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 家に着くと既に宅配便のトラックが止まっていた。

 業者がこちらに気付くと軽く挨拶をして、運び入れに取り掛かろうとトラックの荷台を開け始めている。

 頑丈そうな扉はだいぶ古いのかギコギコと大きな音をたてて開いた。

 開け放たれた荷台の中身を見てヤトは驚愕を隠せないでいた。


「ちょっと待て」

「なに?」

 少女は小首をかしげて聞き返す。

「この大量の荷物は何なんだ……」

 荷物が届くといっても、少女の着替え程度だと思い込んでいた。

 しかし予想に反して荷物の量はとてつもないものだった。


「何って家具だよ」

「いやいや、それは見れば分かるが多すぎやしないか?」

「そんなことないよ、だってどうせヤトのことだから家具なんてほとんどないんでしょ」

 またもや彼女にはお見通しであった。

「いやでも……」

 個人的には家に家具がたくさんあるのは嫌なのだが。

「大丈夫! 大丈夫!」

 何が大丈夫なのかわからない。

 

 そんな言い合いをしていると、宅配便のおじさんが、困ったように運び入れてもいいですかと訪ねてくる。

 ヤトが何か言うまもなくカノンが了承し、彼のポケットから家の鍵を勝手に取り出し、戸を開ける。

 荷物はみるみるうちに運び込まれた、家電や食器、タンスに食器棚やソファーまであった。

 

 しかし見ていると一番必要ではないかと思う物が抜けていた。

「カノン」

「ん?」

「ベッドはどうした」

「えっと……」

 彼女は言葉に詰まる。

 

 少々おっちょこちょいなところもある彼女のことだ、忘れたのだろうかと思っていると。

「その……」

 うつむいて、何やらモジモジし始めた。

「なんだ、言いたいことがあるならはっきり言え」

「どうしてそんなに怒るのよ」

 いつも通りの口調で言ったつもりなのだが少女には苛立っているように聞こえたらしい。

 なおもモジモジしているが、彼女が言葉を発するまで待っていると、ぼそっと何かをつぶやいた。

「……で……いい……なって」

「え?」

「ベットは一緒のでいいかなって」

 カノンは頬を赤らめ、上目遣いでそう言ってくるのであった。

 そんな顔を見るといくら唐変木のヤトであっても、少しドキッとしてしまう。

「そうだな」

 そんな気持ちを悟られぬよう、いつもよりさらにぶっきらぼうに答えた。

 だがそれで満足したらしいカノンはまた「やったー」と言って抱きついてくる。

 抱きつくことは恥ずかしくはないのだろうか。

 

 そうこうしているうちに、荷物はすべて部屋の中に収められたようだ。

 業者は仕事を終えると、準備を始める前と同じように軽い礼をし帰っていった。

 

 荷物が多かったせいで、運ぶのに時間がかかり窓の外の空は既に暗くなっている。

 そろそろ夕食の時間だろうと思っていると、カノンもお腹がすいたらしくソファーから立ち上がりキッチンへと歩き出す。


「ねぇ、冷蔵庫に何も入ってないんだけど」

 そうなのだ、この頃は自炊するのも面倒で、朝・昼・晩カップ麺なのである、ちなみに学園には給食はない。


「まさかカップ麺しか無いなんてことはないよね」

 そんなことはありえないという風に聞いてくる。

「そのまさかだ」

「3食全部カップ麺!?」

「うん」

「そんなの体に悪いじゃん! これからは、朝・昼・晩全部私が作ってあげる」

「それはありがたい」

「ホントに? 私のつくった料理食べられる?」

「ああ、カノンの作ったものなら大丈夫」

 

