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代理

 ○月△日(土)



「千暎ちゃん、今回だけだから! お願い!」 


「あたし……、その日は用事が――――」


「ないわよね!!」



 総務課の梅田美智が合コンの人数が足りないからと、千暎に頼み込んで来たのは昨日の事。

 美智は、千暎が合コン嫌いなのを知っていたが、都合つく人間がギリギリまで見つからず、途中で帰ってもいいから、と無理やり参加させられていた。


 お店には男女7人づつが顔を並べ、ホントかウソかわからない自己紹介を済ますと、割とゆったりとした時間が流れる。

 千暎的には地味目にして来たつもりだったが、何故か質問が千暎に集中して来てしまった。


 千暎は美智先輩の良いところをアピールし、自分は器量のなさを全面に押し出し、他の女性に気が向くように仕向けると、わざとお酒をハイペースで飲んで、気分が悪いと言って、店の外に出た。



 ――あ~、息苦しい。合コンの何が楽しいんだよ。先輩にメールしてこのまま帰っちゃお~。



 すると、ひとりの男性が千暎に近づいて来た。


「ちあきちゃん? だったよね? 大丈夫かい? もしかして、君も代理?」


「へっ?」


「なんとなく、乗り気じゃなさそうだったし、自己アピールゼロだったから、そうなのかなって思っただけなんだけど、違ったらごめん……」


「いえ……。ズバリですよ……。ん? 今、君も、って言ったよね?」


「あ、僕もそうだから」


「えっ! そうなの? お気の毒」


「ハハハ、お気の毒か。まさに。まあ、今回だけって、先輩に言われてしまって。いつも迷惑かけてる身としては断りづらくてね」


「あら、あなたもなの? おもしろーい! あたしも先輩に頼み込まれちゃって、ほぼ無理やり」と言って笑った。


「そうだったの? それはまた奇遇なことだね〜」


「それってネタじゃないよね?」


「ネタ? まさかー。そんなめんどくさい事しないよ」


「めんどくさいって……。やる気の無さはあたしと一緒だわ」千暎はクスクス笑った。


「ねえ、僕の名前、覚えてる?」


「あっ、そうだよね。……、えっと……。榎田……榎田なにさんだっけ?」


「お、良く覚えてたね? 榎田航。君はたけもとちあきちゃんで良かったんだよね?」


「良く覚えてたね」千暎が復唱する。


「あの……、榎田さん、戻らなくていいの? あたしはもう帰ろうかと思ってるから」


「そうなの? でも、結構顔赤いけど、大丈夫?」


「――――! そうだった……。あたし、早く抜け出したくて、ハイペースで飲んじゃったんだ。バカだ〜。はぁ〜あ……」


「ねぇ、迷惑じゃなかったら、顔の赤みが引けるまで、少し歩かない?」


「えっ! あ……、う、うん……。でも先輩さんには言わなくて平気?」


「一応メールしておくよ。ま、合コンなんだし、二人で消えたら、察しがつくんじゃない? 後で問いただされるだろうけど」と、ため息混じりに笑った。


 千暎と榎田は、遠回りして駅まで歩く事にした。



「ちあきちゃんって、どんな字書くの?」


「どんなって……。割と上手だねって言われるから、上手いみたいよ」


「――――。ぷっ。……、そ、そうじゃなくて、名前の漢字の事を聞いたんだけど」


「はい。わかってます〜」千暎は笑いながら名前を説明すると、いつもながら珍しがられた。


「今日は無理やり連れて来られたって言ってたけど、彼氏とかいたりするの?」


「彼氏がいて合コンに参加する女なんて、最低だと思わない?」


「いるんだ?」


「あたしが彼氏と思ってる人はいない、かな? だから、参加してるんじゃん?」


「え……、彼氏認定の人はいないって事?」


「認定――――。上手い事言いますね~。でも、単にあたしが彼氏と言う特定人を作りたくないだけなんだけどね」


「あ~、束縛嫌いってやつ?」


「わかる?」


「なんとなくね。僕もまだ愛しいと思える女性に出会えてないせいか、ちょっとめんどくさいなって思ってしまう時があるんだよ」


「出ました! めんどくさい!」


「あ、いや、きっとそれだけのめり込める女性に巡り会えていないだけなんだと思う。無理に探そうとも思ってないしね。結婚とか出来ないタイプかも知れない」


「結婚……したい?」


「まぁ、したくないわけではないってとこかな」


「結婚って何だろうね? あたしは結婚に憧れてないから、あんましたいとは思わないけど、縁ってもんは信じてるよ」


「結婚に憧れてない? 女の子なのに変わってるね〜。まぁ、結婚も縁だし。日本人は縁を大切にするからね。だとすると、僕達の偶発的な出会いは、もしかしたら縁って事なんじゃない?」


