手には鎖を、首には華を
「束縛はキライ」
そう友達に告げた私は、
誰よりも大人で、
でも誰よりも子供だった。
[コドモの私には、愛なんて理解出来なかった]
「街中で手繋ぐのとか、恥ずかしくなーい?」
「恥ずかしー!」
「公衆の面前でキスとか意味分からんし!」
「ねーっ」
ありがちな女子高生の会話。それに私は相槌を打ちながら聞いていた。
「私、重いのとかちょっとやだな」
誰かが言った。私もそれに賛同する。
「私も。内でも外でもあっさりしていたい」
「たまーにいちゃいちゃするのが良いんだよね!」
皆口々に同意する。
束縛なんて面倒なだけ。きっと面倒くさがりで飽き性な私は、そんな彼に嫌気がさすんだろう。私もイマドキの女子らしく、甘えたり媚びたりが苦手だし。
……甘やかすのは、好きだけど。
「今日カラオケ行く?」
「試験終わりだし暇だしー」
「行こ行こ」
恋バナも短い女子校生たちには、きっと恋だの愛だのに縁がなくて疎いのだ。
だから私も分からなかった。恋の寂しさも、苦しさも、愛しさも。
あれから数ヶ月。
大学生になった私は、友達とよく連んでいた。
コミュ障、と呼ばれる類の鱗片を持ち合わせてはいるものの、何故か昔から人が寄ってきて。幸せなことに黙っていても芋づる式に友達は増えていくのだった。
そんな中に、彼が居た。友達の女子の間でも噂の彼。
『あんな切り取ったようなイケメンだけどさ、重いし面倒らしいよ』
そう友達が言っていたのは、彼狙いの小さくて可愛い女の子にだったか。
浮いた話は殆どない、俗に云うプレイボーイではないらしい。噂は全て、その見た目の爽やかさや男らしさからかけ離れた、いっそうざったい程の女々しさ。一途なのは良いことだと思うが、流石にナイ。
捨てられるのを極端に嫌う、重度の彼女依存症。ヤンデレではないみたいだけど。
でもそれのせいで、逆に怖がられて捨てられるっていうオチ。
正直見た目はタイプだけど、最悪友達まで、殆ど関わらないだろうなと思っていた。そんな考え、甘かったのだけど。
ある日突然、友達の一人がカラオケに彼を連れてきた。
噂を知ってる女子はほんの少し顔をひきつらせて、知らない女子はイケメンに顔を輝かせて。
知らない女子はこぞって彼の隣を狙った。他の男子の満更でもない顔と比べて、彼の本当に困った表情が目に焼き付いた。
私はただ周りの盛り上がりを見て楽しんでいた。たまに茶々をいれたり、歌ったり。
彼が歌うと、女子は更に獲物を狙う目になった。歌も上手いなんて、なんて卑怯な。性格に難ありだとしても、だ。
だけど私は彼に構うつもりもなかったし、ただ他の男子に対するようにへらりと対応した。
「ちょっとトイレ行ってくる」
隣の女子に告げて、鞄を持って立ち上がる。盛り上がる集団を尻目に、私は部屋を出た。
トイレに入って、携帯を取り出す。
『@115108:狙いの女子たち、カワイソー。』
Twitterを開いてツイート。
『@8284:@115108 合コン?』
『@115108:@8284 や、ふつーにカラオケだけど。引いてるのにめっちゃがっついててw』
『@8284:@115108 それ気まずいわ!w』
とりあえず携帯をしまって、化粧を軽く直す。ちょっと戻る気しないな、と思いながらドアを開けた。
瞬間、後悔。そっと閉めたくなる姿を見つけた。
「な、なにしてるの?」
トイレの入り口付近で、憎たらしい程にかっこよく壁にもたれて。
びっくりして上擦った声に、くすりと笑みを零す。
「待ってたの、キミを」
「はい?」
「男子の交わしかたがかっこいいなーって見てて」
彼は私の行く手を阻むように立った。
私は眉を寄せて、ただ顔を見つめた。
