変化4
タクシーから降りた千暎は、自分の部屋へと向かう。
「今日は疲れた。シャワー浴びて速攻寝よう」千暎が部屋の鍵を開け、中に入ってドアを閉めようとした瞬間だった。
――ガシッ!! ドアを掴まれた。
「ヨッ! 千暎!」
「――! シュウ!」
脩平は勢いよくドアを開けると、お邪魔します。と言ってズカズカ上がり込んだかと思うと、勝手に冷蔵庫からビールを出し、一気に飲み干した。
「ふ〜。うめえー!」と言うと、更にビールを2本出し、テーブルの上に置くと、ちゃっかり座り込む。
「ちょっと! 何勝手な事してんのよ! 今何時だと思ってんの! ビールなんか飲んじゃってさ、あんたバイクでしょ!?」
「ああ、バイクだよ。だから千暎んちに泊めて貰おうと思ってさ! 千暎も飲めよ、ほら!」とビールを差し出す。
千暎は無言で脩平を睨む。脩平はそんなのおかまいなし。
「俺、さっき現場終わったんだ。うち帰るより、千暎んちの方が近かったからさ~」
「だからって、勝手に泊まるなんて許さない!」
「いいじゃん! 俺に飲酒運転させる気か?」
「自分で勝手に飲んだんじゃない! 免許停止にでもなればいいわ!」
「ひでーな~。俺、現場行けなくなっちゃうよ」
「そんなん知るか!!」
「あ、俺、弁当食ってから風呂入るわ。千暎も少し食うか?」
「いらない! ってか、風呂なんか入れないわよ! あたし、シャワー浴びたら、すぐ寝るから!」
「ああ、そうすれば? 自分ちなんだから」
「あきれた。勝手なのにもほどがあるわよ。食べたらさっさと帰ってよね!」
千暎は引き出しから部屋着を出すと、浴室へ行く。
《シュウには振り回されっぱなしだよ。あの図々しさが腹立たしいのに、何故か憎めない…。バカだ。ほんと。そんな自分が悔しい。でも、このまんまじゃ、シュウはますます付け上がる。博章さんは、あたしから会いに行かない限り、向こうから来る事ないけど、シュウはあたしの都合なんか関係なく、勝手に来るやつ。なんとかしないと……。でもどうすればいいの? 簡単に説得に応じるとは思えないし……》
千暎は流れ落ちる温水を浴びながら、いろいろ考え事をしていた。
シュウが背後に迫って来ていたのにも気づかないほど……。
「千暎の背中はいつ見てもきれいだよな~」
――ビクッ!
振り向くと、脩平が仁王立ちしていた―――。
一瞬の出来事だった。背後から襲われる千暎。疲れ果てていた千暎は抵抗する力さえ残ってはいなかった。もう、脩平の思うがままになるしかなった。
翌朝、ふらふらになりながら軽い朝食を作っていると、脩平が黙ってテーブルに座った。
「なあ、昨日会ってた男は彼氏なのか?」
「昨日?」
「ああ、ホテルから出て来たろう?」
「――――! ……何言ってんの?」
「何って、昨日の夜ホテル眺めながら、タクシーで帰って来たじゃんか」
「シュウ……? 何で? まさか……つけてたの?」
「そんな事はもうしねーよ。現場から帰る途中だったんだ。驚いたなー。思わずバイク止めて見ちゃったよ。けどよ~、千暎をひとりでタクシーで返すとか、ふざけた野郎だな? 一緒に帰んないって事は、相手は不倫か? 千暎は惚れちまってるのか?」
千暎は何も言いたくなかった。言う必要もない。
「シュウには関係ない……。さっさと食べて、仕事行きなよ。そのまま二度と来ないで!」
「冷たい事言うなよ~。今度は、千暎の好きなもん持って来っからさー。何がいい?」
「来ないでって言ったのよ!」
「ふーん。そんなにそいつがいいのかよ」
千暎はほらを吹いた。
「えぇ…………えぇ、いいひとよ。シュウより数倍も、何十倍もデカい人よ! 関わらない方がいい」
「関わらない方がいいってなんだよー。…………ん? まさか、まさかおまえ、ヤバイ事になっちまってんじゃねーよな?」
「だったら? そうだったら助けてくれるわけ?」
「ウソだろ? 何すりゃいいんだ? 金か?」
「シュウが敵う相手じゃないから!」
「マジかよ! いくらだ? なあ、いくら必要なんだよ!」
脩平は顔色を変えて千暎に迫る。
まずいな。このまま演技を続けるか、ホントの事を言うか……。後に引けなくなって来た千暎だった。
「だから、シュウには関係ないって言ってるでしょ! あたしは別に困ってないから! とにかく、もう来ないで! もう行きなよ。遅れるよ! あたしも支度しなきゃなんないんだから……」
「そうか……。関わらない方がいい、ってのは、俺をそいつと闘わせたくないって事なのか……。なら負けねー。俺、絶対負けねーから!」
脩平は、出された朝食を平らげると、「また来るから、それまで無事でいろよ!」と言って出て行った。
「無事に決まってるじゃない……。バカ……。脩平のバカ……。違うのに……。闘う必要なんかないんだよ……」千暎は、脩平が逃げ腰にならない事に、なんだか心がじんわり熱くなるのを感じた。
ヤバ! あたしが遅れるっつうの!