「ふふ、そうね、考えられなくもないわよね」


 榎田は、千暎に不思議な感情を抱いていた。今までも女性に興味がなかったわけではないが、自分から進んでアピールするタイプではなかったし、追いかけられるのも苦手だった。だが、千暎は、何故か気取らずに会話出来るし、なんだか楽しい気分になっていた。


「ねぇ、あたしの顔、まだ赤い?」


「う~ん、完全には引けてない感じかな?」



 ――ウソだ。もうすっかり引けてるではないか。



「そっか、まだダメか……。もうすぐ駅着いちゃうよ……」


「なら、僕が一緒に電車乗ってあげようか? 二人なら人目も気にしなくて済むし、恥ずかしくないんじゃない?」


「えっ! でも、あたしがどこの駅で降りるか知らないでしょ?」


「知らないけど、そんな遠くから来てないでしょ? 僕は終電に間に合えばいいんだし」


 榎田はもう少し千暎と話をしてみたかった。


「間に合わなかったら?」


「間に合わせる!」


「じゃあ、間に合うかどうか試してみようか?」


 榎田は、千暎の意外な言葉に好奇心をくすぐられた。


 千暎が下車する駅までは30分。榎田は逆方向だったらしく、そこから登り電車で45分。つまり、合コンした店の最寄り駅からは、15分足らずだったわけだ。


 あっという間に駅に着いてしまった。


「なんかすごく早く感じたなー。ありがとう〜。この時間なら余裕だね」


「千暎ちゃんちは、ここからどれくらい? ひとりで大丈夫?」


「大丈夫じゃないって言ったら、送るつもり?」


「もちろん!」


「終電乗り遅れちゃうよ」


「そんなに遠いの!?」


「だって、ここからバスで40分だよ」


「――マジで!?」


 千暎は大笑いしながら、冗談だと謝った。


「大丈夫。大通りだし、歩いて7分の好物件です」


「おお、それは良いとこ見つけましたね〜、お客さん」と言って榎田も便乗した。


 千暎はこのまま別れるのは惜しい気がしていた。だが、それをどう伝えたら言いいかわからずにいた。


 少しの沈黙の後、榎田の方から言ってきた。


「あのさ……、まだ終電まで少し時間あるし、もうちょっと話さない? そこでコーヒーでもどうかな?」と駅前にある珈琲店を指差す。


 千暎のアパートはすぐ近くだと言うのに、敢えて店で話そうと言う榎田に、千暎は誠実さを感じた。もしかしたら、榎田も同じ気持ちだったりするのかも知れない。


「あたしはすぐ帰れるからいいけど、榎田さんはそうは行かないじゃない?」


「少しなら大丈夫だよ。いいかな?」


「う、うん……」


 店に入ると榎田から話始めた。


「さっき縁の話が出たけどさ、偶発的な出会いついでに、僕達、友達になれないかな?」


 榎田は電車の中で思っていた事を、思いきって言ってみた。


「いいよ」


「はっ?」


 あまりにあっさり言う千暎に拍子抜けしてしまった。


「い、いいの?」


「いいよ、お友達でしょ? 榎田さん、悪い人じゃなさそうだし。お友達増えるのは良いことよね?」


「あれ? そんな簡単に信用しちゃっていいのかな?」


「榎田さんが悪い人だったら、あたし、自分を信じられなくなるわ」


「千暎ちゃんて……、自分に正直な人だね。そして、思った事をはっきり言える人」


「そうかな? 言えない事、いっぱいあるよ」と言って笑った。


「秘密は言わなくて言いけど」と榎田が返す。


「さっきも言ったけど、僕はあまり女性に対して積極的な方じゃなかったんだ。自分から誘う事とか滅多になかったし。だから、千暎ちゃんを引き止めてる今の自分に、すごく驚いてるんだ」


「ふ〜ん、それって、あたしを女として見てないからなんじゃない?」


「そんなわけないよ! 千暎ちゃんって、見かけはすごく色っぽいし……」


「あん? 見かけは?」


「うん、あっ、いや、ちゃんと女性として見てるって! だから、自分から行動起こしてる事が不思議なんだよ」


「あたしもね、軽いナンパならさっさとお断りでさよならなんだけど、何故か断れない自分がいるんだよね……。なんでかな?」


「ホントに? お互い気になる存在って事は、やっぱり良い方向の縁なのかも知れないよ? それと、厳密に言うと、ナンパとはちょっと違うんじゃない? 埋め合わせ同士とは言え、一応合コンでの出会いだったわけだし」


「確かに。突っ込みますね~。でも、良いか悪いかはまだわかんないじゃない? 『今まで言ってた事はぜーんぶウソさ。おまえを落とすのは簡単だったぜ』な~んて本性現すかも知れないし」