 二人は何も料理の腕を疑っているわけではない、少女は幼い頃から厳しく躾けられ、料理の腕前はとても高い。

 気がかりなのは、ヤトのことだ。

 ヤトはとある理由により他人が調理した料理を食べることができない、それが家族の作ったものであってもだ。

 それゆえに、外食もできず自然と主食はカップ麺になったというわけだ。

 しかしこの少女の作った物なら食べることができる。

「よかった」

 少女は微笑みとも哀しみともとれるそんな表情をしている。


「この辺にどこか、食材を買えるところある?」

「すぐそこに駄菓子屋が」

「ふざけないで」

 場の空気を和らげようと柄にもないことをしたせいで怒られてしまった。

「近くに、ショッピングモールがある」

 そうして二人で、家からこれまた徒歩10分圏内の大型ショッピングモールに行った。


 店に着くとカノンはすぐに、カゴとカートを取り、その中へ次々と食材を放り込んでゆく。

 取りあえず今日と明日必要なものだけを買うらしい、カゴの中身を見るに今日の晩ご飯は唐揚げだろう。

 手際よく買い物を終え帰宅。


 帰宅後カノンは息つく暇もなく調理に取り掛かる。

 とても手慣れた手つきで料理を作っていく、気になってキッチンに行くと邪魔だから来るなと怒られた。

 今日は怒られてばかりだ。

 仕方なく、ソファーに腰掛け晩飯ができるのを待った。


 そうして出てきたのは、予想通りオムライスだった。

「はーい、でっきあっがりー」

 黄金のたまごに包まれふっくらとしたそれは、とても美味しそうだった。


「懐かしいな」

「でしょ。はやく、食べて食べて」

 正直ヤトは食べることに全くと言っていい程関心がない。

 カノンが作るものなら何でもいいし何でもうまいと思っていたのだが、オムライスには少し思い入れがある。

 急かすカノンをなだめながらオムライスを一口ほお張る。

 懐かしいその味に、そして少女の手作りご飯の暖かさに、珍しく顔をほころばせてしまった。

 自分でも、情けない顔をしている自覚はあったが誤魔化そうとはしなかった。

 そんなヤトの顔を見て敢えて感想を聞くまではないと言ったところだろう。

 カノンは無言で微笑んだ。

 そうして二人して、食卓を囲み穏やかな時が過ぎた。


 夕食を食べ終え程なく、カノンが風呂に入るというので、一人で彼女の持ち込んだテレビをみていた、正直内容は全く頭に入っていない。


 そういえば、風呂に入るまでにもひと悶着あった、出された料理を全てたいらげ少しボーっとしていたヤトに、洗い物を終えたカノンが近づいてきて、冗談なのか本気なのか一緒に風呂に入ろうと言いだしたのだ。


