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元彼

 ――土曜日――


 千暎は昼頃起き出して、録画した番組を一通り見終わってから、夕方からひとりショッピングに出掛けた。


 あるショップで品定めしていると、後ろから声がした。


「君、ひとりなの?」


 ――ナンパかよ。


 千暎が気にしてない振りをしてると、「あれ? 俺の声忘れちゃったのか? 千暎〜」明らかに自分を呼ぶ声だ。


 千暎が思わず立ち止まり、今の声を頭の中でリピートする。


 嫌な予感……。


 千暎は振り向かずに、急ぎ足で店を出た。


「待てよ!」


 予想通り捕まる。


「何も逃げる事ないだろ〜。千暎〜」


 千暎はひと息付くと「会いたくない人に声かけられたから逃げたのよ!」


「俺も随分と嫌われたもんだな〜」


 目の前の男を見上げた瞬間。千暎は驚きを隠せなかった。



 そこには痩せ細った気弱な男ではなく、色黒で一回り大きくなったかのような、逞しい元彼がいたのだ。彼の名は脩平。


「うそ……。脩平? ほんとにシュウなの?」


「違うなら誰だよー」


「声は確かにシュウだけど……。まるで別人……。声かけられなかったらわかんなかったかも……」


「今、ひとりか?」


「ひとりが好きだからね!」


「千暎は変わらないな。つうか、スッゲー美人になった!」


「へぇ〜。お世辞も言えるようになったんだー」


「からかうなよ。……なあ、こんな偶然あると思う? どっかで話せないか? 予定ないなら、飯でもどう?」


 千暎は迷った。散々人を縛り付けたストーカー野郎の変貌ぶりに、かなり動揺していた。

 あの時と違って、目が落ち着いているし、風貌が大人だ。昔のギラギラしたいやらしさは全くなくなっていた。

 そこまで彼を大人にさせた理由(わけ)は何なのか、ちょっと興味が湧いた。


「シュウの方こそ平気なの?」


「平気じゃなきゃ誘わないさ」


 ――ごもっとも。


「じゃあ、シュウの奢りね!」


 脩平は千暎のOKのサインに意外な顔を見せながら、バイクが停めてあるパーキングまで戻ると、千暎を後ろに乗せ、走り出した。


 3年振りの脩平の背中は厚くなり、すごく筋肉質な身体になっていた。しっかり掴まってないと、手が外れそうだった。


 着いた店は居酒屋チェーン店。席に座り向き合うふたり。


 適当に注文すると、脩平から話始めた。


「しかし驚いたな〜。信号待ちしてたら、千暎っぽい女性が前を通り過ぎて行ったからさ、まさかと思いながら、急いでパーキングにバイク停めたんだ。ちょっと後を付けてみたら、やっぱり千暎でさ〜。いや〜ビックリしたよー」


「付けたんだ?」


「いや、だってさ、人違いって事もあんだろ? あれから全く会ってねーし」


「まさか、またシュウに再会するなんて、思ってもみなかったわよ」


「俺も! しかも連絡取ったわけでもなく、街でなんてさ。なんか俺達キテるんじゃね?」


「ふっ、キテる? ……。シュウは彼女いないの?」


「気になる?」


「……。別に?」


「千暎は?」


「気になる?」


「チッ! 千暎はいるだろう? こんないい女、周りが放っとくわけねーよな?」


「さあ〜? かなり放っとかれてますけど? あたしにその気がないってのもあるけど」


「まさかぁ〜。千暎が男無しでいられるわけねーじゃん!」


「――! やめてよ! あんたと付き合ってた頃とは違うんだから!」



 脩平と付き合ってた頃は、毎日のように会って身体を重ねていた。彼の嫉妬深さに嫌気が差しながらも、結局は彼の腕に抱かれてしまっていた。


 今、目の前にいるこの男がその彼だなんて、信じられない。


「ねぇ? それより、今何やってんの? その身体はどうしちゃったわけ?」


「驚いたか? そりゃそうだよな。あんな痩せ坊がこんなんなったら、誰だって驚くよな~。一番ビックリしてんのは俺だけど」


と言って笑った。



 メッチャ爽やかじゃん! おまえ誰だよ! 



