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 少年は昔の夢を見ていた

 それはまだ彼が幼く、そしてそれからの人生を決定付けたであろう日の夢――



 火守夜帷ひのもり やとは一人の少女に連れられ、とある山道を登っていた。

 もう少し行けば、地元で有名な神社に着く。

 この神社では毎年、祭りが行われている。

 山奥の神社ではあるが、結構な規模でたくさんの人が来るらしい。

 太鼓の音や、笛の音、人々の笑い声が聞こえてくる。

 空には雲一つなく、星が煌々と輝き、月が惜しみない光を湛えていた。


「まさか夜帷(ヤト)と一緒に祭りに来れる日がくるなんて、思わなかった。」

 振り返った少女は月明かりの下で、その光にに負けないくらい明るい笑顔をこちらに向けている。

 

 正直ヤトは外に出ると良いことがない、できることなら早く帰りたいと思っていたのだが、少女のそんな笑顔を見せられれば、たまには悪くないかなと思えた。

 そんなことを考えていると、いつの間にか足が止まってしまっていたらしく、つられて立ち止まった少女が心配そうに顔を覗き込んできた。


「どうしたの、やっぱり帰る?」

 彼女は微笑みながらも少し残念そうな顔をしている。


「いいや、なんでもない行こう」

 そんな少女の顔を見て、慌てて愛想のない声で言う。

 しかしそんな愛想のなさもいつものことなのか、少女は少年の言葉にまた嬉しそうに笑う。

 その笑顔は、浴衣姿と相まってより一層、輝いて見えた。


 少し歩くとすぐに屋台が見えてきた、彼女は屋台に手当たりしだい飛びつき

「ヤト、はやくはやく、向こうにりんご飴があるよ、あっ金魚すくいも」

でもまずお腹もすいたかも、などと言いめまぐるしく表情を変えている。


 そうして彼女に手を引かれ、いくつか店をまわった頃だった……。

 どこからともなく地響きと悲鳴が聞こえてくる。

 悲鳴のする方向を見ると、祭りに来ていた人達が雪崩のように自分の方に迫ってくる、よく見るとその中には少し怪我をしている人もいるようだ。

 どうやら何かが起きたらしい、人々は自分の横を我先にと駆け抜けていく。

 ドカーンとものすごい爆発音まで聞こえてきた。


「ばくはつ!?」

 驚くヤトを横目にさらに人が逃げてゆく。

 ヤトは突然のことで動けなくなっていた、何しろほとんど外に出たことはないのである。

 ましてや祭りなど生まれて初めてで、こんな人ごみを見るのも初めてなのだ。

 辺りの「誰か、戦えるやつはいないのか!?」「魔法警察を呼べ!!」などと怒鳴り散らす声も勿論耳には入っていない。

 そして、その場で呆然と立ち尽くす。


「坊主何してる逃げろ!!」

 突然はっぴを着てはちまきを巻いた厳つい男に声をかけられ、ふと我に返った。


 慌てて逃げ出そうと少女の姿を探すが、あの笑顔がこちらを見返すことはなかった。

 この混乱で人ごみに紛れて、はぐれてしまったのである。

 

「そういえば、さっきから声がしなかった……」

 少女が隣にいたのなら、立ち尽くす彼に声をかけたのは、厳ついお祭り男ではなく少女であるはずだ。そのことに今更ながら気付いたヤトは、必要以上に取り乱してしまっていた。


「探さないと」


 しかしこの時、人の流れに流されたと考えるのが普通だろう、わざわざ進みにくい人の流れの逆に流されるわけはないのだ。

 だが混乱したヤトは流れに逆らって少女を探しに行ってしまった。

 当然みな逃げるのに必死だ、道中何度もぶつかられては転ぶ。その度に痛みに顔を歪めたが、それでも止まろうとはしなかった。

 頭にあるのは少女のことだけ、まるでそれが世界の全てと言わんばかりに。

 

 そうしてようやく人の波から、抜けることができたその時だった。

 これでもかというくらい輝いていた月の明りが、嘘の様に消えてしまいあたりは薄暗くなった。

 雨でも降りだしたら探すのが困難だと思いながら空を見上げてみると、そこにはヤトの視界を覆い尽くすほどの巨大な物体があった。


「……木?」

 