「僕が? めんどくさがりな僕が、そんな事考えると思う? 僕だって、千暎ちゃんが気にならなかったら、あの時、声なんてかけなかったよ。それに、わざわざ送るような事もしなかっただろうし。全く自然な行動だったんだ。ウソついてるように見えるのかな~?」


「全部計算だったりして……」


「ま、仕方ないか……。始めから信用してもらうのは無理ってもんだよね」


「ごめん、……。榎田さんの目はウソついてないと思う。話してればわかるよ……」


「嬉しい事言ってくれるねー。僕はもっと君の事知りたいと思った。千暎ちゃんは?」


「ていうか、知り合ったばっかじゃん! 知らない事だらけだよー」千暎も、何となく榎田の事が気になる存在になっていた。


「そろそろ行かなくちゃ……。あ、そうだ。肝心な事聞くの忘れてた。連絡先、交換してもらっていい?」


榎田の一言で二人は連絡先を交換した。



 ふたりが店を出ると、駅前が人だかりになっていた。


「何事?」


 どうやら、人身事故の影響で、電車の運転再開のメドが立っていないらしい。


「なんてこった……。困ったな……。どうすりゃいんだ……」


 すでにバスも運行していない。タクシーには行列が出来始めていた。


「参ったな。タクシーで帰ったら、いくらかかるかわかったもんじゃないぞ。てか、この行列だといつ乗れるかも定かじゃないな~。……。この辺りにネットカフェとかある?」


「西口に出れば1件あるけど、この状態だと満席かもよ」


「とりあえず行ってみるよ。場所教えてもらえる?」


「あ〜、なら、ウチ来れば?」


「えっ……!」


「だってすぐそこの好物件だし。狭いけど」


「いいの? 大丈夫なの?」


「大丈夫って、何が? お友達が困ってるのに放っておけないじゃん?」千暎が躊躇いもなく、あっさり言う。榎田は少し戸惑った。この女性(ひと)はこんな簡単に男性を家に招き入れる人なのだろうか。好意が少し疑惑になりそうな気がした。

榎田が足を止めた。


「やっぱり、タクシーを待つよ。初対面の女性の部屋にいきなり入るなんて、なんだか気が引けるよ」


千暎は少し驚いた顔をしたが、すぐに笑顔に戻って言った。


「大丈夫よ。私、何もしないから」


 榎田は噴出した。「それ、僕のセリフだろ?」

 その一言で、榎田は千暎の言葉に甘える事にした。千暎の部屋は2階にあり、階段を登ったところで、千暎が足を止めた。


「――! 誰かいる……」


 千暎がゆっくり近づく。


「――――! 史人?」


 ドアの前に座り込んでた史人が、すくっと立ち上がった。


「あ、お帰り。遅かったね」


「遅かったね、じゃないよ! 何で史人がここにいるの?」


「電車が動かなくてさ……。俺、今日出張だったから、車じゃないんだよ。あさみに電話したら、千暎んちが近いから泊めてもらえばいいじゃん? って言われて、ひと駅歩いて来たんだよ。千暎に電話したんだけど、出なくてさ。とりあえず直接来ちゃったんだ」


「あ! ごめん! 気づかなかった!」


「でも、来ちゃまずかったみたいだな」と榎田を見ながら言った。


「あ……いや、僕の方こそお邪魔みたいだよね……」


「あ、あ、あ、ごめん。大丈夫、大丈夫。今開けるから、二人とも中入って」千暎が慌てて鍵を出すと、ドアを開けて二人を部屋に通した。


 千暎は誤解のないように、二人を紹介した。


 榎田は、史人の彼女が千暎の親友だと聞いて、安心しているようだった。


「って事で、お近づきのしるしに乾杯しよ?」


 千暎は冷蔵庫からビールとツマミを出し、テーブルの上に並べると、さっさと部屋着に着替え、テーブルにつく。


「えっと…………。奇遇な出会いに乾杯!」


 三人は缶ビールで乾杯すると、千暎と榎田の出会いの経緯を話したり、仕事の事や人間関係、政治経済の話しまで、男同士でなかなかの盛り上がりようだった。そして三人は、お互いを名前で呼び合うまでに打ち解けていった。深夜2時を回りはじめた頃から、榎田はウトウト舟を漕ぎ始める。


