16
「やっとか」
ようやくアンクルの壁を抜けることができた。
さすがのヤトでもこの量は少し厄介だった。
傷は負っていないが、軽く息が荒くなる。
見上げればそこには事の原因である大きな穴がある。
穴からあれだけ湧き出してきていた敵は、今はもう出てきていない。
カノンは無事避難できているであろうか、ナンバーズが集結してるので心配はないだろうがそれでも気になる。
「はー、やっと抜けたぜ」
「YES! 何体倒したか覚えてる?」
ヤトが出てきて間もなくラブとゼルベルも到着する。
彼らも衣服にところどころほつれたところがあるが、目立った傷はない。
「ちびっこ俺は513体倒したぜ、どうだ!」
「YES! じゃあ私の勝ち! 625体だよ!」
「ま、マジかよ。今から増やしてくる」
「NO! それはずるだよ!」
体力的にもまだまだ余裕がありそうだ。
あれだけの戦闘を繰り広げてきたとは思えないはしゃぎようである。
「しっしょは何体倒した?」
ゼルベルがニヤニヤしながら近づいてくる。
「1114だ」
「げ、嘘だろ……ちびっこ、この勝負なかったことにしね?」
「YES! そうだね、そんなことより早く穴を塞ごう!」
そして二人共穴の方に向き直り、穴を塞ぐため魔力を放出し始める。
「いやまだだ」
ヤトはそんな彼らにやめるよう伝え、一歩前に出る。
二人はヤトが何を言っているのか分からないといったように首を傾げている。
そう、ヤトとシルフィア以外の人間はこの騒ぎの発端を知らない。
だから彼らはみな、この穴を閉じることを目標としている。
だが違うのだ、この穴を開けた張本人、結界を破り気配を殺せるほどの高位アンクル。
そいつを倒さなければ何度穴を塞ごうと意味がない。
また違う場所から穴を開けこの世界にやってくるだろう。
強敵が来ると察知したからヤトとシルフィアは慌てて全世界ランカーに招集をかけた。
そうでなければ、一地域に全勢力を投入しようなどとは考えない。
そのことを彼らに口早にに説明をする。
「冗談きついぜしっしょ」
本来なら招集の時点で伝えられているべきことなのだが、シルフィアも取るものもとりあえず集めたのだろう、仕方がない。
「NO! 確かに少し考えればわかったことだよね、ここ結界内だし」
「じゃあなにか、敵が来るまでここで待ってろってか?」
「いやその必要はなさそうだ」
ヤトがそう言った瞬間、空気が変わった。
まるでこの辺一帯だけ重力が増してしまったような、重苦しい雰囲気に包まれる。
そして穴から大きな手が突き出してくる。
「ようやくお出ましだ」
その手は穴の淵を掴むようにして押し広げ、ゆっくりと本体が出てくる。
「グァァァァァ!!」
そして大地を揺るがすほどの雄叫びとともにとうとう姿を現した。
「NO! なんなのこの大きさ」
そのアンクルは家一軒程の大きさで、霊長類の体、獅子の頭、そして尾は蛇のように見える。
敵はこちらの姿を確認すると平手で腕を振り下ろした。
3人とも難なく避けるも、足元を見ると見事に手形がついている。
「ラブ、ゼルベル後ろは頼んだ」
背後から未だ残っているアンクルに攻撃される危険があれば、集中できない。
さらにナンバーズは一人一人が強すぎるので共闘には向いていない、一匹を数人で倒そうとすればお互いが邪魔し合ってしまう。
「YES! 任せちゃって!」
「了解、そっちはしっしょに任せたぜ」
それを二人共理解している、特に疑問を返すでもなく了解してくれる。
そしてヤトは敵と真っ向から相対する。
「ここからは一歩も通さない」
もしこの敵の進行を許せば、カノンの身に危険が及ぶ。
それだけは絶対に避けなければ。
眼前の化物もヤトを敵と判断したのか、彼を睨みつけ先ほど同様その豪腕を振り下ろしてくる。
跳躍して躱し、その勢いのまま敵の頭上へ、その獅子の額へかかとを叩きつける。
「なに!?」
しかしアンクルには全く通じない。
「なんて頑丈さだ」
敵はただ飛んでいるハエを鬱陶しがるように、手で払いのける。
そして空中で身動きがとれなくなったヤトに口から炎のようなものを吹き出した。
何とか身をよじり躱すもかすっただけで恐ろしい程の熱風だ、髪の毛が焼き切れてしまう。
間髪入れず、着地したヤトを殴りつけてくる。
ヤトも負けじと身をひねり反動を付け、その拳に自分の拳を叩き込む。
拳と拳が衝突した瞬間その桁外れな力のぶつかり合いに、地面がめくれ上がる。
「ぐ……」
力は完全に拮抗している。
アンクルは防御力、攻撃力ともにヤトと同じかそれ以上。
そんなものが、世に放たれ理性もなく破壊を繰り返せばとんでもないことになる。
正直、世界がどうなろうとヤトには知ったことではない。
だがそんなことになればカノンが悲しむ。
