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変化1

 翌月曜日の朝。


 榎田が会社の駐車場に車を駐め、社員通用口に向かっていると、「よっ!」と、いきなり頭をどつかれた。


「痛っ! あ、新田さん! おはようございます。朝から何ですか?」


 どついてきたのは、先輩の新田だった。


「よう、あれから千暎ちゃんとどこ行ったんだよ!」


「……。どこにも行きませんよ」


「隠すんじゃねーよ。俺は無理やり誘った責任で、聞く権利がある。おまえは答える義務があるんだ!」


「なんですか! 義務って!」


「いいから答えろ」


「強制的ってわけですか。……新田さんが、今後一切、合コンに誘わないって約束するなら、言いますよ」


「約束は出来ねーけど、当分は誘うつもりはないから安心しろ。俺さ、みっちゃんと付き合う事にしたんだ」


「みっちゃん? って、千暎ちゃんの先輩の梅田さん?」


「そ! だから、俺の合コンは一旦終了ってわけ。千暎ちゃんも暫くは誘われなくて済むはずだよ?」


「なんだ、そうだったんですか。良かったじゃないですか~」


「俺も報告したんだから、おまえも言えよ」


「わ、わかりましたよ……。あれから、千暎ちゃんちの近くの駅まで送って行って、連絡先を交換しました」


「ほう、ほう。それで?」


「それでって……、それだけですよ」


「はぁ~? それだけのはずねーだろ?」


「それだけですよ! なんか文句ありますか? 新田さんにウソは言いません!」


「ふん! どうだかな~。ま、一応信じてやるよ。でもよ、連絡先教えてくれたって事は、脈ありだよな? 行って良かったじゃないか~。なんとかものにしろよ! 進展あったら、ちゃんと報告するんだぞー。じゃあな」


 新田は榎田の肩をポン! と叩くと、先を歩いて行った。


 ――ものにするって、イヤな言い方だよな。進展か……。千暎ちゃんて、ほんとに彼氏いないのかな……?


 などと考えながら歩いていた榎田は、大事な事に気付いた。千暎に連絡をしておかねば、と。もし、千暎が梅田美智に本当の事を話したらまずいと思ったのだ。慌ててメールを打って送った。





 一方千暎は――――。



 千暎が更衣室で着替えていると、強引に腕を引っ張る女がひとり。もちろん、美智である。


「ちょっと、梅先輩! あたし、まだ着替え途中ですよ~」と言ったが、美智は千暎の腕を掴んだまま、トイレの前の狭い踊り場に連れ込む。千暎は、梅田美智の事を≪梅先輩≫と呼んでいた。


「おはよう、千暎ちゃん」


「お、おはようございます……」


「千暎ちゃん? 私に報告する事があるわよね?」


「あ! 土曜日はすみませんでした! お先に失礼してしまって」


「そんな事じゃなくて、あの後、榎田くんとどうなったか言いなさいよ!」


「えっ! どうって、特にどうにも……」


「隠しちゃだめよ。私はあなたを合コンに誘った仲間として、聞いておく権利があるんだから」


「け、権利だなんて、何言ってんですか! 勝手に合コン仲間にしないでくださいよ! あ、なら、今後絶対誘わないって、約束してください! そしたら、言いますから」


「絶対って、言われちゃうとあやしいもんだけど、実は私ね、新田さんと付き合うことにしたのよ」


「新田さん? えっ! もしかして、航さんの先輩の人?」


「そう。だから、私は暫く合コンはパスするし。榎田くんも新田さんが誘う事はないはずよ」


「そ~なんですか。良かったじゃないですかー。素敵な人が見つかって~」


「ま、まあね……。素敵かどうかはまだわかんないけど」と笑った。


「私の事より、千暎ちゃんよ。私はちゃんと報告したんだから、千暎ちゃんも言いなよ」


「わかりましたよー。……あれから、歩きながら話をして、あたしの顔の火照りがなかなか引けなかったから、うちの最寄り駅まで送ってもらったんです」


「うん、うん、それで?」


「……、一応……、連絡先を交換しました」


「お、おー。それで?」


「そ、それだけですけど……」


「は? それだけ? ホントに?」


「ホントですよ! 梅先輩にウソついたら、後が怖いんで!」


「ん~、なんかあやしいなあー。まあ、いいわ。でもさ~、連絡先交換したって事は、お互い好印象だったってわけよね?」


「え……えぇ……まあ、性格は良さそうな人でしたし……」


「ふふっ。千暎ちゃん誘って正解だったかも~。進展するといいね。そうなったら、ちゃんと報告してよ! 私も頑張るからさ! じゃ、またね!」美智は総務課へ走って行った。


 ――進展か~。どうなんかなあー。


 千暎もベストのボタンを掛けながら歩き始めると、大事な事に気付く。航に連絡しておかないとヤバい。ポケットから携帯を取ろうとしたが無い。そうだ。梅先輩に途中で引っ張り出されたから、バッグの中だ。慌てて更衣室に戻り、携帯を出す。


 あれ? メールが来てる……。え? 航さん?


