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 また長い長い廊下を歩く、後夜祭は8時からだ急がなくても間に合うだろう。

 それでも少し急ぎ気味で歩いていたが、そんなヤトを呼び止めるものがいた。


「<絶対>の、あなたが学園祭なんかに行くとは珍しいわね、どういう風の吹き晒しかしら」

 後ろを振り返ると、そこにいたのは銀髪の少女シルフィアである。


「それを言うなら吹き回しだ」

「あらそう」

 しっかりしてるようではあるが、シルフィアはときたまおかしなことを言う。


「カノンに頼まれたんだ」

「カノンちゃんにね……それでのこのこと祭りなどに顔を出すのね」

 カノンについてはヤトの契約者として既にナンバーズの中では知られている。

 さらにこの少女とラブはカノンと非常に仲がいい。


「なにが言いたい」

「カノンちゃんにかかれば、さすがのあなたも形無しね」

「だから何が言いたい」

 なかなか煮え切らない彼女の態度に少し語気を粗めてしまう。


 しかしその程度では彼女は動じず、普段通りのどこか感情の欠けた声で続ける。

「いえね、少し不思議に思ったの。どうして彼女なのかなと」


 彼女はしばらく思案するように黙り込むとやがて訥々と語り始めた。

「たまたま幼少の頃そばにいただけでしょ、それが私だったら今あなたの契約者になっていたのは私だったかもしれないじゃない」


「そう思ったのよ、それだけのこと」

 それだけ言うとそれじゃあねと、背中を向けもと来た方へ戻ろうとする。


「ちょっと待て」

 呼び止めるがシルフィアは止まらない、少しずつ遠ざかる背中にヤトは言った。


「確かにカノンは偶然そばにいたのかもしれない、それがお前だったのなら、お前の言うように契約を交わしたのはお前だっただろう」


「だがそばにいてほしい時、そこにいたのはお前じゃない、カノンだ」

 その言葉にピクっと身を震わせシルフィアは立ち止まる。


「俺はあいつの笑顔に救われた、そして生きる意味を、喜びをもらったんだ」

「あの子のことを愛してるのね」

 立ち止まった少女は振り返ることなくそう言った。


「当たり前だ、だからあいつのためなら何でもする、俺にとってはカノンこそが世界の全てだ」

「まるで生まれたばかりの赤ん坊みたい」

 そう呟くと、彼女は再び足を進めようとした。


 がそんな彼女の行動を遮る声が一つ。

「ほっほっほ、彼らが出会ったのは偶然ではない」

 声のする方を見ると、薄暗い廊下のさらに暗い影からにゅっと人が出てくる。


「皇帝」

「じーさん、立ち聞きとは感心しないな」

 そこから出てきたのは、世界ランカーをまとめ上げ、世界をアンクルから守護する魔術機関の最高峰<教会>のトップ皇帝であった。


 彼は、長く伸びた真っ白なヒゲを触りながらこちらに近寄ってくる。

「お主は気付いていだであろう」

 ヤトは皇帝にそう言われ思わず苦笑いをこぼした。

 この男、歴戦の猛者を統括しているだけあって底が知れない。


「偶然ではないとはどういうことですか、運命とでも言いたいのですか」

 いつの間にか戻ってきたシルフィアが皇帝に尋ねる。


「いいやそれも違うのう」

「ではなんなのでしょう」

 彼女は皇帝に早く答えを言うよう急かす。


「必然じゃよ」


「「必然?」」

 ヤトとシルフィア、二人の声が重なる。


「つまり絶対ということじゃ、そういう意味ではヤト、君の冠名は言い得て妙と言ったところじゃな」

 ほっほっほと皇帝は一人で納得している。


「偶然などその時々の選択一つでどうとでも転ぶ、運命もまた自分で切り開き変えることができよう。じゃが必然だけはどにうもできん」

 この老いぼれじいさん結局何が言いたいのだろう、ヤトにはいまいち理解ができなかった。


 しかし、シルフィアには理解ができたのだろうハッと顔を上げる。

 そして憎らしそうに目を眇め皇帝を見つめると口を開いた。


「皇帝あなたは残酷です」

 そう言われた皇帝は肩をすくめる。


「ほっほっほ、年寄りのたわ言じゃよ」

 呼び止めてすまんかったな、と再び闇の中へ消えて行ってしまう。