「史人~、悪いんだけど、そこのソファの下を引っ張るとベッドになるから、出してくれない?」


 史人が言われる通りにすると榎田に話しかけた。


「航さん! ここで横になっててください」


 榎田は少しふらつきながら「僕……、お酒は……そんな弱くないんだけど……、今日は……なんだか……ダ……メ……だ……すまん」と言いながら、ソファベッドに寝転んだ。


 千暎は榎田の眼鏡をそっと外し、テーブルに置く。


「航さんて、なかなかいい男なんじゃないか? 仕事出来そうだし、真面目過ぎないっていうのも好感持てるし」


「へぇ~、史人の分析は信用性ありなんかな~?」


 千暎が赤い顔して言う。


「話して見れば何となくはわかるさ。少なくとも悪い人じゃなさそうだよ? 遊び人でもなさげだし」


「そうみたいね~」


「試しに付き合ってみたら?」


「試しに?」


「だって千暎、まだフリーなんだろ?」


「いちおうね~。流れに任せようかなぁ~」


「それもありだな。でもさ、こんな偶然滅多にあるもんじゃないよ? チャンスなんじゃないか?」


「チャンス? ふっ…………。そうなんかな~? 航さん……か……」


 二人ともお酒を交わしてから、名前で呼び合う仲にまでなっていた。榎田と呼ぶより呼びやすいからだ。そして、史人も千暎をいつの間にか苗字ではなく、名前を呼び捨てにするようになっていた。


 千暎はもうひとつの方のソファに頭を乗せ、上を向くと、考えるようにふ~っと息を吐いた。千暎の髪の香りが心地よい。史人は、あの時の千暎の淫らな姿が脳裏に浮かぶ。



 ――ヤバッ。今日はあさみがいないんだ。



 しかし、史人は徐々に興奮してきてしまっていた。一旦トイレに行き、自分を落ち着かせる。トイレから戻ると、千暎はさっきの状態のまま目を閉じていた。


 寝ちゃったのかな? 史人が隣に座ると、千暎がもたれかかってきた。


「おい、大丈夫か? ベッドで寝た方がいいよ。風邪ひくよ」


「……んっ、はぁ~、なんかちょっと飲み過ぎたかな~。史人は平気なの?」


「ああ、俺、ペースが遅いから、あんま酔わないんだよね」


「そっか~。でも……、まだ眠くは……ないよ」と言って、そのまま史人を見上げる。

 上から千暎の胸元の膨らみがはっきり見える。


「千暎……」史人は堪らず千暎にキスをした。


「んっ…………」


 ふたりはそのまま倒れ込み、互いに求め合い朝を迎えた。



 翌朝、千暎が目覚めると、隣で史人が寝息をたてて寝ている。寝室を出ると、そこに寝ていたはずの榎田がいない。


「あれ? トイレかな?」


 部屋の中を良く見ると、ソファベッドはソファに戻り、テーブルの上はきれいに片付けられていて、榎田がいる気配はなかった。帰っちゃったのかな? 何も言わず帰るかな~?



 ――ハッ! もしかして史人と寝てしまったとこ見られた? …………。まさかね……。だとしたら、航さんとは進展しないわ……。



 あっ! 千暎は思い出したように携帯を開く。


 メールがきていた。


『おはよう。昨日はいろいろ会話出来て、楽しい時間だった。本当にありがとう。千暎ちゃんが史人くんと気持ちよさそうに寝ていたから、起こさずに帰ります。それにしても僕達、缶ビールをあんなに飲んだの? ほとんど千暎ちゃんだろうけど、お世話になったお礼に片付けておきました(笑)。ほんと助かったよ。ありがとう! 玄関の鍵、借りてポストに入ってます。さすがに開けっ放しではまずいので。起きたらすぐ確認してね。また連絡します』



 ――航さん。あなたっていい人! でも、気持ちよさそうに寝ていたから、ってのが気になる。見られてなくても、疑われたかも知れない……。



 千暎が軽い朝食を作っていると、史人が起きてきた。


「あれ? 航さんは?」


「帰っちゃったらしい」


「へっ? もう帰ったの? 随分忙しい人なんだな」


「彼なりの気遣いなのかも。あたし達に対するね……」


「そうなのか? ……まさか……昨日の俺達の事知って、気を悪くしたとか?」


「どうかな? メールの内容だと気づいてる様子はなかったけど、何かを察してしまったかもね……。私ってさ、お酒飲むと気持ちよくなっちゃうから、外ではあんま飲めないしさ。家だとつい飲み過ぎちゃうんだよね……」


「悪いクセだな。男を部屋に呼ぶ時は、酒飲まない方がいいんじゃないか?」


「危険な人は呼ばないから安心してよ。でさ……、昨日のことは忘れてね。あさみにバレたら悲しませちゃうし。お酒のせいにしちゃいけないけど、酔ってた過ちっていうか……」


「当たり前だろが! セーブ出来なかった俺も悪い。けど、あさみも意外とするどい時もあるからなあ…」


 と、その時。


 ブー! ブー! ブ―! 史人の携帯が鳴った。


「あさみからだ」



 思わず顔を見合せ、苦笑いする千暎と史人だった。





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