『おはよう。取り急ぎ用件だけ伝えるね。もし、梅田さんに、土曜日の事聞かれたら、駅まで送って、連絡先交換して帰ったって事にしておいてくれないかな? 事情は後で話すからよろしく頼みます。じゃ、仕事頑張ってね。航』



 やだ、航さんも同じ目に合ってんじゃん! しかも同じ報告してるなんて……。ちょっとびっくり。



『おはよう。了解しました!! 連絡待ってるね。お仕事いってらっしゃい!』


 千暎も事情は後で話せばいいと思って、美智に聞かれた事は伝えなかった。

 仕事をしながら、もうひとつ気になる事を思い出した。あさみに聞いておくべき事があったのだ。千暎は、昼休みにあさみと話す事にした。



「この間はびっくりしたよ。史人が部屋の前にいてさ」


「ごめんね。あの時史人くん、結構パニクってたから。私は車持ってないから迎えには行けないし、何処にいるか聞いたら、千暎ちゃんとこのひとつ前の駅だったから、何の躊躇いもなく千暎ちゃんちに行けばいいよって、勝手に言っちゃったんだ……」


「ぜんぜんいいよ。でも、電話気づかなくて、待たせちゃったみたいでさ」


「聞いたよ~、梅田さんに強引に合コンに付き合わされたんだってね」


「やだ……。聞いたの?」


「うん、でも、気の合いそうな人もいなかったし、途中で帰って来たんでしょ?」


「う、うん、そーなのよ」


「でも、千暎ちゃんちに泊めてもらえばって、言ったものの、夜中に急に変な事に気づいちゃって……」


「変な事?」


「だって、ふたりだけになるって事は、この間みたいになりかねないっていうか……」


「えっ…………」


「でも、史人くんは、思いとどまったって言ってくれた。私、史人くんを信じていいんだよね?」


 千暎は胸が痛かった。自分はなんて浅はかなんだ。親友の彼氏を寝取っておきながら、平気な顔してる。しかも、史人が何処まであさみに話したのか確認しようとしているのだ。千暎は自分を悪者にした。


「あさみ……、ごめん、実はね、あたしの方から史人に迫ったの……。あたしってさ~、お酒飲み過ぎるとやばくなるじゃん? あの日もちょっとそういう気分になっちゃって……。でも、史人はあさみがいない時はダメだって言って、いっそ、眠くなるまで飲めって……、気がついたら朝になってたんだ……」


 千暎は自分で話しながら吐きそうだった。スラスラと出てくる自分の言葉の嘘に寒気さえ覚えた。


「そうだったんだ……。だから史人くん、千暎ちゃんの事をかばって何も言わなかったんだね……。でもね、もし、ふたりが我慢出来なかったとしても、相手が千暎ちゃんなら、私は許せるよ。私、千暎ちゃんの事大好きだし、男の史人くんが抱きたいと思うのは仕方ない欲情だと思うんだよね……」


「あさみ…………」


 だからと言って、ほんとの事が言えるわけがない。史人を許そうとしているあさみが愛しかった。


「史人はあさみみたいな健気な彼女を持って、幸せ者だわね……」


 史人は、あさみにも事実を伝えてなかったのだ。千暎は安堵する気持ちと背徳行為に、心が濁っているのを感じた。




 その日の夜。

 航からメールが来たのは、22時近くだった。


『今、帰宅途中なんだけど、後15分くらいで家に着くから、その頃電話してもいいかな?』


 千暎は、いきなり電話をして来ない航に対して誠実さを感じた。もちろん、いいよ、と返す。



 ふたりは今朝の出来事を報告し合うと、同じ考えだった事に驚き、何か惹かれるものを感じていた。

 航は千暎を初めて見た時から、何故か千暎ばかりが気になっていた。千暎の様子をずっと見ていたし、店を出て行った時も、つい後を追ってしまっていたのだ。


 もしかしたら、自分たちは必然的に出会ったのではないか? 航は、今までに感じた事のない感情が沸き上がっていた。


『あのさ……。今度の土曜日は空いてるかな?』


『あ~、うん、多分大丈夫だよ』 


『良かったー。多分の意味が気になるけど……。じゃあ、デートしてもらっていい?』


『してもらうって! わかった! してあげます!』


 ふたりは土曜日に会う約束をして電話を切った。



 金曜日の業務が終了し、千暎は直ぐに帰宅した。

 コーポの前に、見覚えのあるバイクが止まっている。ヘルメットを見ると大きなスカルのシールが貼られている。間違いない。脩平のバイクだ。階段を昇ると、予想通り脩平がドアの前に座り込んでいた。


