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変化3

 博章とは、あれから数回会っていたが、航に出会った事で、千暎は博章と会う事は止めようと思っていた。博章から連絡がある時は、決まって彼の事を考えている時だ。その日も、そうだった。まるで、自分の心を読まれているかのように。



 千暎は今日を最後にするつもりで、博章のされるがままに抱かれた。


「今日の千暎はおとなしくないか? 具合でも悪いの?」


「あ、うううん……、具合は悪くないよ…」


「具合は? じゃあどこが悪いのかな?」


「博章さん……。あたし、博章さんに会うのは……今日で終わりにしたいの……」


「ん? どうして? 好きな男でも出来たのか?」


「まだ……だけど……。でも、好きになる予感がする男性(ひと)がいるの……」


「千暎の好きな男性(ひと)は僕なんじゃないの?」


「それは……。多分、好き……って思い込んでただけなんだと思う。そう思う事で、満たされた気分になってたっていうか……」


「思い込んでた? それでよく僕の子供を産んでもいいとまで言えたもんだね?」


「ごめんなさい!! ホントにごめんなさい……。無責任な事言ってしまったって、反省してる……。博章さんがあたしの事、気に入ってくれてたみたいだったから、調子に乗ってしまって……。だから、その時は博章さんしか見えてなかったの……」


「今は違うってわけか……。だからか? だから最近益々きれいになったんだな?」


「まさか……、そんな事ないよ!」


「その男は千暎を満足させてくれてるのか? 僕よりも?」


「――――――――!」


「どうなの?」



 答えられるわけがない。



「その男性(ひと)とは……、気持ちで繋がっていられるような男性(ひと)って言うのかな……」


「千暎? 確かに僕は忙しくて君とはなかなか会えない。でも僕にとって千暎は、理想の女性なんだ。千暎を抱くことが、今の僕に生きる力を与えてくれるんだよ。僕からその活力を奪わないで欲しいな~」


「そんな……。理想とか、活力とか……、そんなこと言われても、それは博章さんの気持ちであって、あたしの力ではどうする事も出来ないよ……」


「千暎に彼氏が出来ようが、そんな事僕は気にしない。僕が千暎を誘うのは、年に数回ぐらいなもんだよ? そのくらいなら、彼氏にバレることなんかないだろ?」


「回数の問題じゃないよ!」


「そんな深く考えなくていいんじゃないか? 千暎に彼氏が出来れば、もっときれいになった千暎を抱けるし、僕にとっては大歓迎だよ。たまには違う快感を味わうのも悪くないよ?」


「――――! 本気なの? 本気でそんな事思ってるの?」


「僕は、いつだって本気だって、言ったでしょ?」


「博章さんには守るべき奥さんがいるじゃない? もう会っちゃいけないんだよ……」


「そんな事は初めから承知の上だったじゃないか」


「そうだけど……。その時は自分の事しか考えてなかったから。それに、博章さんが好きなのはあたしの身体だけでしょう? 抱きたい時にだけ呼び出されるなんて、まるでデリ嬢だよ……」


「じゃあ、払おうか? いくら欲しい?」


「――――! 冗談言わないで!」


「冗談なんかじゃないさ。それで君が僕に会いに来てくれるなら、いくらでも払うよ」


「やめてよ…………。そんな言い方…………」


「千暎……、時々でいいんだ…。ほんとに時々で。僕に活力を与えてはくれないかな?」博章は優しい眼差しで千暎を見つめる。


 そんな眼で見ないで……。心が揺れるから……。


「あたしは変わりたいの。いつまでも身体だけを求められるのはイヤ! 心ごと愛されたいと思うようになったのよ。だから、ひとりの男性(ひと)だけと真剣に恋愛と向き合ってみたいと思ってる。こんな気持ちになったのは、ほんとに初めてで、だからこのチャンスを逃したくない。だから、だからね、博章さんと会う事はもう……出来ない……」


