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 グラウンドでは、まだ世界(ワールド)ランカー達が戦闘を繰り広げている。

 既に穴から敵は出てきていないが、元の量が多すぎるのだ。

 そして地響きが聞こえる。


 アンクルの絨毯の奥、この現状を作り出した張本人が未だに暴れている。

 今はラブとゼルベルが交代で相手をしているところだ。

 あれだけ余裕を見せていた二人も、今や肩で息をし、そこかしこに傷を負っている。


「シルフィア」

 ヤトは空中の敵を撃ち落としている銀髪の少女に声をかける。


「<絶対>のあなた……その姿」

 ヤトのいつもとは違う姿、雰囲気にシルフィアは目を丸くしている。

 そして咄嗟にヤトから距離をとり、構える。


 ヤトはシルフィアを含めナンバーズとの戦闘の時、一度この姿で暴走しかけたことがあった。


「俺は正気だ」

 それを聞いて、まだ完全に信じきってはいないものの、警戒は解いてくれる。


「何をするつもり」

「いや少しな」

 少し何よと、目を細め先を話すよう促してくる。


「いや、何でもない。 カノンのことよろしく頼む」

 それだけ言ってその場から飛び立つ。


「ちょっと待ちなさい、何考えてるの」

 もう振り向きはしない、伝えるべきことは多分伝えた。


 ヤトは、最前線で戦うラブとゼルベルのもとへ向かう。

「ゼルベル」

 声をかけると銀髪の少年はさっと振り返る。


「しっしょ無事かってその姿」

 もう説明するのが面倒くさい、手をひらっと挙げて正気の意を示す。


「あいつ、傷つかないだろう」

「そうなんだよ、かてーんだ」

 ゼルベルも硬いと思っているらしい。


 だが違う。

「あれは、超速再生能力を持っている。だから多少のキズでは傷ついたように見えないんだ」


「なっまじかよそれ」

 少し先では、アンクルとラブが死闘を演じている。

 ラブはこちらを一瞥すると、さっと後退してきた。


「NO! ベル君ごめん交代!」

「ちょっと待ってくれ!」

 ゼルベルはラブを見ることなく苛立った様子で答える。


「NO! 何があったの?」

 ゼルベルの態度といい、ヤトの姿といいラブにはわからないことだらけだっただろう。

 ゼルベルが早口で、ヤトが言ったことを復唱する。

 そしてさらにそこにヤトが付け足す。


「あいつには核がない」

「NO! そんなわけない!」

 その情報にさすがのラブも取り乱し、ゼルベルに至っては声も出ない。


 ヤトは馬鹿らしいことを言っていただろう。

 アンクルに核がないなど、信じられるはずがない。

 しかしヤトがこんな場面で、自分が瀕死になりながら冗談を言うような性格ではないと彼らは知っている。


 ヤトはその証拠を見せつけるように、アンクルの方を向く。

 そして跳躍すると、両腕をクロスに振り上げる。


 するとヤトの爪の先から斬撃の閃光が閃く、その数、十本。

 その一つ一つが、桁外れの威力だ。

 その斬撃は、未だ暴れているアンクルに襲いかかる。


 腕を撥ね、首を切断し、体を細切れにした。

 だがどうだろう、攻撃を食らった直後から既にアンクルは回復し始めていではないか。

 核があるであろう場所は完全に射止めている。

 にもかかわらず腕は泡立ち増殖し、首も体も引っ付き始めているのだ。

 跳ね飛ばされた腕は確かに霧散する、しかし体や頭などの主要部分は消滅しない。


「あんなのどうやって倒せばいいんだよ」

「倒すことは不可能だろうな」

 ゼルベルもラブも目を疑うような光景に、呆然と立ち尽くしている。

 だから最後の手段、もうこれしかないのだ。


「俺が中から封印する」

 二人はヤトの言葉に一瞬固まる、言っていることを理解するのに時間がかかったのだろう。

 つまりヤトは自分の命を犠牲にして、穴とアンクルを自分ごと封印してしまおうと言ったのだ。


「……しっしょ、なに言ってんだよ、他にも方法があるかもしれないぜ」

 ゼルベルは震える声で訴えかけてくる。


「今のを見なかったのか?」

 敵は既に全回復し再び暴れだそうとしている。

 それを見てヤトを止めようとしていたゼルベルは言葉を飲み込む。


「NO! そんなことしたらクロちゃんが!」

 ラブも必死でヤトを止めようとする。


 確かに他に方法があるかもしれない、しかし手を尽くして結局無理だったは通用しない。

 手遅れになってからではダメなのだ、この世界を、カノンを守るためには。

 もう何を言われようと、誰が止めようと変わらない。

 カノンを守るため、こいつを封印すると誓った。

 そして命をかける覚悟をした。


 ヤトは少しずつアンクルに近づいて行く。

 穴に放り込みやすいように、斬撃を放ち手足を切断する。


 ヤトはこれを戦闘だとは思っていない、これは後始末みたいなものだ。

 そう思えるくらい、自分を受け入れ、力を制御しきった彼の強さは桁違いなものだった。

 しかしそんなヤトでも、死なないと思われる敵は倒すことはできない。


「グァァァァ!」

 手足を失い身動きの取れない敵、回復される前に全てを終わらせねば。

 だがまだ尾が残っていた。

 蛇のような尾は、本体に触れようとするヤトに襲いかかってくる。 


「レベルの差を見誤るなよ」 

 今のヤトならたとえナンバーズが束になっても、いや世界ランカーが全員でかかっても勝利を収められる、地球ごとき7日間で火の海に変えられるだろう。


 襲い掛かる敵の攻撃を軽々と受け止め、今度は離さない。

 そしてハンマー投げのようにアンクルを振り回し、先ほどのお返しだと言わんばかりに穴へ放り投げる。


「グォォォォォォ!」

 唸りながら穴へと吸い込まれてゆく巨体。

 それに続くように、ヤトも穴へ向かう。


「カノンのことは頼んだ」

 そして振り返ることなく二人にそう告げた。


「しっしょ!」

「NO! そんなの任されない!」

 二人の叫びは既にヤトには届かない――





 穴の中、闇界(あんかい)は真っ暗だった。

 闇に包まれてゆく中、入口のあった方を振り返る。

 まだ外の様子は伺えるようだ。

 カノンのいた場所をそっと見つめる。


 覚悟したはずなのに、今更になって狂おしいほど愛おしい。

 思えばヤトの人生は全てがカノンとの時間であった。

 彼女が笑い、彼女が怒り、彼女が泣き……そしてまた笑う。

 少女は初めから自分のことを怖がらなかった、それどころか必要と言ってくれた、そして笑顔をくれた。

 その言葉に、その笑顔に何度助けられてきたのだろう。


 カノンにはまた嘘をついてしまった、迎えに行くと約束したのに。

 彼女は自分がいなくなっても覚えていてくれるだろうか、いや忘れてしまってもいい。

 ただこの先の人生彼女が笑っていてくれるのなら、それ以上は望まない。


 でも少しだけ欲を出すことが許されるのなら――

 彼女の笑顔をもっと傍で見ていたかったと願わずにはいられない。

 最後にカノンの笑顔が見られて良かった。


「ありがとう、大好きだった」

 ヤトはそう呟くと手を伸ばし、封印の魔法陣を描いた――

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