「俺さ、力仕事やってんだ。工事現場で。兄貴の会社に入れてもらってさ。最初はキツかったけど、兄貴の前で、弱音吐けねーから、自分で筋トレしながら現場行ってたら、いつの間にかこんな身体になってたんだ。俺ってやれば出来る男だったんだなー」と言ってニヤけた。


「出来る男って! 確かに見違えたわ。そっか、お兄さんと一緒なんだ。あんたのお兄さん怖そうだもんね?」


「千暎とだって、兄貴のせいで別れさせられたようなもんだからな〜」


「せいじゃなくて、お陰でしょ? シュウはしつこかったからね。お兄さんがまともな人じゃなかったら、今頃あたしはノイローゼになってたわ!」


「……ごめん。あん時の俺は千暎を自分だけのものにしたくて、嫉妬に狂った雄犬だった……」


「今の脩平は、あたしの知ってるシュウじゃない……。なんか……ちょっと大人になってる……」


「へへっ。だろ? 千暎にそう言って貰えて、マジで嬉しいよ! 今の俺なら千暎を束縛したりしないぜ。こうやって会えたのも、偶然じゃねーんじゃねーの?」


「ふっ、引き寄せられたとでも言いたいわけ?」


 脩平は何か考えているかのように、ツマミと烏龍茶を交互に口に運ぶ。

 千暎もチューハイの追加を頼み、程よく赤くなり始めていた。


 ひと息ついた脩平。


「俺……、実はさ、千暎と別れた後、自棄を起こして、ナンパしまくったんだ。けど全くダメダメでさ。ある女の子に、あなた痩せ過ぎてるから抱かれる気になんないって言われてさ。ダメなのは身体かよ!って思ってさ。俺のテクも知らねーくせに、見かけで判断されたのが頭に来たから、鍛えてやろうと思ったんだ。そん時、俺を逆ナンして来た女がいて、ついノッちまったんだ……」


 脩平の話が途切れる。


「それで? その女がどうかしたの?」


「組の女だったんだ……。嵌められたってわけよ」


「まさか……。脅されたの?」


「ああ……。お前はまだ若僧だろうから片手で許してやる。その代わり、身体を貸せって言われて……。ボコボコに殴られて、ニ週間入院したよ」


「入院? ひどくやられたもんだね。警察沙汰にならなかったの?」


「そんなことしたら、何されるかわかったもんじゃない! けど病院から通報したらしくて、事情聴取されたよ。いちゃもんつけられて、喧嘩になったら、俺が弱過ぎただけだって言い張ったら、厳重注意で終了。幸い打撲だけだったからな。俺もそれ以上そいつらに関わるのはごめんだったし」


「そんな事があったんだ……。まあ、自業自得ってやつよね……。でもお金はどうしたの? 貯金なんてなかったでしょ? 借金したの?」


「それも兄貴が全部面倒見てくれてさ……。だから兄貴には頭上がんないわけよー」


「また兄貴? まぁ、高利貸しよりましだわ。頼りになるね、シュウのお兄さんは」


「そーなんだよ。散々兄貴に説教されたよ。俺も怖くてナンパ出来なくなったしな」


「あら? あたしをナンパしてたじゃん?」


「だからさ〜、ちゃんと確認してから声掛けただろ? 久しぶりに女性に声掛けたから結構ドキドキしてたんだぜ」


「ウソばっかり。こ慣れたもんでしょ?」


 脩平は苦笑いしながら、千暎を見つめる。


「千暎〜、スッゲー顔赤いぞ。大丈夫か?」


「あ、あたし、そういう体質なんだよ。大して酔ってないから平気よ」


 千暎は、脩平と話しているうち、付き合っていたころの体温が甦っていた。思い出したくない過去なのに、脩平との時間は忘れる事が出来なかった。今の脩平はどうなんだろう? 千暎はお酒の影響で、身体が熱くなり始めていた。


 脩平も益々女性らしく変わった千暎を目の前にして、欲情が湧いていたいたが、必死に耐えていた。


 気がつけば、夜の10時を回っていた。


「あたし、ソロソロ帰んなきゃ」


「何で? まだいいじゃん」


「電車の時間とかあるし。あんまり遅くなると、電車ん中に酒臭い人が増えんのよ。終電は特にね」


「俺が送るから心配すんなよ」


「あたしね、入社した時に引っ越したんだ……」


「大丈夫さ。どんなに遠くだって、送るから」


「そこまで遠くないよ! でもいいよ。酔いが回らないうちに電車で帰るから……」


「何みずくさい事言ってんだ? あ! 俺に知られたくないって事か?」


「…………」


「だよな~。けど、俺はあん時とは違うぜ。千暎を困らせるようなことはしないさ。…………。信用出来ないか? つーかさ、その前に、その赤い顔して電車乗る勇気あんのかよ!」


