
結局家の前に泊めてあったハルちゃんの車で、一緒に出勤するってどんな感じなんだ私たち。
私を塾ビルの前で1回降ろしてから、ハルちゃんは自分のマンションの近くの駐車場まで車をとめに行き、私は先に塾に入る。
と思ったが、車から降りたところに、ビルの前には朝恒例のビル周りを掃除する塾長の姿があった。
嫌だ…。一番見られたくない二人のうちの一人に見られた。
「おはよう!中野さん」
もちろん声をかけられる。
今、私がハルちゃんの車から降りてくるところ、絶対見てたよね?
「…おはようござ…」
塾長に挨拶をしかけた所に、「塾長、おはようございま~~す!」と格段に明るい声。
見られたくない二人のもう一人、マキちゃんの声だ。マキちゃんは私に体当たりをかましてから、いつものように挨拶してくれる。
「おはよ、リッチィ」
「…おはよう」
塾長にもマキちゃんにも元気のない挨拶を帰してしまう私だ。もちろんマキちゃんにも見られていたはずだ。
「「夕べも?」」と二人に声を合わせて聞かれる。
「いえ!…朝迎えに来てくれただけです」
「「迎えに来てくれただけだって~~~」」と塾長とマキちゃんが声を合わすのでイラっとする。
「でも夕べ家まで送られたんでしょう?」とマキちゃんが塾長の前でわざとらしく聞く。
マキちゃんと泉田先生のせいでそうなったんじゃん!
「マキちゃんこそ!」私も負けたくない。「泉田先生に送られたんでしょう?二人であの後どこかへ行ったの?」
マキちゃんがふふっと嫌味に笑って聞いた。「詳しく聞きたい?」
「聞きたくないよ!意地悪だよねマキちゃん」
「仲良いですねぇ」と塾長がニッコリと笑って言う。「牧先生と中野先生は」
…うさんくさいな塾長。
塾長はビル周りの掃除を続け、私とマキちゃんは一緒に中へ入った。
「マキちゃん…やっぱ聞きたい昨日のあの後の事」
私はそこら辺を嫌でもちゃんと聞いて、もういつまでも泉田先生とマキちゃんの事考えないようにしないと。そして二人の結婚式には私が一番に呼ばれるんだ、と珍しく無理矢理ポジティブに急に考えを改めてみる。
「夕べはね~結局うちの弟を呼んだんだよね」
マキちゃんの双子の弟を?
「イズミィが自分の家に寄らそうとするし、嫌だって言ったら車の中で無理矢理チュウしようとするから、最初はいつも通りあしらってたんだけど、もうほんとにしつこかったから」
「…」
やっぱ聞かなきゃ良かった。二人の結婚式とか行きたくない。
『ちょっとやめてって!』とマキちゃんに言われながらも、『なぁもう良かろう?なぁ?』と言いながらしつこく迫る泉田先生。一瞬でマキちゃんと自分を置き換えて妄想しかけたが止めた。
「うちの弟もほら、ちっちゃい時からイズミィと友達だから。結局3人でうちでお茶飲んでさ、くっだらない、ど~でもいい話をして終わるっていうパターン。ちょっと口をすべらせたらうちの弟がすんごい聞いてきたから、リッチィの事ある程度話したら、もう滅茶苦茶とぼけてて可愛いなって言って今度本気で呑みに行きたいって言ってた」
私の切ない話も幼馴染同士のくだらない話と一緒に並べたか、マキちゃんめ。弟にまで話しやがってバカじゃないの本当に、と思っていたら後ろからハルちゃんの声がした。
「誰がですか?すみません牧先生、夕べはどうも。今途中から聞いたんで。誰がオレの彼女と呑みに行きたいって?」
「あぁ~」とマキちゃんは小さい声で「めんどくさいな」と言ってから答えた。
「私の弟がハルカ先生の彼女と呑みに行きたいって」
「嫌だな。牧先生んとこで止めてくれないと。リツもちゃんと断ら…」
「二人とも止めて。そんなめんどくさいやり取り。取りあえず仕事場でやたら彼女、彼女、って言うの止めて。中野先生って呼んでって言ったよね?楠木先生。牧先生もこれからは中野先生って呼んでください。私も牧先生って呼びますから」
「リッチィもめんどくさい」
マキちゃんが呆れた顔で私を指さし、ハルちゃんに向かって口パクで「めんどくさい」と言うと、ハルちゃんがしたり顔でうんうんと頷いた。
うるさい!




