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大切なひと

 一週間後、航の母親が退院した。

 航は千暎を母親に紹介したいと言って来た。



 はっきりさせなくちゃ……。



 千暎は重い足取りで病院へ向かった。あさみを誘う事は、彼女に負担がかかると思い、ひとりで行動した。今までだって、大事な時はいつもひとりだったじゃないか。とにかくはっきりさせねばならなかった。

 

 検査が終わり、女医さんと向かい合う。千暎の顔色は最悪だ。不安な表情を察したのか、医師が声をかける。


「気分悪いですか?」


「はい……、絶不調です……」


「結論から申し上げますと、残念ですが……」


 千暎は勝手に終わったと思い、項垂れた。


「妊娠の兆候は見られませんね」



 ――――? えっ、えっ、えっ?



 千暎は少し口を開けたまま、きょとんとしてしまった。

 そうよね? 普通なら残念なはずよね?


「……。では、この気分の悪さは、胃から来るのでしょうか?」


「竹元さん? 最近何かお辛い事とか、ショックな出来事とかなかったですか? もしくは急激なダイエットをされたとか。聞いたこともあるかと思いますが、恐らく、過剰な神経性ストレスによるものでしょう。女性の身体はとてもデリケートなんです。その度合いは、個人差もありますが、生理が止まってしまう方もいるくらいです。少しリラックスして、身体を休ませて様子を見ましょう。妊娠を望んでいるなら、安心していいですよ。竹元さんは至って健康ですから、更に頑張ってもらって問題ないですからね。少し様子を見ていいとは思いますが、ご心配なら、胃の検査予約しますか?」


「は? ……はぁ……、いえ、もう少し様子見てみます」この状況で喜ぶわけにもいくまい。


 千暎は放心状態のまま、会計を済ませたものの、脱力感で待合室の椅子に座っていた。



 なんて無駄な時間だったんだろ? 脩平のせいで勝手な被害妄想をしてただけじゃない! こんな不安な気持ちは初めてだったよ。――――。うううん、無駄じゃない。きっと戒めなんだ。神様があたしに悩ませる事を与えてくれた。そしてチャンスをくれた。そうよね? きっと航さんだけを愛せって事なのよ。脩平との繋がりはもう何もなくなったんだから。後は航さんの胸に飛び込んで行けばいいのよ!



 いつから神を崇めるようになったんだ?



 千暎は自分の心と会話をすると、急いで病院を出た。気が付くと航にメールを打っていた。『遅くなってもいいから今日会いたい』と。


 その姿を興味深そうに見つめる、ひとりの男がいた。



 千暎は自分の部屋に戻ると、すぐあさみに連絡をした。あさみは、千暎がひとりで病院に行ってしまった事に対して拗ねていたが、杞憂に過ぎなかった事に安心してくれた。


 航から返事が来たのは、数時間経ってからだった。


『僕も会いたい。何時になるかわからないけど、今日中には行くから(笑)』


 千暎の顔がやっと心から微笑んだ。


『あと3、40分くらいで行けると思うから、寝ないでね』航からメールが来たのは、21時を回った頃だった。


 ――寝る時間じゃないよ。


 22時になろうかとしてる時、インターホンが鳴った。


 来た! 急いでドアを開ける。



 ――――――!!



 てっきり航が来たと思い込んでた千暎だったが、そこには見慣れた男、脩平が立っていた。慌ててドアを締めようとする千暎だが、足と手で無理やりこじ開けられ、勝手に上がり込む脩平。


「何で!? もう来ないでって、言ったでしょ?」


 脩平は千暎を無理矢理抱きしめた。


「やめてよ!」千暎がはね除ける。


「千暎! できたんだろ?」


「はっ? 何が?」


「何がって、俺の子だよ。なあ、俺の子ができたんだろ?」


「――――――! な、な、に、言ってる……の?」


「隠すなよ。病院に居たんだろ? 産婦人科に」


「まさか……。行ってないよ? 人違いよ……」


「兄貴が千暎を見間違えると思うか?」


「お兄さん?」


 脩平の兄は妻の付き添いで、たまたま病院に来ていた。話しかけようと思ったが、近づいてはいけない雰囲気だったから、声を掛けづらかったらしい。千暎ちゃんは結婚したのかも知れないな~。と脩平に告げたのだ。