千暎も、急いで支度して会社に向かった。
案の定、仕事に集中出来ずに1日を終えると、あさみからメールが来る。
『今日時間あったら、ご飯食べに行かない?』
正直、今日は早く帰りたかったが、あさみに相談したい気持ちもあったし、OKした。
某中華レストランの一室。
「千暎ちゃん、やっぱり疲れた顔してるね?」
「そ、そうかな? ん? やっぱりって?」
「今日ね、企画部の丸山さんが、私のところに書類持って来たんだけど、その時、千暎ちゃんの事心配してたから……」
「丸山さんが? なんて言ってたの?」
「『今日の竹元さん、なんか覇気がないんだよねー。いつも元気だから、調子狂っちゃってさ。なんかあったの?』って。疲れてるだけなんじゃない? って言っといたんだけど……。あの人、千暎ちゃんに気がある人よね?」
「ん~、今はもうないんじゃない? 彼からの誘いは全部断って来たから……」
「もったいないな~。彼の親って、なかなかの金持ちみたいだよ」
「金持ってんのは親でしょ? あたし、悪いけど、彼には全く興味がないのよね……。それよりさ、あさみに相談したい事があるんだけど」
「やっぱり何かあったんだ? 丸山さんが元気なさそうって言ってたから気になってたんだ~。千暎ちゃんが私に相談だなんて、珍しいもんね。覚悟して聞くよ」
「覚悟なんかいらんわ」
千暎は、博章との事を簡単に話し、今は脩平の事をどうにかしたいと相談した。
「ん~。でも彼氏いないんだし、出来るまでは脩平くんといればいいんじゃないの? 問題は身体だけでいいって事だよね~。千暎ちゃんに彼氏が出来ても、関係なさそうだし……」
「その事なんだけどさ……。実は、梅先輩に付き合わされた合コンの日にね、連絡先だけ交換した男性がいたんだけど、あれから連絡が来て、会って話をしたんだよ」まさか、会ったその日に泊まったなんて、事実は言えない。
「えっ! そうだったの?」
「うん……。会って話をしたら、不思議と落ち着けるの。彼もあたしの事、気に入ってくれてるみたいだし、あたしもそろそろちゃんと恋愛したいな、って思ったんだ……」
「そっか~。嬉しいなー。千暎ちゃんがその気になってくれて。どんな彼氏候補なの?」
「それは……」史人に聞いて。とは言えない……。
「もちろん、ちゃんと付き合う事になったら、真っ先にあさみに紹介するから」またウソついてしまった。
「うん! 楽しみに待ってる」あさみの屈託のない笑顔が眩し過ぎるよ…………。
「その彼に相談してみてもいいんじゃない? 千暎ちゃんが惹かれるくらいな男性なら、頼りになりそうな気がするんだけどなー」
「あさみ……。あたし、怖いんだよ。もし彼に脩平の事話したら、嫌われるんじゃないかって……」
「でも、千暎ちゃんは困ってるんでしょ? 千暎ちゃんの事、好きになってくれる男性だったら、わかってくれるはずだよ。そんな事で引くような男なら、付き合わない方がいい!」
「あさみ……。ありがとう。あんたも逞しくなったね……」
「私だって、千暎ちゃんの事、好きだから。脩平くんが聞き分けない事言うなら、史人くんと乗り込んで行くからね!」
「ふふっ、そこは史人と一緒なんだ?」
「やっぱ、男には、男が必要よ。あ、そうだ! 今日の夜……って言っても、夜中になっちゃうみたいなんだけど、史人くんと会うから、話しても大丈夫かな? 言っといた方が、いざと言う時説明しなくて済むし、千暎ちゃんも心強いんじゃない?」
「いざと言う時があるかわかんないけど…………。そうね。いいよ、話しても」
千暎はあさみに話した事で、少しは気持ちが楽になった。
そして、あさみと別れると、史人にメールする。
航の事は知らない振りをしておいて欲しい。会う事があったら、その時がはじめましてだから、よろしく。と。
その日の夜、タイミング良く航からメールが来た。来週の土曜日に会いたいとの誘いだった。千暎は少しばかり気が重かったが、航に会いたい気持ちが高まって行くのがわかる。
千暎は航に話す決心をした。