「俺、ああいうがっつく女子にどう対応していいか分からなくてさ。無碍に出来ねえなーって思っちゃう」
「のらりくらりでいいんじゃない?」
そりゃモテ方も性別を違うし、詳しいやり方なんて伝授のしようがないけど。
「それが難しいんじゃんか」
「で、逃げてきたんだ?」
「キミもそうだろうと思ってね」
読めない優しい笑みが見ていられなくて、私は顔を背けた。
「でも長くは出れないじゃない」
「帰っちゃおうよ。それか別の部屋借りよう」
無邪気さを滲ませた声で言う。自然と彼の細長い指が私の手首に絡まった。
背中に何かが這う感覚。でもふりほどけなかった。
「荷物は全部持ってきてるだろ?」
なんでそんな、縋るような目をしてるんだ。
よしよし、って抱き寄せたくなるような、捨て犬みたいな目。
小さく頷けば、嬉しそうに笑った。
『ごめん、ちょっと用事で帰らなきゃ。お金は明日渡すから』
『残念。りょーかーい!』
簡単にメールを打って、返事を確認する。彼は先に受付してきたらしく、伝票をちらりと見せながらまた私の手首を握った。
食えない男。飲み込まれてるんじゃないよ、私。
そう思っても、胸が淡く疼いて仕方なかった。
「無理矢理連れてきてごめん」
しょぼん、とあからさまに沈む。
私は少し笑って、「で?」と聞いた。
「ホントは何か聞いて欲しかったんじゃないの?」
「分かる、んだ」
悲しそうに、目を少し見開きながら私に言った。
「分かってるんだよね。俺うざいっしょ?重いって友達にも言われる。だから彼女出来ても長続きしない」
「うん」
大学生になったばっかりだし、まだそれでいいだろなんて言えない。
「ああやってしつこくくる女子は沢山居るけどさ、付き合うと皆離れてく」
「うん」
嫌味か、と心の中で毒づく。
「だから最近分かんなくなってさ」
「なにが?」
「好きなのか、好きじゃないのか。付き合ってもいいのか、とか」
「そんなの、付き合う前になんとなく分かるだろうし、でも付き合わなきゃ細かいとこまでは分からないよ。合わなきゃ合わない、ってまででしょ」
まず私に恋愛相談っていう時点で、見る目ないよ、アンタ。
「キミは?」
「私?」
「重いのは、嫌?」
そりゃあ、と言おうとして止まる。真剣な目、何か訴えるような目に、心がかき乱された。
本当は頼られる、依存されることで愛されてるって感じるんじゃないの?頭のどこかでそんな声が聞こえた。
「私は……」
口を開くと、いきなりがしっと肩を掴まれる。
びっくりしすぎて先の言葉が出ない。
「やっぱ言わなくていい。やだ」
「私は、嫌いじゃないよ」
「……え?」
「重すぎるのは嫌だけど、それだけ愛されてるってことでしょ?」
そうゆっくり告げると、ほっとしたような表情を見せた。
肩を掴む手の力が徐々に抜けていく。
「ごめんいきなり」
肩を見ながら彼は謝った。私は首を横に振る。
好きなんだ、きっと。私はこの人の弱さを守りたくなる。
私が笑顔を向けると、ぎこちなく笑ってくれた。
「笑ってる方がいいよ」
性別間違えてないか、と思いもするが、私は彼に言った。
彼の笑顔は、こっちまで笑顔にするものだったから。
「ありがとな」
その後時間まで歌って、帰った。
『@115108:やばい、好きな人出来た』
その好きな人は、コドモだった私の恋愛観を見事にひっくり返す人だった。
『@115108:でも直ぐに落ちる』
遅かれ早かれ、きっと彼は私の所に来るだろう。
そのときは、少しの束縛も悪くないと思った。
彼が首に痕を残すのなら、私は彼の手首に爪痕を残そう。
完全なる束縛はひらりと交わす猫だけど、首輪くらいしてやっても良いかもしれない。
これが少しオトナになった私の考え方。