 一見それは木のように見えた、しかしそれは木のようであって木ではなかった。

 その物体には目と口があり、明らかに自分の意志を持って動いているのである。


「アンクル!?」


 ヤトは、その物体に心当たりがあった。

 彼が知る限り、眼前を覆い尽くすほどのその物体は闇界(あんかい)と呼ばれる世界から、からこの世界に穴を開けて人間を襲いに来る”アンクル”と呼ばれている化物だ。


 その化物は木なのだが本来葉が生い茂っている部分に蛇のような顔があり、さらに五本指の腕が体から二本伸びている。

 そして体のいたるとことから針のように枝が生えている。


 あたりに人はもういなかった、少し開けたこの場所にいるのは自分と訳のわからない怪物だけだ、ヤトの目的はただ一つ少女無事見つけ出すこと。


 人ごみにあれだけ狼狽していた彼はしかし、そのアンクルと呼ばれる怪物を見てもとても冷静であった。

 むしろ無関心と言っていいほどに冷たい声音でこう言った。


「悪いけど、お前の相手をしている暇はないんだ」


 言うが早いかヤトは踵を返し、もと来た道を帰ろうとした、しかしヒュンという音が後ろから聞こえたかと思うと


「がはっっ!!」


 突如背中に強烈な衝撃を受けた。

 突然のことに受身が取れず地面に叩きつけられたが、すぐさま体勢を立て直すと目の前に再度何かが飛んでくる。

 咄嗟に横に飛び退り自分の元いた場所を見ると、綺麗に並べられた石畳の道は見事に陥没していた。

 それが攻撃だと気づいたヤトは、すかさず来るであろう3擊目、4擊目に備え視線を攻撃の主だと思われる怪物へと合わせた。


 彼を襲ったその衝撃の正体とはアンクルから無数に生えている枝によるものだった。

 どうやら枝は伸縮可能かつ自由自在に動かせるようだ。

 ここに来たときには気づかなかったが、周囲を見渡すと同じような穴がいくつもあった。

 

「爆発音の正体はこれか」

 こんな物を人間がくらえば、ひとたまりもないだろう。


 こんなところで時間を使っている場合ではない、一刻も早く少女を見つけなければ。

 だがそんな少年の思いなどいざ知らず、敵の目は完全に自分を捉えていた。


「……チッ」


 標的にされてしまったと悟った彼はた戦うことを決意した。

 自分がここで倒せば、少女に危害も加わることはなくなるだろう、倒して落ち着いてから探せばいい。

 そうとなれば月を覆い隠したのが雨雲でなく化物でよかった、雨が降るより幾分かましだ。

 ふーっと息を吐き、体に力を込めたかと思うとヤトの体は黒い炎のようなものに包まれた。

 魔力を発動させたのだ。

 そう、彼には力があった、化物くらい倒せてしまうほどの。故に、目の前に化物が現れようが怯えはしない。

 敵は再び攻撃を繰り出してきた、太い枝を何度も叩きつけてくる、それでも枝の一本や二本どうってことはない。

 魔力により今の自分は、すべてのステータスにおいて常人のそれとはまったく違うものとなっている。だから楽勝だと考えていた。

 しかし魔力に反応するように、アンクルの攻撃は一層激しくなった。

 繰り出される枝は増え一撃の威力も増してゆく、上下左右から無数に襲いかかる枝にヤトは防御するので精一杯で一向にその場から動けないでいる。


「クソッ!!」


 少年の叫びと同時に、魔力の出力が上がり体を包む魔力の炎も大きくなる。

 アンクルを倒すためには、なんとか本体に近づき心臓部となる”核”を破壊しなければならない。

 そう分かってはいるのだが、敵の攻撃は激しさを増すばかりで、ついには捌ききれなくなり、体は枝による傷が増えていく。

 徐々に体力が奪われていくばかりで攻撃に転じる足がかりさえ掴めない。

 どうやらこのアンクルは相当強いらしい、力はあるもののまだ幼く、完全に力を制御しきれてはいないヤトには少し荷が重すぎた。

 敵にダメージを与えられないまま刻一刻と時間が過ぎていく中で、一瞬視界に人影が映りこんだ。

 まさかと思い、そちらの方向を一瞥するとなんとそこにいたのは探していた少女だった。

 少年は、またしても馬鹿な選択をしていたのだ。

 戦うのはいいが、少女だって自分がいなくなれば、探すに決まっている。

 その中で、この場所に行き着いてしまったとしても不思議なことではない。


「何してんだ! こっちに来るな!」

 ヤトは少女を見つけるや否や、必死に叫んだ。

 しかしその叫びも虚しく、少女が何かを伝えようと口を開きかけた瞬間少年の視界から少女が消えた――

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