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 この異変に生徒たちも既に気付き始めていた、この学園の生徒会長、桐生宗隆(きりゅう むねたか)もそうだった。


 アンクルの出現を確認するや否やすぐさま校舎を飛び出し、グラウンドへ駆けつけた。

 高学年の腕に覚えのある生徒も次々と出てくる。


 しかし自分も含め、いかに戦闘訓練を受けていようと、怖いものは怖いのだ、その場からなかなか動くことができない。


 目の前には見渡す限りの敵、それは猿や鳥のようなもの犬や蛇のようなもの。

 獣のようだがそうではないよくわからない姿をしている。


 そしてその化物の視線を一手に引き受ける男の姿が見える。

「あれは……黒の<絶対>」

 そうヤトであった。


「ここで戦わなければ、何のために今まで頑張ってきたんだ!」

 桐生は震える足を必死に奮い立たせ、敵の大群にその身を踊りだすヤトに近づく。


「及ばずながら私も加戦させていただきます」

 ヤトは首だけでこちらを振り返り確認する。


「会長か、お前ならいないよりマシだろう今は猫の手でも借りたい気分だ」

 下級生にお前呼ばわりされるのはちょっと、と思ったがなにせ彼はナンバーズだ。

 そんなことより自分のことを覚えていてくれたのが嬉しかった。


 桐生宗隆は、この学園のヤトに次ぐ実力者である。

 次ぐと言っても、足元にも及ばない、後ろ姿さえ見えない差があるのだが……


「一体一体は弱い、お前でも倒せるだろう。だが油断するな」

「ええ分かりました」


「取りあえず、他にも使える生徒をまとめて避難誘導。

 それと校舎の方にアンクルが漏れ出さないようにしといてくれ」

「了解です」


「俺はあの穴を塞いでくる」

 そう指示を出すと、彼は魔力も出さないまま、アンクルが押し寄せてくる方へ歩き出す。


 桐生も指示通り動こうとしたが、ヤトの不可解な行動に思わず足を止めてしまう。

 ヤトは敵を目前としても戦闘の準備せず、まるで散歩でもするようにフラフラと歩いてゆくのだ。


「何をしているんだ?」

 このままでは生身で敵の攻撃をもろにくらうではないか。

 そうなってはさすがの<絶対>でも無傷では済まない。


 だが彼は敵に限界寸前まで近づくと一気に魔力を解き放った。

 その瞬間凄まじい衝撃波と轟音が辺りに響き渡る。


「くっ――」

 爆風に耐えながら前を見ると、その衝撃だけでアンクルは蹴散らされ、ヤトを中心に半円形の隙間ができている。


 しかしそれも一瞬のこと、すぐさま地面が見えなくなるほど敵が押し寄せてくる。


 ヤトは続けて斜めに一線、腕を薙いだ。

 その手から斬撃のような光がシュッと放たれる。

 その一薙だけで数十体もの敵の首をはね胴を引き裂く。


 次々に敵は霧散していくのだが、そのスピードより敵が穴から出てくるスピードが上回っている。


 どれだけ倒そうと穴への道は微塵も見えてこない。

「きりがないな」

 彼はそう言うと、棒立ちのまま片腕を前に腕を突き出す。

 そしてヤトを取り巻く炎がより一層吹き上がったかた思うと、耳を塞ぎたくなるような爆音と共に真っ黒な火柱が何本もアンクルに襲いかかる。


 敵は吹き飛ばされ舞い散りそして消滅してゆく。

 ヤトは、吹き飛ばされ出来た隙間にすかさず身を挟み込む。

 まるで赤子の手を捻るように容易く、次から次へと敵を殲滅してゆく。


「……化物だ」

 その姿に、思わずそうつぶやいてしまう。

 彼の強さは知っていたつもりだった、しかしここまでとは、桁外れなんてものじゃない。

 これが世界最強の男の本気なのか。


「はっはー、やっぱしっしょハンパねぇ」

 急に後ろから声が聞こえて振り返る。

 いつの間に現れたのか、そこには3人の人影があった。


「おい、お前は生徒か、せいぜい邪魔しないように気を付けろよ」

 銀髪の男はそう言うと、ニヤニヤと笑う。


「NO! でもさすがのクロちゃんも、この量はちょっときつそうだね」

「二人共無駄話は控えて、早く私たちもいくわよ」

 彼らは素早く四方に散らばる。

 そして動きながら魔力を放ち武器を形成し始めた。


「なんて早さだ」

 たった数秒であれだけの大きさの武器を作ってしまうとは、しかも精度も並外れているはず。


 桐生が同じモノを作ろうとすれば、かなりの集中力と数時間の時が必要だ。

 それでも劣ったものしか作ることができないだろう。

 それを何かしながら軽々しく。

 そして敵の前に立ちふさがると、恐ろしい勢いで敵を制圧し始める。


「しっしょ助太刀に来たぜ、いらないだろうけど」 

 一人は大鎌を振り回しながら敵の中を猛然と突き進んでゆく。

 まるでそこに何もいないように、周りにあるのはただの空気と言わんばかりに。

 これだけの数の相手にしているのにとにかく嬉しそうだ。