彼女にはいつだって笑っていて欲しいのだ。
敵は、腕を戻すとぐっと腰を落とした。
そして勢いを付け丸太ほどの太さもある蛇の尾で、大地を薙ぎ払った。
横から、通り道の全てを一掃せんと訪れるそれを受け止める。
だが遠心力により勢いに乗った一撃、足が地面にめり込んでしまう。
「ふざけやがって!」
とにかくこの尾は厄介だ、今のうちにどうにかせねば。
その蛇を抱え全身で力いっぱい絞める。
このままちぎってしまおうというのだ。
だがその尾はそれ自体が一匹の生物であるかのように暴れヤトから逃れてゆく。
既に敵本体がこちらに向き直りつつある。
「仕方がない、あの蛇は後回しだ」
振り向きざまにできた隙を逃さず地面を蹴り、敵の懐へ。
そして敵の無防備な腹に拳を繰り出す。
超高速で何度も何度も。
しかし一発でさえ敵にダメージを与えられない。
ありえない、紛いなりにもこの世界の最高戦力に君臨するヤトだ、その一撃を受け全くの無傷など。
攻撃の反動で一瞬動けなくなった隙を敵も見逃すはずがない。
ヤトの体の数倍はあろうかという手を組み、つぶしにかかってくる。
「ぐ、きっついな」
何とか受け止めたものの、あまりの重量に骨が軋み思わず弱音を吐いてしまう。
とにかく何とかして弱点を見つけないと。
アンクルならば、胸のあたりの核を破壊すればいいはずなのだが硬すぎる。
こいつは何かカラクリがあるのかもしれない。
少しでも長く、多く戦闘を重ねそれを見つけなければ。
押さえつける手を弾きなんとかその場を逃れる。
「グォォォォォォォ!!」
敵は尚も余裕そうだ。
尾がムチのようにしなり何度もヤトに襲いかかる。
その度に地面が削れ足場が悪くなってゆく。
さらには両腕を何の考えもなしに振り回してくる。
その一撃がとてつもなく重たい。
一発一発の攻撃力の高さに加え、この巨体では信じられないほどのスピードがある。
「くそっ」
ヤトは躱すので精一杯である、こんなもの一回一回受け止めていたら体が持たない。
避けながらも必死に目を凝らし敵の弱点を探る。
なんとか敵の絨毯爆撃のような攻撃を避けきっていたヤトだったが、予期せぬ方向からの一撃にとうとうその身にダメージを負ってしまう。
「ぐはっ……なぜだ」
今の一撃で内蔵と骨がいくつかやられた、血が行き場をなくし肺から湧き上がってくる。
だがどうして、敵の攻撃は全て見切っていたはずだ。
とにかく興奮しそうになる自分を抑え冷静に敵を見る。
「なっ、なんだ?」
なんとアンクルの尾が2本になっている。
さらには腕まで生え始めついに4本になってしまった。
「分裂か!?」
いや違う、質量が明らかに増えている。
ないはずのところからいきなり現れた。
わからない、何が起きたのだ。
更に手数を増やし攻撃を加えるアンクル、それはもう堅牢な要塞と化している。
もし腕と尾の防壁を超えたとしても、あの業火がその身を焼くだろう。
本体にダメージを与えるのは至難の業だ。
「仕方がないか」
とにかく現状を打破しなければ。
「吉と出るか凶と出るか」
ヤトは敵を真っ直ぐに見据えると、地を蹴り己の身を攻撃の嵐へと躍らせた。
敵の攻撃に身を裂かれながらなんとか攻撃の壁を越える、少しかすっただけでも体が抉られるほどの威力だ。
彼の体は一瞬で傷だらけになり、いたるところから血を流している。
それでもヤトは止まらない。
その壁を越えると案の定、敵はヤトに向かって大口を開き、地獄の業火を浴びせる。
「ぐっ……」
しかしヤトは火にあぶられながらも必死に耐え、集中する。
そして魔力を左腕の拳一点に集め始める。
ヤトは後の戦いのことは考えずありったけの魔力を使い、この敵を消し飛ばそうというのだ。
もしこの一撃で倒せなかったとしても、まだヤトの後にはナンバーズが控えている。
自分が何かアクションを起こすことで、敵を打倒するヒントが得られれば上等、倒せればラッキーだ。
「うぉぉぉぉぉぉ!!」
ヤトの鬼のような咆哮と共に、恐ろしい程の魔力が一点に集結する。
莫大な量の魔力の奔流、それは一つの塊になり、爆ぜ、大気をそして地球を揺らす。
そしてヤトは全魔力を敵の体にブチ込んだ。
「うぉぉぉぉぉぉ――!!」
その瞬間物凄い閃光が辺りを包む、衝撃波によりグラウンドに面している校舎のガラスは割れ、爆風により大地が舞い上がる。
そして砂煙で辺り一帯何も見えなくなってしまう。
「やったか……?」
敵は完全に沈黙をしている、既に霧散をし始めたのだろうか。
煙幕のむこう、敵がいた場所にじっと目を凝らす。
ヤトに、そして周りの戦士にも緊張が走る。
なにやら黒い影が揺らいでいるのが見えたその瞬間、噴煙をかき分け敵の鋭利な爪がヤトに襲いかかった――