「千暎らしくないな~。君はそのままがいいのに」


「今までが勝手すぎたのよ。間違ってたとは思いたくないけど、変わらなきゃいけないと思ってる……」


「そうか……。時々でもダメなのか?」 


「うん……」


「どうしても?」


「うん……」


「僕が千暎の身体だけじゃなく、すべてを好きだって言っても?」


「……うん……」


「ほんとにいくらでも出すよ。なあ、いくらならいい?」


「――――! 」千暎は思わず手を上げ、博章の頬を叩く勢いだった。博章がその手を掴む。


「わかったよ、千暎。どうやら千暎の決心は固いようだね。これ以上頼んでも無駄なようだな。だったら仕方ない。千暎の好きにさせてあげるよ。…………その前に、餞別代わりにちょっと見て欲しいものがあるんだ」


「餞別?」


 博章がTVのリモコンを操作すると、博章と千暎の行為が映し出された。


 ――千暎は驚愕する。


「――――――!! 何よ……これ……………………」


「良く撮れてるだろ?」映像はうまい具合に千暎だけにあてられ、男性が博章だとは全くわからない。


 千暎は怒りで震えがなかなか止まらなかった。


「いつの間にこんな事…………」


 映像はかなり過激なものだった。


「いや……。やめて!! やめてよ!! もう()めてっ!! こんなもの…………一体……どうするつもり?」


「千暎が僕の誘いを拒否しない限りは、どうもしないよ?」


「拒否しない限り? …………。拒否……したら?」


「さあ? どうするんだろうね? 僕の名を叫んでる音声を消せば、相手が僕だとはわからなくなる。そうなれば、どこにでも出せちゃうよね?」


 千暎は愕然とする。


「――――――。信じられない……。博章さんがそんな人間だったなんて…………。最低――――。最低だわ……。あなたがこんな卑劣な真似するような小さな男だとは思わなかった! 見損なったわよ! ……そんな男に抱かれて喜んでた自分が、悔しくて情けない! これをネット上にでもあげるっていうの? それとも売る気? そうやって何人もの女性を脅して来たってわけ? あなたはお金に困ってる人じゃないはずよ?」千暎は激しく怒りをぶつけた。


 博章は無言のまま、暫く千暎を見ていた。そして、ベッドの脇に置かれていたワインを飲み干すと、いきなり笑い出した。


「ふっ…………。ハハ……ハハハハッ!! やっぱり千暎は最高だよ! 君がこれ見たら、どんな反応するかと思ったら、泣き叫んでひれ伏すどころか、僕を小さな男だと罵った。更には自分が情けないとまで言う。嬉しいよ。見事に期待を裏切ってくれて」


「………………? な……に……? あたし、試されてたの?」


「試したわけじゃない。僕の作品を見て欲しかっただけさ。僕はね……、初めて千暎を抱いた時から、こんな日が来る事はわかってたよ。だから、千暎を僕の中に留めておきたかった。僕のコレクションのひとつにしたかったんだ。千暎が僕から去ったとしても、千暎を感じられるようにね。まさかこんなに早くその日が来るとは予想外だったけど」


「…………。ひどいよ、コレクションだなんて……。だからってこんなのイヤだよ。こんなものを博章さんに見られてると思うだけで……耐えられない!」


「会えないんだったら、それくらいは許してもらわないと。僕にとっての唯一の活力源なんだから。僕しか見ないんだからいいだろ?」


「いいわけないよ!」


「僕は千暎の事、ほんとに好きなんだ。だから君が困るような事はしたくない。僕はそれなりに立場がある人間だからね。千暎が僕の秘密……例えば、この部屋の事なんかも含め、誰にも口外さえしなければ、他人の目に晒される事はないさ」


「十分困るようなことしてるじゃない! もし……、口外したら?」


「ふっ……、君は賢い()なんだから、そんなリスクをおかすような事はしないだろ? たとえこの先、君が退職したとしても、この映像は残ったままだからね。僕の人間関係の広さを甘くみない方がいいと思うよ」博章は少しばかりほらを吹いた。