 千暎は笑い出しそうな気持ちを抑え、「残念だけど、あんたの子じゃないから!」と強い口調で言い放った。


「俺の子じゃない? じゃあ、あのホテルの野郎か?」


「シュウには関係ない! あんたの子じゃない事だけは確かだから!」


「なら、今の彼氏か?」


「だから、シュウに言う必要なんてないし、知る権利もないから!」


「ほんとに俺の子じゃないのか?」


「100パー違う!」


「何で言い切れるんだ? ほんとは誰の子だか判んねんじゃねーの?」


 ――――――――!!


 《 バシッ!!!! 》


 千暎の平手打ちが飛んだ。


「いい加減にして! もう、あたしに構わないで!!」


「痛てーな。わかったよ……。それがほんとなら、千暎に会いに来る必要がなくなっちまったな……。なあ、最後だから、ほんとにこれで最後にするから、抱かせてくれよ」


「その手には乗らないわ! 早く出て行って!」


 千暎は航と鉢合わせしたらマズイと、気が気ではなかった。そんな事知ったこっちゃない脩平は、容赦なく千暎に覆い被さって来た。


「なあ、頼むよ、千暎、これで終わりにするから、なっ? いいだろう?」と言いながら、千暎の両腕を強く押さえつけ、馬乗りになると、嫌がる千暎に興奮したかのように、野獣の目をした。


 千暎は、今日こそは何としても脩平を阻止しなけらばならなかった。


「イヤ!! や、め、て!!!!」


 千暎は全身のありったけの力を込めて脩平を突き飛ばした。それは自分でも信じられないくらの怪力だったのだろう。脩平は身体がのけぞり、その拍子に、テーブルの角に頭を強くぶつけ、その場に倒れ込んでしまった。

 ゆっくり立ち上がる千暎。


「…………。シュウ?」脩平は動かない。「えっ……。ちょっとシュウ? 冗談やめてよ……。シュウったら!」


 千暎が脩平の頬を叩くが、ぐったりしたまま動かない。「ウソでしょ……」恐る恐る心臓に耳をあてる。どうやら動いているようだ。と、その時、脩平の手が千暎の腕を強く掴んだと思うと、無理矢理引き寄せられ、身動きとれないほど強く抱きしめられてしまった。


「――――! は、離して……。イ、イタイ……」


 脩平は、千暎を腕の中に抱きしめたまま、暫く離さないでいた。そして、徐々に力を緩めると、ゆっくり起き上がる。


「痛いのは俺の方だぜ? 俺がそんな簡単にくたばるワケねーだろうが!」


「……そうよね……。よかった……生きてて」


 脩平は、千暎の頬を両手で挟むと、さっきの激しい脩平とはまるで別人のような、優しいキスをしてきた。今度は恐怖など微塵も感じなかった。


 脩平は深くため息をついた。


「ふぅ~。それにしてもスゲー力だな?」脩平が自分の頭を撫で回す。「まあ、そんなに馬鹿力出すほど嫌われたんなら引くしかねーか…………。唯一の希望が絶たれちまったからな……」