 シルフィアの姿もいつの間にか遠くなっている。

 ヤトは一人だけ蚊帳の外のまま廊下に取り残されてしまった。


「こんな事をしている場合じゃないな」

 思わぬところで時間を食ってしまった。

 カノンとの約束がある早く帰らねばならない。

 ヤトは足早に教会から立ち去った。




  学園に着くと、学園内は祭の熱狂に包まれていた。


 「6時半か」

 後夜祭は7時から、今からなら余裕で間に合う。

 生徒たちも最後のひと仕事とさらに盛り上がりを見せている。


 そんな生徒たちの喧騒から逃れるように、ヤトは今はひとけのない中庭にやってきた。


 どうもこういう華やかな場所は苦手だ、胸がざわついて落ち着かない。

 中庭に置かれているベンチに腰掛け一人空を眺める。


 久しぶりの静謐なひとときだ。

 カノンが来てからは止まっていた時間が動き出したかのように、目まぐるしい毎日を送っている。


 本来ヤトは静かに暮らす方が好きである、あまり周りでガヤガヤとされるのは苦手だ。

 後夜祭なんてほんとはあまり行きたくない。

 でも彼女が望むなら、そして笑ってくれるならそれも……

「悪くない」


 そろそろいい時間帯だろうカノンを迎に行こう。

 そう思いベンチから腰を浮かした直後、中庭に降り注ぐ夕日の光が一瞬遮られた気がした。


 上空を見上げると、鳥にしては大きすぎる物体が学園の屋上付近に留っている。


 あれは間違いなくアンクルだ。

 野放しにすれば一般人にまで危害が及ぶかもしれない。


 ヤトは足に魔力を込め、思いっきり地面を蹴った。


 目の前まで来ると、予想していたのよりさらに大きい、ヤトの身長の3倍はあろうかという真っ黒な鳥型のアンクルがいた。


 敵はヤトを確認すると、キィーっと鳴き声をあげ、威嚇するように羽をばたつかせる。

 そして顔から長く鋭く伸びた嘴をヤトに向かって突き出す。


 ヤトはそれを紙一重で躱すと、全身に魔力を循環させ、お腹にぐっと力を込める。

 そして爆風と圧力が辺りに立ちこめる。

 敵はそれに気圧され、体を中に浮かせ飛び立とうとしている。


「待ちやがれ!」

 もしこいつが人を襲うようなことがあれば学園祭は台無しだ。

 けが人が出れば、学園側も安全のため後夜祭を中止せざるを得ない。


「カノンが悲しむな」

 アンクルは自分に背を向け逃げ出してしまっている。

 ヤトは敵を見据えると、自分も空中へと跳躍する。

 そして体を反転させ逃げる敵の背中に蹴りを落した。


「キィィィィ」

 アンクルは体勢を崩し落下してゆく。

 ヤトもその背中を追って空気を蹴り下降する、そして羽交い絞めにし全身から魔力の炎を吹き上がらせる。


 アンクルはヤトの魔力の炎に体が焼かれ、苦しそうに激しくもがいている。

 だがヤトが体から離れることはない。

 やがて抵抗する力がなくなり動かなくなって、ヤトが地面に着地する頃には霧散して跡形もなくなっていた。


 幸い生徒も一般人も、祭り事に夢中でヤトが空中から落ちてきたのを気付く者はいなかった。


「また、雑魚か」

 だがおかしい、この学園には結界が張ってあるアンクルが入ってこられるわけがない。


「そういえば」

 ヤトはこの時、重大なことを思い出した。

 シルフィアに言われた異変、特にないと答えたが、前に一度アンクルが校内で襲ってきたことがあったではないか。


 あの時は特に気にならなかった、だから今日の今まですっかり忘れてしまっていたのである。

 そして二度目の学園へのアンクル襲撃。


「まずいな」

 自分としたことが、とんだ失態を犯してしまった。

 これが異変でなくてなんだというのだ。

 とにかく教会への報告が先だ、シルフィア達はまだいるだろうか。


「廊下を戻って行ったよな……」

 それにヤトが帰ってきてからそれほど時間も立っていない。

 ヤトは再び教会へと足を運んだ。

 


 そしてこの日とうとうヤトがカノンの前に姿を現すことはなかった――


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