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日本神話シリーズ

布刀玉の視た絶望

作者: 八島えく

 前日譚



 陽は沈み、夜空に星が散らばる頃。

 その日のその時間、布刀玉命(ふとだまのみこと)は、珍しく真剣な表情をしていた。


 先日、同僚の建御雷(たけみかづち)に相談を受け、ここ数日、高頻度で占いに没頭していた。

 相談というのは、建御雷が懇意にしている国つ神・建御名方(たけみなかた)の夢見が悪いというものである。


 建御名方本人は、悪夢だと自覚しているが、目が覚めたら内容は忘れている。わずかの欠片でも、夢を覚えていてくれれば、それを元に吉凶を占うことはたやすい。


 夢と言うのは、現実に戻れば必要がなくなり、消えてしまうもの。ゆえに、起きたら見た夢を忘れているというのは、ある意味では道理にかなっているといえよう。


 星空を眺めて、今後の中つ国が、高天原がどうなるかを軽く見当してみた。

 最悪、というにはまだ軽く、吉というには不穏な空気が漂う。そんな未来を、星空が教えてくれる。

 

 ここ最近の占いは、ずっとこんな調子だった。よくもなく悪くもなく、ただ確実に言えるのは、不穏と危険が密かに近づいているということだけだ。


「よ、フト」


 布刀玉は、背後を振り返る。

 自分に相談を持ち掛けてきた雷神、建御雷――布刀玉が鹿島と呼ぶその男が、立っていた。


「ああ、鹿島。一緒に星でも眺めるか?」

「遠慮しとく。それで、何か視えたか?」

「いろいろ。何か、楽観してる場合じゃないかもしれ、ない」


 布刀玉は建御雷の顔を見た。

 すると、何かが、『視えた』。


 布刀玉は、息をのむ。建御雷が、何かに重なって見えた。

 

 そこで視たのは、布刀玉の脳裏に焼き付く。

 楽観的で、占った内容も記録として残したらきれいさっぱり忘れる主義の布刀玉が、これは記録してもきっと忘れられないというほどに。


「……フト?」

「あ、あ。……な、鹿島。ちょっと座ってくれ」

「? ん」

 建御雷は、大人しく布刀玉の隣に腰を下ろした。


「あのな、おれ、視えたんだ」

「視えたっていうのは、何を視たんだ?」

 布刀玉は真剣な表情を保つ。ふっと息を吐いて、答えた。


「絶望。鹿島、あんたが、遠くない先に、絶望してる」


 残酷な事実をつきつけるのは、布刀玉としてもとても心苦しかった。

 だけれど、伝えておかなければならない。

 なぜなら、情報を伝えておくことで、建御雷に有利になるからだ。

 

 建御雷は、『最悪の道』を回避するためならば、手段を選ばない。それがたとえ、神の道を外れることだとしても、誹りをうけることだとしても。


 未来がこうなる、と伝えれば、それをなんとしても回避するために、建御雷は動く。

 ならば、予言や占いの結果は教えておいたほうがいいのだ。


「どうして、俺が絶望すんの?」


「何となく予想はつくよ。きっと、鹿島にとっての弱みを握られたんだ。そして、その弱みにすら鹿島は拒絶される。

 それから、絶望して、後悔する。もっと善い方法を取れたんじゃないかって、


 その絶望と後悔の先には、中つ国や高天原を覆い尽くす困難が、穢れがあった。

 きっと、鹿島の絶望は、おれたちにとっての絶望でもある。


 つまりね、鹿島が絶望しちゃったら、おれたち神々も、絶望に困らされることになっちゃう」


 楽観的で無防備で、笑顔が特徴てきな布刀玉は、占いの時は虚ろな表情になる。

 その静かな瞳は、建御雷をまっすぐ射抜く。


「だからさ、絶望、しないでね」


「……しねえよ。しても、最悪の道くらい回避してやる。

 そのための『建御雷』なのだから」

「……うん」


 布刀玉は頷き、いつもの無邪気な笑顔に戻った。


「笑う門には福来る。ってね。どんな絶望だって困難だって、笑ってるのを忘れなければ、いつかは越えられる。ね」

「知ってる。だから俺は、戦場ではいつも笑ってんのさ」

「そっか。いらねえ心配だったな。んじゃな、建御雷」


 布刀玉はすっと立ちあがり、帰路につく。


 建御雷も、くるりと踵を返して、カグツチの待つボロ屋敷へと帰っていった。

現在、絶賛連載中の「やさしさの境界線」の前日譚的なものです。布刀玉さん出せて満足さんです。

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