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15年ぶりの 1

 仕事が休みの4月初めの木曜日の午後、しつこく鳴るドアチャイムにイライラする。

 10回鳴って、止んで、また鳴り始めた。

 そして止んで、また鳴る。


 「しつこいな!」一人なのに口に出して言ってしまう。

 セールスか何かと思って最初は無視したが、どうもそうではなさそうだ。あまりに鳴らし続け過ぎる。近所の人かとも思ったが、回覧版ならいつも、チャイムなんか鳴らさずにドアの脇に置いて帰ってくれるはず。

 両親は昨日から1泊の予定で県外まで法事に出かけていた。こんな風にアポ無しで訪ねてくる相手に心当たりはない。


 出たくはない。上下フリースのままだし、髪ボサボサだし、休みの日は誰とも喋りたくないし。

 それでもさらに鳴り続けるチャイムに「ちっ」と舌打ちして、ボサボサの髪を床に落ちていたヘアゴムで手早くまとめながら階段を降り、もちろんドアは開けずに少し低い声で返事をした。

「はい」

 ドアは簡単に開けてはいけないのだ。やっぱりセールスだったらいけないから。こんなにチャイムを鳴らし続けるドアの向こうのヤツの神経もちょっと怖いし。まだ昼間だけど、そしてこんな恰好はしているけれど、私は一応若い女で、今は一人きりだし。



 「リツ」とドアの向こうの声が私の名前を呼んだ。

ビクリとする。

 男の声だ。低くもなく高くもない。

 普通に私を呼ぶ男の声だが私には聞き覚えがないから、気持ち悪くて呼ばれた声に返事はしない。

「リツ?」もう一度声が言う。今度はさっきより少し大きなはっきりとした声。

 少し間を置いて、最初に「はい」と答えた時と同じ低い声で私は言った。

「今いません」



 「もうリツ~~」と、声が少しおかしそうに、そしてなじるように私をまた呼んだ。

 その馴れ馴れしさに気持ち悪さが倍増する。

「…どちら様ですか?」キレ気味の声で聞いてしまう私だ。

「オレ、ハルカ」

 ハルカ?……

 ハルカ……、ハルカ……ハルカ……

「まさか覚えてないの?」と声が言った。「隣に住んでた楠木遙」


 隣に住んでた…?

「…マジで覚えてないの?オレが小1の時、リツは小2で」


 ……ハルちゃん!

 小さい頃隣に住んでいた男の子だ。

 …いや、でも声が全然違う…けど、それは当り前か。私より一つ年下だったから今23?声が変ってるのは当たり前の話。



「リツ、開けて」と声が続けた。

 いや…と思う。

 やはり声に違和感を覚える。相手が私と同じだけ歳を取っているとしても私の中の楠木遙クンは小さくて可愛い男の子だ。それにハルちゃんは私の事を「リツ」なんて呼び捨てにはしていなかった。


 この声の男がハルちゃんだとして、いったい今頃何しに来たんだろう。私が小3の時に引っ越して行って、それきり何の音沙汰もなかったのに。また隣に帰ってきました~~、とか?

 いや、隣には別な家族がずっと入居していて、その人たちがどこかへ引っ越すなんて話を聞いてはいない。



 こっそりと魚眼レンズから覗く。

 …暗い…何で暗いの?暗くて何も見えない。

 ドアの向こうからクスクス笑う声がする。

「今、レンズから覗いたよね?でもオレが指で押さえてました~」

すかさずドアをコンコンと叩く音が聞こえる。

「リツ、ただいま」

あ、鳥肌立った。気持ち悪…『ただいま』とか超気持ち悪い。

 これはうちの隣に住んでた男の子の名前を知ってた誰かが、その名前をかたって私に変な事をしようとしているに違いない。例え私がAカップの超色気無し女だとしても、取りあえず襲える女だったら誰でも良いっていう男もいると思うし…


 絶対開けないと心に誓う。

 私はドアに向かってまた低い声で言った。「あの…今いませんので失礼します」

 ドアの向こうからの返事はない。何の音も声もしない。私は身動きをせずドアを睨みつける。

 帰ったかな…


 少し間が合って「疑ってんの?オレの事」とドアの向こうの声が言った。

まだ帰ってないのか…。

 声は続けた。「よくさ、うちとここの間の塀に腰かけて一緒にアイス食べたりしたじゃん。1個しかない時も半分個したりしてさ。…オレ、今でもあの時が一番幸せだったなって思う」

 …やっぱりハルちゃん?



 「見てよ」と声が言う。「さっきはふざけてごめん。もう1回レンズから覗いてオレの事見てよ」

 言われた通りに覗いてみると、そこには私の見た事のない男がいた。ハルちゃんの面影はまるで無しだ。

「どう?」と声が感想を聞く。

「ごめん、あんまり…」

「あんまり何?」

「面影ないっていうか…」

「そう?じゃあドア開けて実際に見てみてよ」


 う~ん、と声に出さずに唸ってみる。

 開けるのか開けないのか、開けないのか開けるのか、…今開けたくはないな。『塀に腰かけてアイス』の思い出はハルちゃんだという証拠かもしれないけど、レンズの向こうの男にはハルちゃんの面影は全くない。今一つ信じきれないし、今の私はヨレヨレのフリースの上下だし。やっぱりハルちゃんじゃない痴漢かもしれないし。でもそんな、細かいむかしの事まで調べてわざわざ私を痴漢しにくるなんて、そんなマニアックな人間いるわけが…ぐるぐると考えながら、「…私の事、別な呼び方してたよね?」と、かまをかけてみる。


「りっちゃん?」

 私はドアを見つめる。やっぱりハルちゃんだ。開けたいような気もするけど…

「開けてくれないの?」とドアの向こうの声が、私の心を見透かすように言った。




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