「どうしたの? シュウ」


「おう、やっと帰って来たか。今日は珍しく仕事が早く終わったから、千暎に会いに来た。ほい! これ! 千暎の好物のカスタードのたい焼き」


「わ! あの店のたい焼きじゃん! シュウ、覚えてくれたんだ」と、たい焼きに釣られそうになると、


「ちょ、ちょっと! 物で釣るのはやめてよね!」 千暎はドアの前で少し大きな声を出してしまった。


「おい、大きな声出すなよ。ただ千暎の喜ぶ顔が見たかっただけだよ。なんもしねーから、一緒に食おうぜ。な?」


 千暎は結局大好物のたい焼きにつられ、シュウを部屋に招き入れた。


 千暎は、いつもなら部屋に入ると下着も脱いでしまうのだが、今日は着けたまま、部屋着に着替えた。


「ちょっと冷めちまったな~」


「大丈夫。ちょっとだけオーブントースターで焼くと、カリッとするよ」


 千暎は、たい焼きを焼いてる間に、自分もおなかすいていたから、冷凍庫からおにぎりを出すと、それを解凍し温め、明太子を詰め、海苔を巻く。仕方なく脩平の分も作った。冷蔵庫から、昨日作ったポテトサラダとお新香もテーブルに並べた。


「今日はこれが夕飯。足りなくても、後はお菓子しかないから」


「俺も食べていいのか?」


「こんな時間に来といて、たい焼きだけじゃ足りないでしょうが!」


「悪いな。一応メールしたんだけどさ、エラーで戻ってきちゃったんだよ。アドレス変えたのか?」


「別に、シュウ教えるつもりはないわよ……」


「ふっ、冷てーな」


 千暎は黙ったまま、たい焼きを口にした。


「美味い! あのオヤジさんの味だ~。懐かしいな~」千暎が誤魔化す。


 シュウも、おとなしく出された食事に手をつける。


「くうー、やっぱ千暎が作るもんは何でも旨いな!」


「何でもとは余計だよ。でも……、シュウは何を作っても旨いって言ってくれたよね? それだけは今でも感謝してるんだ」


「それだけかよー。……なあ、千暎。俺はどんな男になれば、おまえに認めて貰えるんだ?」


「どんな? 今のままでいいんじゃない? 今のシュウを受け入れてくれる子を探せばいいんじゃないの?」


「俺は千暎に認めて欲しいんだよ!」


「認めるって、どういう事? あたしは今のシュウでも随分変わったと思うし、これからだって、どんどん男らしく変わると思うよ? 認めるとかの問題じゃなくて、気持ちがあるかどうかでしょう?」


「千暎は俺に気持ちはないのか?」


「シュウが引きずるといけないから、ハッキリ言うけど、今のあたしの心の中に、シュウはいないの。あの時に終わったのよ。だから、もう、あたしを追うのはやめて。きっとシュウの事、好きになってくれる人が現れるって。だから…………」


「何でだよ! 何で俺じゃダメなんだよ! 俺の身体は好きなんだろ? だったらもっと好きにさせてやる!」


「――――――!」


 脩平は千暎の言葉を遮ったかと思うと、千暎を押し倒した。千暎は素面で冷静なはずだったが、脩平の強引さには叶うはずもない…………。


「千暎が俺を忘れるわけないよな?」


「…………。あたしがシュウの事忘れられるわけない…………。でもそれは愛情じゃないよ? シュウは、それでもいいと思ってるの?」


「俺は千暎が好きだから……、誰にも渡したくないだけなんだ……」


「それじゃ何も変わってないじゃん!! シュウに会った時、逞しくなって、少しは大人になったと思って安心してたのに……。シュウはあたしに会って、また逆戻りしちゃってるじゃない! あたしはシュウのものにはならないよ? あの時の千暎はもういないんだよ!」


 脩平は暫く黙っていたが、ぼそりと呟いた。 


「だったら、俺は、千暎と身体だけの関係でいいぜ……」


 脩平は再び千暎の上に覆い被さり、抵抗する千暎を完全に無視し、自分の欲望をむき出しにした。

 千暎と再会した事によって、すっかり雄犬に戻ってしまった脩平であった。






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