6
校門をくぐると今日もまた例の視線に晒される、しかし雰囲気がいつもと違うようだ。
こちらを向いてはいるが、その視線はカノンに向けられているらしい。
そのほとんどが、目に嫉妬の色を浮かべている。
「なんか、いっぱい見られてるような気がする」
「俺といるせいだ、それに昨日目立ちすぎた」
自分には慣れたことだったが、カノンはそうとう気になるらしい。
俯いて立ち止まってしまった。
そんな彼女をみかねたヤトは、少女に近づくとその小さな体を抱き上げた。
「な、なにしてるの?」
突然のことに少女は戸惑っている様子だったが、そんなことは構わずに足に魔力を込める。
「しっかり、掴まっておけよ」
そう言うと、少女を抱き上げたまま、いつもより少し強めに地面を蹴り飛び上がった。
そして昨日のようにベランダに着地すると、お姫様だっこのまま教室に入る。
その姿にまたもや二人に視線が集まる。
「ちょっと、はやくおろして」
「ん? ああ」
慌てて少女をおろしてやると、ぽんぽんと手で制服をはたきながら頬を膨らましている。
「よけい目立ったじゃん……」
カノンはそれだけ言って席に着いた。
怒ったのかと思っていたが単に目立つのが嫌だったらしい。
ホームルームが終わり小休憩の時間になると、さっきのことなど忘れたかのように話しかけて来た。
朝とはうって変わって、それからは特に何もなく普通の学校生活を送っていた。
午前に一般的な勉強をして、昼食にカノンが作ってくれた弁当を食べ、午後からは屋外での実践形式の戦闘訓練。
この学園には、初等部・中等部・高等部がある。
初等部6年、中等部3年、そして高等部は8年だ。
初等部では魔法に関する授業はほとんどなく、一般的な授業をしている。
中等部になるとようやく魔法の基礎的なことや、魔力の使い方を習い始める。
そして高等部ではより高度で応用的なこと、そして実践的な戦闘訓練をうける。
なぜ戦闘訓練を行うかというと、この世界に驚異をもたらす”アンクル”と戦う力を付けるためだ。
しかし高等部は何も戦闘訓練ばかりが主体ではない、もちろん魔力の弱いものや、戦闘にむいていない者だっている、したがってこの学園では大きく二つのカリキュラムが用意されている。
ひとつはもちろん戦闘系カリキュラム、そしてもうひとつは守備系カリキュラムだ。
戦闘系カリキュラムは、言うまでもないが、きたる戦いに備え肉体を鍛えたり、実際に魔力を使い生徒同士でより実戦的な戦闘をしたりする。レベルが上がってくると低級のアンクルを倒しに行くこともある。
まあそう都合よく敵も現れてくれはしないのでほとんどは人間相手である。
守備系カリキュラムは、前衛で戦えない人が参謀になるため軍事的な作戦について学んだり、回復魔法、結界魔法と言ったサポート的な魔法を極めてゆく。
敵だって意志や目的があってこの世界にやってきている、それに常に敵が一匹とは限らないのだ、大群が来ればこちらも大勢での戦闘になる。
そんな時ただの戦闘バカだけになってしまうと、被害が拡大しかねない、なので作戦を立案するもの、怪我を治すものといった人材もこの世界には必要不可欠なのである。
そしてヤトは戦闘系、カノンは守備系のカリキュラムを選択している。
午後からカリキュラム別に分かれる日と、そうでない日が週に設定されている。
今日はその分かれる日だ。
選択したカリキュラムが違うと授業を受ける場所も違うので、当然午後からは離れ離れになってしまう。
昼食を食べ終えると、戦闘系を選択している生徒はみな授業が行われる外に行き始める。
ヤトも同じく外に行こう立ち上がり、前の席にいるカノンにしばしの別れを告げる。
彼女は少し不安げに眉をひそめると、小さく「頑張ってね」と言い手を振った。
一人になるのが不安なのだろう、何せまだ登校二日目、自分とばかり話していたこともあり知り合いもいない。
そう思い少し心配ではあったが、ヤトは少女を背に教室を後にした。
鐘が午後の授業の始まりを告げる――
戦闘訓練を受ける生徒は皆、グランドに集合している。
そしていかにも戦闘向きといった屈強そうな男が、全員の前で出席の確認をしている。
彼はこの授業を担当する教師だ、今は引退しているが昔は魔法警察に所属していたと言う男の体には、そこらじゅうに傷跡が残っている。
カノンは今頃どうしているだろう、とそんなことを考えながらヤトはというと……
屋上で寝ていた。
当たり前だが集合場所に彼の姿はなく、点呼に返事をすることもない、しかし生徒も先生でさえ誰も気にするものはいなかった。
「今日は本当にいい昼寝日和だ」
燦々と降り注ぐ太陽の光に目を細める。
暖かい陽気に包まれているといつの間にか眠りに落ちていた。
◆◇◆
午後の授業が終わりを迎える頃を見計らって、教室へ戻った。
カノンの姿を探すと、どうやら先ほどの心配は杞憂に終わったらしい。
不安そうな顔など嘘であったかのように、数人の生徒と笑顔で会話をしている。
安心して少女を見つめていると、向こうもこちらの視線に気がついたのか目が合う。
「おつかれ」
彼女の言葉に周りの生徒たちもこちらを向く。
ヤトの姿を確認すると皆蜘蛛の子を散らすように誰もいなくなってしまった。
そんな光景に苦笑いを浮かべていた少女だが、立ち上がると
「帰ろっか」
そう言って、ヤトににカバンを手渡し自分も荷物をまとめ手を握る。
そうしてまた、カノンに手を引かれ帰宅の途についた。
だいぶ周りの生徒も見慣れてきたのか、二人の姿を見つめる視線は減りつつあった。
校舎から出て校門に向かう途中、後ろから人間の視線以外の妙な気配がした。
振り向くと既に頭上には、猿のような生き物が――アンクルだ。
そいつは、ヤトの頭を狙い腕を振り下ろした。
不意打ちだったが攻撃を軽々と躱し、そのまま自分に向かって落ちてくる敵の懐に入る。
そして、左手に魔力を込め掌底。
自分の手と敵の体が触れた瞬間、お腹から背中に向かい手のひらの魔力を貫通させる。
その衝撃波で、猿のようなアンクルは数メートル後方に飛ばされ、霧散した。
「さすが、ヤト」
「当たり前だ、弱すぎる」
「怪我はない?」
「ああ」
倒したのはいいがおかしい、学園内にアンクルが現れることなどないはずなのだ。
この学校には周囲一帯に結界が張ってある、相当強力なアンクルじゃないと破られるわけがない。
しかし、今の敵はお世辞にも強いとは言えないだろう。
だが、弱すぎて結界に引っかからないことも希にあるという。
なのであまり気に止めず、そして今日のうちに忘れてしまっていた――