 脩平は暫く黙っていたが、上を向いたまま言った。


「千暎……。おまえと過ごした時間はマジで楽しかったぜ。終わるなんてウソみてーだ。けど……、終わったんだよな?」


 千暎は何も言えなかった。言ったところで、脩平に未練を残すだけだ。

 脩平はゆっくり立ち上がると、玄関に向かった。


「腹の子の親父に大事にしてもらえよな。俺は仕事で一人前になってやるさ。丈夫な子を産めよ」と言って、千暎を抱き寄せると、再びそっと唇を重ねた。


「じゃあな!」バタン……。脩平が出て行った。


 千暎は何故か涙が溢れ出した。あんな身勝手なやつと別れられて良かったはずなのに、涙が止まらなかった。



 感じたよ、シュウ……。今のキス、素敵だったよ……。ウソ言ってごめん。誰の子もできてないから……。



 千暎は玄関先に座り込んでしまった。



 その頃、航は階段を登ったところで、千暎の部屋の方から歩いて来る男を目撃していた。

 すれ違う脩平と航。脩平はすれ違う男を横目にしながら、足を止めることなく去って行った。

 航もまたその男を一瞬目で追いながら、胸騒ぎを覚える。急いで千暎の部屋へ向かい、ドアに手を掛けると、鍵が開いている。


「千暎――――!!」


 目の前には、座り込んで涙を流す千暎の姿があった。航は、しゃがみ込むと千暎を抱きしめ、声をかける。


「どうしたの? 一体何があったの? 今の男は誰?」


 千暎は航に抱き付いたまま、唇に吸い付いた。


「航さん……。あたしを抱いて……。何も聞かずに抱いてください。お願い、きつく抱き締めて……」


 千暎はさらに強く航を求めた。


 その夜の千暎は、お酒を飲んでいないはずなのに、激しく乱れ、航を求め続けていた。

 航は、ますます千暎の魅力にハマっていく。自分でも信じられないくらい何度も身体を重ねた。


 千暎の白い背中を流れる汗が、航の瞳にひかり輝いて映っていた。


「千暎、僕は君を放したくない。出会って数ヶ月しか経っていないとか関係ないよ。僕は、千暎が好きだ。……愛してる……千暎……」


「嬉しい……。あたしも……航さんが好き…………」


 ふたりは朝方になって、ようやく眠りに就いたのだった。

 



 目を覚ますと、隣で寝ているはずの航がいない。


 まさか、また帰ったの?


 千暎が寝室のドアをあけると、航がキッチンに立っていた。


「航さん? 何してるの?」


「やあ、おはよう。何って、朝食の用意だけど? キッチンで他にやることあるのかな?」


「も~。…………あるよ!」と言って、後ろから抱きつく千暎。航は首を捻って、千暎の唇にキスをする。


「ずるいよ。ひとりで起きちゃうなんてー。せっかくの休みなのに」


「いやさ、お腹空き過ぎちゃって目が覚めてしまったんだよ。千暎が気持ちよさそうに寝てるから、起きるまでに何か作って置こうと思って」


「じゃあ、一緒に作ろう?」


 ふたりは向かい合って朝食を取る。


「千暎の笑顔が戻って嬉しいよ。問題は解決したみたいだね? 何も聞くなって言われたから、聞かないけどさ」


「やっぱり、話した方がいい?」


「ん~、そりゃあ、気にはなるけど、千暎は忘れたいんでしょ? 今の千暎の瞳には僕しか映ってないよね? 心の中にも僕しか居ないなら、それでいい。あ……、心の中はちょっと違うか~。まぁ、一番上に僕が居るなら、それ以上は望まないよ」


「ありがとう……。あたし、航さんに出会えて良かった。ほんとにそう思う……」


「それは僕も同じだよ。その思いは僕の方が強く感じてるかも知れない…………。ねえ、千暎? 僕達はまだ知り合って数ヶ月。でも、君に出会って、会える回数は多くないけど、メールではいろんな事話したよね? 以前にも言ったけど、初めて君に会った時から、僕の心は千暎に奪われてた。だから、僕は千暎との結婚を考えて、真剣に付き合いたいと思ってるんだ。重いかな?」


「それって…………。プロポーズの仮予約みたいなもん?」


「仮予約? ハハハッ――――。そんな照れ隠しする千暎がたまらなく好きだよ。キャンセル食らわないように、しっかりアプローチしなくちゃだな?」


「……はい……。ご契約お待ちしております」



 数日後、千暎は航の母親に紹介された。『僕の大切な女性(ひと)』として。






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