19
重厚な鎧を着た戦士が、建物の中に入ってきた。
「もう出てきていいぞ」
嫌というほど聞こえていた、戦いの音は今はもう聞こえない。
カノンは、それを聞くとまだ外に出るのを怖がっている生徒を尻目に、一人飛び出した。
ヤトはここで待てと言った。
でもそんなことは関係ない、何かとてつもない胸騒ぎがする。
息せき切ってヤトがいるであろうグラウンドへ向かう。
「はあ、はあ……何、これ」
しかし少女の目に映ったのは、ただただひたすらに荒れ果てた大地、疲れきり思い思いの場所に座り込む戦士たちの姿。
そして、膝をつき顔に手を当てうずくまるシルフィア。
呆然と立ち尽くすゼルベル。
悔しげに顔を歪めるラブ。
勝利したにもかかわらず、歓喜の声はここにはない。
「ヤト……どこなの」
そして彼の姿も。
でもカノンは認めない、彼は約束と言ったのだ。
必ず迎えに来ると。
きっと探せばどこかにいる。
「また無茶して起きあがれないんでしょ」
カノンはそう思いグランド中を探し回る。
だがどこを探しても彼の姿は見当たらない。
嫌な予感がどんどん膨れ上がってくる。
「そんなはずないよね」
彼は強い、それも世界一。
そんなんはずない、何度も何度も自分に言い聞かせた。
鼓動がどんどん早くなる。
ふと足を止めたカノンの頭上に、何か黒い炎のようなものが見えた。
それはゆらりゆらりとカノンを目指すように落ちてくる。
彼女はそれを大事そうにそっと手で包み込んだ。
「ヤ、ト?」
それは炎で出来た一枚の羽根であった。
その羽はカノンに語りかけるように、しきりに黒い炎を揺らしながら燃えている。
それだけで、カノンは嫌な予感が的中してしまったと悟った。
笑ってと言われた時から少し違和感はあったのだ。
本当は引き止めたかった、でもできなかった。
ヤトの目を見てしまったから、絶対に揺るがぬ決意をその目に浮かべていたから。
そして彼を信じていたから。
彼はその黒い羽だけを残しこの世界を去った。
本当は認めたくはない、でも心のどこかで気付いてしまった自分がいる。
気付いてしまえばもう、後戻りはできない。
いや、もしかしたら初めから気付いていたのかもしれない、幼い頃からその身にあった、契約によって彼とつながっている感覚、それが失われたということを、そしてそれが何を意味しているのかも。
でもそのことから必死に目をそらした。
気付きたくなかったから、認めたくなかったから。
しかしもう遅い、気付いてしまったのだから。
全身から力が抜け、膝から崩れ落ちる。
涙が止まらない、泣くつもりなんてないのに、次から次へと勝手に溢れてくる。
頭の中は真っ白で、体は宙に浮いているようだ。
「ヤ゛、ト……ヤトォォォォ」
戦いの果て、戦場に残ったのは勝利の雄叫びでもなく、喜びの歌でもない。
この場に響き渡るのは、少女の悲痛な叫びだけであった。
そして突然降り始めた雨が、戦士たちの体を、カノンの頬を濡らす。
――こうして少年と少女の約束は、ついに果たされることはなかった。