 

「博章さんは、やっぱり大きい人なのね。素晴らしいんじゃなくて、ゲス的な意味で」


「くっ、くっ、……。その千暎の勝ち気なところがたまんないね~。僕の目に狂いはなかった。千暎の男を見定める力もなかなか悪くない。自信持って行ったほうがいい。きっと、今好きになりかけてる彼は、千暎にとって、大きな存在になるよ。僕の大きさとは全く違う意味でね……。悪かった……。苛める事ばかり言って……。ひとつだけ反論させてもらうけど、僕がこんな事したのは、今の妻だけだ。でもそれは、僕が生き延びる為の最終手段だったんだよ……」


「博章さんて……、もしかしたら、一匹狼で生きて来たの? ほんとは寂しがりやな人なんじゃない? いくつもの屈辱も受けて来た。違う? ……だからって、あたしはこれ以上あなたの事、詮索はしないけど……」


「ああ、そうだな。詮索なんかしないほうが、君にとっては懸命な選択だ」


「博章さん……」


「千暎――。お願いがある……。最後に思いっきり僕に甘えてくれないか? 千暎の身体の感触を、しっかり僕に植えつけて欲しいんだ」


「イヤよ! また撮るつもりなんでしょ?」


 博章が首を横に振る。「まさか。もうやらないって! だから安心して」


「ウソじゃないよね?」


「やらないって言っただろ?」


 博章はワインをグラスに注ぎ、口に含むと、千暎の口の中に流し込む。


「僕たちはこのキスから始まったんだ……」博章の顔は、あの時に戻っていた。


 千暎は彼を信じ、言われるがままに抱かれた。


「千暎は僕にとって、最初で最後に愛した女性になるだろうな……」


「最後だなんて、そんなことないでしょ? でも最初ではないはずよ?」


「いや……、最初なんだ……。千暎が言った一匹狼で寂しがりやっていうのは、正解と言っていい……。それに、僕が好きなのは千暎の身体だけじゃないよ? それだけは信じて欲しい……」


「……博章さん……」


 千暎はそれ以上聞くことはなかった。

 博章は、これからはまた上司に戻るよと言って千暎を見送った。せめてタクシー代ぐらいは払わせて欲しいと言いながら…………。



 ひとりになった博章は、グラスに少量のワインを注ぐと一気に飲み干し、ソファにもたれ掛かりながら呟いた。


「これでまた、最高なコレクションが作れたな。千暎……、感謝するよ。君に乾杯だ」


 博章は、部屋に設置してある数台の隠しカメラで、しっかり録画していた。しかし、今度は無修正のまま残すことに決めていた。自分ひとりの密かな楽しみのために…………。




 千暎はホテルを出ると、部屋の方に視線を向けた。千暎には、最後の営みを博章が収めないわけはないだろうと、確信めいたものを感じていた。


『博章さん、最後の千暎は良く撮れた? 相当頑張ったんだから、しっかり活力源にしてよね……。あたしはあなたを信じるよ。そして、博章さんに抱かれた事は一生忘れない。あなたは本当は優しい人。きっと、ひとりでずっと闘って這い上がってきたんでしょ? 初めて愛したのが奥さんじゃなくてあたしだって言ったのは、奥さんが、今のあなたを作るために必要な手段だったからなんだね……。だから別れる訳には行かないのよね? あたしがきれいになったのだとしたら、それは博章さんのお陰だよ。でも、まさかあんな趣味があったとは、正直ビビッたけど……。あなたが非道な人間じゃない事はわかってる……。信じてるから。博章さんの事。そして、自分自身の事も信じたい! だから、博章さん? 裏切ったら、刺しちゃうかもよ!』



 千暎は、心の中で博章に言葉を投げかけると、タクシーに乗り込んだ。




 そんな千暎をじっと見つめる、ひとりの男がいたとは知るはずもなかった…………。





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