「YES! 誰が一番多く倒せるか勝負しよう!」

 もう一人はもはや何をしているのかわからない、しかし何か見えないものに敵の胴は分断され四散する。

 先ほど剣をその手にしていたはずだ、そうなると見えないスピードでそれを振るっているのだろうか。

 この少女も、まだ幼さが残るあどけない笑顔で楽しそうにしている。


「その勝負勝てば何か貰えるのかしら?」

 そしてもう一人、一度にいくつもの光弾を操っているのだが、その一発たりとも的を外さない。

 飛翔している敵一体につき、一発の正しく精密射撃だ。

 彼女に至っては敵の殺気に晒されているにもかかわらず眠たそうだ。


 火守夜帷、彼を化物だと思った、しかしどうだろう彼らも十分人間離れしているではないか。


 <絶対><神速><死神><無限>

「ナンバーズたった4人でこれか……」

 全員が揃えばどうなるのだろう。

 桐生は胸が高鳴るのを感じた。


 いつか自分もあんな風に強くなれるだろうか。

 この調子なら敵を制圧仕切るのにそう時間はかかるまい。

 3人が来た瞬間一気に形成が逆転した。

 ――かのように思えた。


 しかしヤト、ラブ、ゼルベルの3人は、敵の波の中腹あたりで完全に取り囲まれ進めなくなっている。


 いくら倒せど上から上から乗りかかるように押し寄せるアンクル。

 その中に埋れてしまい、とうとう彼らの姿は見えなくなってしまった。


 それでもなお敵は穴から湯水のように湧き出てくる。

 今や眼前のグラウンドは真っ黒な敵の体でびっしりと埋め尽くされてしまっている。

 まだ正午だというのに太陽の光が届かない。


 あれだけ化け物じみた彼らでさえ、無限とさえ思える程の敵の数に、勢いを失ってしまった。

 空にも地面にも見渡す限り、敵。


「……こんなの……無茶だ」

 <教会>の戦力は世界最高、それで倒せないということはイコール世界の終わりを意味する。


 力をほとんど持たない桐生は世界がアンクルに侵されてゆくのをただただ見ていることしかできない。 

 絶望にうちひしがれ、膝から崩れ落ちそうになったその時だった。


 突如背後から眩い閃光がいくつも駆け抜け、アンクルの群れに炸裂する。

 断続的に訪れる光の矢は埋もれた3人がいるであろう場所を的確に射抜く。


 そしてついに覆いかぶさっていたアンクルは霧散し彼らの姿が見えた。

 彼らの衣服は所々が破れてしまっている、だが体に目立った傷はなさそうだ。


「遅い」

「YES! やっとついたみたいだね」

「おそすぎだろ、死ぬとこだったぜ」

 後ろを見ると目に入ってきたのは、魔法陣の光の中から次々と現れる戦士の姿だった。

 その数は十や二十ではない。


 戦士は皆、重そうな鎧を着、手には武器を構えている。

 鎧の隙間から見える肌は無数の傷に覆われている。 

 そして遠くにいるはずなのに、目の前にいるかのような威圧感。

 桐生は息を飲んだ。


世界(ワールド)ランカー!?」 

 閃光の正体はその中の数人が手にしている弓による攻撃だろう。

 しかしどれもこれも桁違いの威力であった。


 唖然とする桐生、だが援軍はそれだけではなかった。

 屋上の上に一際屈強そうな、世界ランカーの中にいても段違いのオーラを漂わせている者が数名。


 彼らは、ヤト達同様この状況を見て笑っている。

 あれこそが教会の誇るナンバーズの面々だ。


「生徒の安全を優先しつつ、先行しているナンバーズの援護してください」

 屋上から、未だ絶え間なく現れる戦士たちにそう呼びかけている。


「悔しいが美味しいところは<Ⅰ番>に譲ろう」


 そして戦斧を構えた大男が一際大きな野太い声で

「それじゃあいっちょ! 戦闘を始めようか!!」と叫んだ。


 それを合図に「うぉぉぉぉぉぉ!」と何十人もの戦士が地面を揺らすほどの雄叫びをあげる。

 そして、広がるアンクルの海へ次々と飛び込んでゆく。


 強大な魔力の炎により、辺り一帯火事になったかのように真っ赤に燃え盛っている。


 桐生はその光景に戦慄し鳥肌がたった。

 今この時、この場所に世界の最高戦力が全て集結しているのだ。


「これはもう戦闘じゃない、蹂躙だ……」

 戦士たちの圧倒的戦力に敵はなすすべなく霧散してゆく。


 剣で切り裂かれ、槍で貫かれ、斧で刈られ、弓で穿たれ。

 いたるところで戦士たちの雄叫びが聞こえ、その度にアンクルが中に舞う。

 敵の戦力は削がれ分散され瞬く間に穴への道が切り開かれてゆく。


「うぉぉぉぉぉぉ!!」

 遠くで、この隙を逃すまいと突き進むヤトの咆哮が聞こえる。


「行ける、これなら行ける!」

 既にヤトは穴の目前まで迫っている、アンクルの壁を突き抜ければ後は穴を閉じるだけ。


 この時、誰もが勝利を確信して疑わなかった――


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