 彼は大したことではないと思い、別にいいよ簡潔に答えた。

 するとカノンは、しばらく固まったかと思うと、急に顔を真っ赤にして

「じ、冗談だよ!」

 と言って風呂場に駆け出して行った。

 まったく、よくわからない……


 30分ほどするとカノンが風呂から上がってきた。

 彼女を見ると髪がビショビショで水滴が滴り落ちている。

「おい、ちゃんと髪拭いたのか」

「ふえ~?」

 なにやら訳のわからない事を言っている。


 そしてこちらの方まで歩いてきて、びっしょりと濡れた髪のまま抱きつこうとしてくる。

「カノン、まだその癖なおってなかったのか」

 そう、彼女には小さい頃から変な癖があった。

 眠たくなると人が変わったように何もできなくなり、そして人に抱きついて寝ようとするのだ。

 これだけはどんなに躾ても治らなかったらしく、毎回こっ酷く怒られていた。

 酷いことに当の本人はその時のことをほとんど覚えてないらしい。


「ちょっと待て、まずは髪の毛を拭く。タオル取ってくるから立って待っとけ」

 そう伝えると

「ふぁーい」

 と分かっているのかいないのか疑わしい返事を返してくる。


 急いで洗面所からタオルを引っ掴み部屋に戻ると、既にソファーに倒れこみそうになっている。

 慌ててカノンの体を引き寄せ対面するように膝の上に乗せ座った。

 そのままの体制で頭を拭いてやると、「うー」だの「あー」だの言葉にならない声を発している。

 相当おネムだそうだ。


 しばらくして静かになったなと思うとヤトの体に抱きつき眠ってしまっている。

「子供かよ」

 いいや彼女はヤトと同じ高校2年生だ。


「まったく、困ったもんだ」

 抱きつくカノンをなんとか引き剥がし、ベッドに寝かせ自分も風呂に行く。


 風呂から上がり、少女の寝ている寝室を覗くとすーすーと可愛らしい寝息が聞こえてくる。

 表には出さなかったが彼女は疲れていたのだろう、なにせ転校して環境が変わり初めてのことばかりなのだ、色々気を揉んだに違いない。


 自分だって今日は疲れた、目の前の少女の絶えず変化する表情に散々振り回されたのだ。


 起こさないようにそっと布団の中に入る。ベッドは大きくないので彼女の体温がすぐ隣に感じられた。

 横を見ればカノンが気持ちよさそうに眠っている、そんな彼女の寝顔と温もりだけで、ヤトの疲れは吹っ飛んでしまっていた。

 彼は触れると壊れてしまうのを恐れるように、そっと少女の頭をなでると

 「明日からたいへんだ」

 そう呟き眠りについた――






 翌日、何か胸のあたりが苦しいと思い目を覚ました。

 首を横に向けるとそこにカノンの姿はなかった、既に起きたのかと思い自分も起き上がろうとするが起き上がれない。

 手足はそうでもないのだが、やけに体が重い、そして熱い。


 おかしいと思い首だけを起こすと、そこには真っ黒の闇が広がっている。

 何事かと驚いて、目を見張るとそこにあったのは少女の頭であった。

 カノンは、なんとヤトの体をベッドにして寝ていたのだ。

 一緒のベッドで寝ることを恥ずかしそうにしていた奴とは思えない。


 シャンプーのとてもいい香りが鼻をくすぐる。

 そんなカノンの頭を昨日の仕返しだと言わんばかりに揺すると、目を覚ましたのかゴソゴソと動き始めた。


 そして、視線が合うと首に手を回し抱きついてきた。

「うー、ヤトおはよう」

「おはよう」

 そう答えると、少女は体を起こし、小さなあくびをしながら目をコシコシし始めた。


「先に顔を洗ってこい」

「はーい」

 しかし、まだ寝ぼけているのかその場で立ち上がろうとする。

「待て!」

 止めようと手を伸ばしたがしたが、時すでに遅し。

 少女は止まることはなくヤトのお腹の上に立ち上がりそしてぴょんっと床へ飛び降りる。

「ぅぐふっ!」

 腹部に強い衝撃をうけ唸りを上げる。

 そんな彼のうめき声も彼女には聞こえておらず、振り返ることなくトボトボとおぼつかない足取りで洗面所に向かっている。


 朝からとんだ災難だ。

 しばらくうずくまり、腹痛の回復を待った、痛みが薄まると立ち上がり顔を洗いに行く。


 カノンは既に顔を洗い終えたのかキッチンにいた。

 そしてキッチンからヒョイと顔を出すと、まだ軽く痛むお腹をおさえ歩く背中に「何してるの、早くしないと遅刻しちゃうよ」と投げかけてくる。

 一体誰のせいだと思っているのか。


 洗面を終えリビングに行くと、もう机には朝ごはんが並んでいた。

 相変わらず寝ぼけていなければとても頼もしい。


 朝食はトーストに目玉焼き、そしてベーコンといったどこかで見たことのあるようなメニューだ。


 少女はとっくに椅子に座りヤトの事を待っている。

 ヤトが席に着くのを確認すると手を合わせ、いただきますといい食事を始めた。


 今までとは全く違う朝だ、食べているのはいつものカップ麺ではない、簡単だが心のこもった食事。

 昨日は麺をすする音だけが聞こえた部屋には今やカノンの声や、テレビの音が聞こえる。

 家具も増え急に生活感が出てきた部屋、とにかく温かさに満たされている。

 そんな心地よさに、いつまでも浸っていたかったが、時計を見ると既に登校時間が迫っていた。


 カノンも何やらテレビに集中していて気づかなかったのだろう、時間を告げると、慌てて仕度をし始めた。

 そうして、二人して慌ただしく家を飛び出した。


 道中カノンがやけにニヤニヤしているので、どうしたのか訪ねてみる。

「朝の占い、1番だったの」

「なんて言われたんだ?」

「想い人とうまくいきます、だって」


 今日も空は雲一つない快晴、眼前には既に大きな校門が見えてきている――


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