「――――! 困る事になったら、兄貴にチクるから!」


「ああ、上等だ」



 バイクを走らせてる途中で雨が降りだした。急ぐ脩平。千暎が住むコーポに着いた時は、ふたりとも結構濡れてしまっていた。


「風邪引くから早く風呂入れよ。気が向いたら連絡くれてもいいんだぜ。じゃあな」


 帰ろうとする脩平を千暎が止めた。


「シュウの方こそ風邪引くじゃない。雨も段々強くなって来てるし、これからバイク走らせるのは危険だよ。様子見た方がいいって!」


 脩平は迷ったが、バイクを降り、エンジンを切った。


 千暎は脩平を部屋に通すと、タオルを渡す。


「着替えちゃうから、ちょっと待ってて」


 メットから出ていた前髪と毛先が雨に濡れ、しっとりとしている。上着を脱ぐと、その髪が揺れ、千暎のふわっとした香りが、脩平の理性を壊した。


「千暎!」


 後ろから襲う脩平。


「な、何!?」


「無理だ! 俺、がまん出来ねえ! まだ千暎の事、好きなんだ!」


 脩平は千暎を壁に押し付け、両手を押さえ込むと、強引にキスをした。


「んっ! シュウ……。待って……」


 脩平は飢えた野獣のように、息をあらげながら、千暎を抱きしめた。千暎もまた、脩平の腕の強さに抵抗できずにいた。


 脩平の指の動きが、千暎の身体に電流を走らせ、5年前の快感に墜ちていく…………。



 千暎も脩平も、会った時から何かを感じていた。お互い嫌いで別れたわけではない。脩平の異常とも思える束縛さえなければ、ふたりは続いていたかも知れないのだ。しかし、その期間があったからこそ、脩平は変わる事が出来たのだろう。



 結局脩平は、千暎のベッドで朝を迎えた。




 ――翌朝。


 朝食を作る千暎の後ろ姿を見ながら、一時の幸せを感じる脩平。

 ゆっくりベッドから這い出すと、千暎を後ろから抱きしめる。


「あぶないよー!」千暎は危うくスープをこぼしそうになる。


「うまそ! まさか、また千暎の作った朝飯を拝めるとは思わなかったぜ! いただきます!」脩平が嬉しそうに食べながら言ってきた。


「なぁ、俺達、やり直さないか? 俺、車買って、もっと働くからさ。兄貴の借金もちょうど返し終わったとこなんだ」


 やり直す? 確かに以前の脩平とは違う。だからってやり直すのはどうなの?

 それは脩平の女になれと言う事か?

 彼氏として付き合うと言う事は、その彼を好きになり、好きだから少しでも一緒に居たいと思うからよね?

 千暎は脩平を好きなのか? そもそも好きな気持ちがあって付き合っていたのか?


 千暎は今頃になって肝心な事に気付く。


 あの頃は、脩平が好きだ好きだと一方的に言って来てたから、自分の気持ちなんて考えた事もなかった。脩平に抱かれるだけで満足していたのだ。


「あたしは……、やり直すとか今は何も考えられない」


「千暎……。おまえ、ほんとは付き合ってるやついるんじゃねーの?」


「いたらどうするの? 前みたいに殴り込むつもり?」


「いたところで、今はどうする事も出来ないだろう? 俺は千暎の彼氏じゃないだからな」


「そういうのがイヤなの! だから彼氏とか作りたくないんだよ! ホントに好きな人が出来て、その人だけを見る事が出来るまで、わたしは自由でいたい。束縛されるのはその時でいいの!」


「自由か……。なあ、なあ、いるんだろ? 相手は何人いるんだ?」


「もうー、バカな事言わないでよ! そんないるわけないじゃん! それに、何人いようが脩平には関係ないでしょ? シュウ……。変わったのは見かけだけ? あたしは束縛されたくないの! シュウがもっと大人になって、人間的にもおっきくなんなきゃ、あたしじゃなくても、女は逃げてくよ」


 脩平はハッとしたかのように、残ってたスープを飲み干す。


「そうだった……。俺、千暎の前だとついわがままになっちまう……。けどよ、どうすりゃいんだかわかんねーよ。とりあえずさ、千暎に会いに来る事はいいだろう?」


「いいわけない。焼きもち妬かれたりされると困るし。いろいろ探るのもやめて!」


「わかった。じゃあ、男ができるまででいいからさ。なっ?」


「ダメよ。そんなの。食べ終わったらもう行って!」


 脩平は深いため息をつき、奥さんに見送られる気分が味わえたよとつぶやきながら、千暎の部屋から現場へ出掛けて行ったのだった。




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