僕たちは高台で手を繋いだ
「途中の看板で見た海野台公園って、ザ・公園って感じなんすかね?」
彼はそう呟きながら車のエンジンをつけると、暖房を全開にした。
「さぁ、どうだろう。時間もまだあるし……今日はそこにしようか」
「了解っす。ひさびさにブランコとかやりたいんすよねぇ」
「僕の想像だと、ただの緑地みたいなもんじゃないかな」
僕たちは外回りでB市に来ている。午後まで押すと思われた用事も午前のうちに済んでしまい、そのまま現地の食堂でお昼をとった。それでもまだ、帰社には余裕がある。
こんなとき、僕たちはいつもどこかをふらふらしている。彼との外回りは、もはやそっちがメインだ。サボりと言われればそうかもしれないが、やるべき仕事はきちんとやっているはずだ。無駄な移動でガソリンを消費しているのは認めるが、そんなの僕の知ったことではない。
それで、今日のふらふら先は彼の提案で、海野台公園とやらに決まった。
彼はもう、僕の立派な共犯者だ。最初こそ「ほんとにいいんすかね? これってサボりなんじゃ……」と戦々恐々していたのに、今や「今日はどこ行けそっすかね?」とボヤくほどだ──そんなふうに彼を染め上げたのは、他でもない僕なのだが。
「ナビした方がいい?」
「いや、なんとなーく分かりそうなんで! とりあえず、行けるところまでは自力で!」
* * *
「結構、高いところにあるんすねー」
その公園は高台にあるらしく、僕たちの車はカーブの続く坂道をのろのろと登っている。民家は少なくなり、その代わりに車窓からは暗い雑木林ばかりが見える。その景色の変化に、ついさっきまでブランコに乗りたいと言っていた彼の顔は明らかに曇っていた。
「こんな感じだと、先輩の言ってたパターンすかね」
「結構上ってきたんだ、景色ぐらいはいいんじゃない?」
彼が期待する、ザ・公園というのはシーソーやブランコのある、いわゆる児童公園というものだろう。ただ、そんなものがこんな人気のない場所にあるとは僕にも彼にも思えなかった。
「あ〜……」
「まぁ、残念だったね」
公園とは名ばかりのだだっ広い砂利の駐車場に僕たちは行き着いた。ただ、やっぱり高台なだけはあって、駐車場の奥は展望エリアとして整備されているようだ。といってもそれも、地面はコンクリートで固められ、端には落下防止の安全柵、そしてほぼ廃屋のような東屋がポツンと建っているだけだった。
お子様は満足できないだろうけど、こういう場所は同じような境遇の人間にはもってこいだ。その証拠に先客が二台停まっている。
岡山工業所と書かれた営業車では、ダッシュボードに投げ出された足だけが見える。もう一台は、社名は特に書かれていない県外ナンバーの車。その中に人影はない。東屋の影でタバコを吸っている男が、おそらくそうだろう。
僕たちの車に社名は入っていない。だからこうやって、気のゆくままに、堂々とふらふらすることができる。
「すごい停め方だね」
「だって、線とかないし、停め放題だからいいかなって」
彼はめちゃくちゃな駐車をした。これが普通の駐車場なら、僕たちの一台で三台分は占めているだろう。
さっそく車外に出た彼は、寒さに肩をすくませている。
「さみーっ! やっぱ雪でも降るんすかね」
彼が歯を剥き出しにしているのを見て、僕は外の寒さを覚悟する。飲みかけの缶コーヒーを片手に車を降りた。雪の降る前触れのような寒さが頬や首元を刺し、乾いた空気が鼻腔に染みる。
彼の寒さに縮こまった背中は、安全柵の方へ向かっていた。僕が車のドアを閉めると、その音に彼は振り返り、リモコンキーで車を施錠した。そしてそのまま、寒さに歪めた笑顔で、僕が追いつくのを待っている。
僕たちは、蜘蛛の巣の張った安全柵から景色を眺めた。民家と低いビルが密集する中に、B市役所と思われる建物も見える。この中のどこかに、昼食をとった食堂もあるだろう。そして、僕の目線と並ぶ水平線。冷え込んだ重い曇り空とその境界は曖昧になっている。
東屋から、男の吸っているタバコのにおいが僕の方へ流れてきた。僕は缶コーヒーの残りを飲み干した。僕は缶コーヒーの飲み残しを美味いと思ったことはない。
「一服していい?」
「どーぞ、おかまいなく」
僕は上着のポケットからタバコを取り出す──一口目を吸って、煙を吐いた。その一部始終を彼は見ていた。
「やっぱ、こういうところで吸うと美味いんすか?」
「悪くはないかな」
「俺も吸ってみようかな」
「せっかくキレイな肺なんだ。そのままにしといたら?」
「たぶん、そんなキレイじゃないと思いますよ。だって、今もこうしてるじゃないすか。えーと……自動喫煙?」
受動喫煙……そう思いながら、僕は灰を缶の中に落とした。
「別に、俺のそばで吸わないでほしいとか。そういうの、ぜんぜん思ってないんで」
「そう。なら良かった」
僕が一服し終えるころ、東屋の男は車に戻り、公園から去って行った。もう一方の営業車も、相変わらずダッシュボードに投げられた足しか見えない。
ここにいるのは僕たちだけ、みたいなものか──。
……僕は、彼の手に指を絡ませたくなった。
僕と彼は、その組み合わせ上、外で手を繋ぐのが難しい。そんなこと、気にしないやつもいるかもしれない。
でも、僕は気にする。
手なんて、家や車の中でいくらでも繋げるし、別に僕だって、いつでもどこでも彼と手を繋ぎたいというわけでもない。
ただ僕は、この冷たい空気のもとで彼とそうしたい。
今、そうしたくて、たまらなくなってしまった──。
彼は遠くの町並みと柵の下に広がる雑木林を交互に眺めている。都合のいいことに、左手を無防備にだらりとさせている。
僕はタバコくさくなった利き手を、彼の大きな手と長い指に擦りつけるように絡ませてみた。
皮膚の薄い、筋っぽくて、ちょっと湿った手。手汗をかきやすいとよく言っていた。僕の知っている、彼の手だ──今は、冷えている。この冷たさを知るのは初めてだ。
不意をつかれた彼は一瞬、びくりと固まった。僕と目を合わせたかと思えば、すぐに周りをキョロキョロと見渡した。
──ばかだなぁ。見られていたら、こんなことするわけないじゃないか。知っているだろう?
「誰も見てないよ」
「そ、そっすよね……どしたんすか、急に」
「別に。こうしたかったから、そうしただけさ」
「はあ」
彼はドギマギしながらも、僕の手をしっかりと握り返していた。彼の手はすぐに湿った熱をもち、それが僕に伝わってくる。
「……汗かいてる」
「こんなの……誰だってかきますよ」
雲は重さを増し、辺りは少し暗くなった。風が僕の頬を冷ます。
彼がさらに強く握る。僕も握り返した。
──ああ、僕はもう、自分からは逃げられないだろう。




