高まる想い
あれ以来、博章からの連絡がなかなか来ない。
やっぱりほんの気紛れってやつ? 期待したあたしがアホだったか――。
と思っていた夜、メールが来た。
『連絡が遅くなってすまない。明日の8時頃、コアタイムビルまで来られるかな? 大丈夫そうなら連絡くれると嬉しいんだけど』
明日……。
千暎は直ぐに了解メールを返信した。
翌日の夜、千暎がビルに着き、博章にメールを入れる。
『そのビルの脇の細い道沿いを通り抜けると、3階建てのマンションがあるから、3階の一番奥の部屋に来て』
千暎が指示通りにたどり着く。
なに? ここ? でかい! まさか博章さん家? でも表札もなければマンションネームらしきものも掲げられてない。不思議な建物だ。
インターホンを押す。
――カチャッ。
「迷わなかったかい?」博章が迎え出る。
「ええ……。でも、ここって一体なに?」
「まあ入りなさい。靴のままでいいから」
千暎が部屋へ入ると、博章は自分のバックを持ち、千暎の手を取ると「黙って僕について来て」と奥のドアを開け、廊下に出た。
どうなってるの? あたしはどこ行くの? 千暎は不安になりながらも、博章に従った。
すると、そこはコアタイムビルに繋がっていて、通常の客室は6階までなのだが、博章が向かったのは8階だった。そこはフロントからではエレベーターが行かないフロアだった。
博章さんって何者? 千暎はなんだか恐怖さえ感じるほどだった。
【808】のプレートが貼られた部屋に入る。正面が大きなガラス窓。左側にテーブルとソファ。奥のドアの先には大きなベッドが置かれ、手前がバスルーム。広々としている一室だった。
「歩かせて悪かったね。ここは僕が契約している部屋だから、いつでも空いてるんだよ」
「契約? 博章さんって、副業でもしてるの?」
「してるわけないよ。そんな時間ないし」
「でも……。秘密の場所が凄すぎない?」
「僕はちょっとお金を持ってるだけだよ。でも、信用してる娘にしか教えない。口外されたら、欲深い連中が群がるからね」
「あたしを信用していいの? スパイだったらどうする?」
「スパイ? 誰の? 君が他言したら、僕の恐さを知ることになるよ?」
「ひ、博章さん? あなたは悪い人なの?」
「秘密を守らなければの話だよ。僕は千暎が好きだから、君との関係を誰にも知られたくないんだよ。わかるだろう?」
博章は千暎の唇をうばいながら、優しく抱きしめた。
重なる2つの身体は、何度もかたちを変化させて行く。熱い時間が流れた。
「博章さんの胸も腕も腹筋も、ほんと素敵……。マッチョじゃない逞しさが好き。ずっと抱かれていたい……」
「僕は学生の頃ボクシングをやってたんだ。だから身体にはちょっと自信があるんだけど、さすがに加齢と共に、体力は落ちたね」と言って笑った。
「そう? 体力落ちてる感じなんて全くしないよ? どこが落ちてるのよ」
「千暎を見てると元気になるみたいだ」と笑った。
千暎はその笑顔にますます惹かれていく。
「博章さんの子供が欲しいな…」独り言のようにつぶやいた言葉に、博章が反応する。
「千暎……。君は何を言ってるのかわかってるのか? 冗談は止めてくれ! そんな大事な事、簡単に口にするもんじゃない!」
博章は本気で怒っていた。
「あたしは本気だよ。博章さんには子供いないでしょ? 欲しくないの?」
「僕達はもう諦めてるんだ。だから軽々しく子供を産みたいとか言わないでくれ……」
いつも堂堂としている博章が、悲しそうな顔を見せた。
「……ごめんなさい」千暎は博章の広い背中に抱きついた。
「もう……言わない。でも……、それだけ博章さんを好きでいるって気持ちだけは、わかって欲しい……」
「わかってるよ。千暎が嘘つく悪い娘だなんて思ってないから……。だけど、好きな気持ちだけじゃ、どうにもならない事だってあるんだ!」
「う、ん……。ごめんなさい」
博章は千暎の頭を撫でると、ギュッと抱きしめた。