スキル「超パワー」と「難度判定」を手に入れた最強主人公。〜俺は別に英雄になんてなりたくないんだが……?
『ピコん』
俺──修也が小学三年の夏休みに親に叩き込まれて以来、毎日欠かさず行っている朝の歯磨き。
何も考えずとも自然と洗面台の前に足を運び、口を濯ぐ。そんなルーティン中に、聞き慣れないシステム音が聞こえた。
『この通知は、あなた一人にのみ聞こえています』
「お兄ちゃーん。さっさと退いてよ。私も使うんだけど」
「わりいわりい」
文句に応えるため水道を止めてその場を離れる。妹の反応を見るに、本当に俺にしか聞こえていないというのは嘘ではないらしい。
『あなたはスキル「超パワー」と「難度判定」を手に入れました』
スキル? スーパーパワー? まるで、ありふれたゲームの世界観に入り込んでしまったみたいだ。
『「超パワー」は常人離れした身体能力を、「難度判定」はある行動に対しての難易度を判定するスキルです。難度判定を使用する際は、脳内で問いかけることがトリガーとなります』
『以上で解説を終了します』と、ぶっきらぼうで捉えどころのない人工音声のような声が告げる
と、数十秒前の静寂が戻ってきた。
超パワーに難度判定。どういうことだ?
そもそも脳内で問いかけると言っていたが、にわかには信じがたい。
(……俺が朝の支度を終える難易度は?)
馬鹿らしいとは思いつつ脳内で問いかけると、即座に返答があった。
『難易度:易。直下型地震などの考えにくい大災害が起こる可能性を除けば、ほぼ確実に終えることができるでしょう』
すらすらと言葉が流れてきて、思わず目を見開く。耳を介さずに言葉が聞こえるなんて変な感覚だが、それ以上に「スキル」というものが真実である事実に驚いた。
これは、楽しいことになりそうだ。
…………
「なあ、俺がスーパーマンになったと言ったららどう思う?」
「とうとう頭がイカれたなって思うな」
小学校からの親友、智樹と登校中にそんな無駄話をしていた。
「じゃあさ、これ見ろよ」
俺はポケットから十円玉をおもむろに取り出す。
「それがどうした?」
俺は指先で硬貨を軽くつまむ。すると、それはまるで薄いゴムかのように綺麗に折りたたまれてしまった。
「マジ!? いやいや、手品用のやつか?びっくりさせやがって」
「嘘だと思うんなら、お前のも曲げてやるよ」
智樹が財布から出した十円玉も軽く曲げてやる。
「ガチかよ。俺がどうやってもビクともしねえのによ……」
智樹は両手で硬貨と格闘しているが、当然曲がるわけもない。
「……俺、お前のこと信じるわ」
「よろしくな。今日から俺はスーパーマンだから、そこんところ宜しく」
わざとらしく胸を張り、握手の手を差し出す。
「それじゃあ早速、曲げた十円返して? 握手とかいいから。金欠で一円も無駄にできねえんだわ」
…………
朝のホームルームが始まり、暇な時間が訪れる。いつもなら窓の外でも眺めて時間を潰すのが恒例だが、今日の俺には確かめたいことがある。
(なあ、難度判定っていうけど、難易度の段階は具体的にいくつあるんだ?)
これからお世話になるであろうスキルの仕様確認だ。
『段階は、易、並、難、超難の四段階が存在します』
なるほど。欲を言えばもっと細かい判定が欲しかったが、まあ良いだろう。
(じゃあさ、俺が今好きなクラスのマドンナ、さゆりちゃんに告ったら付き合える難易度は?)
半分冗談で聞いてみた。だが、返ってきたのは──
『難易度:易。既に互いに惹かれ合っている状態であり、また社会的・地理的要因など、二人を阻む壁も存在しないことから、かなり高い確率で成功すると考えられます』
マジか!? まさかの楽勝とは。
(じゃあさじゃあさ、付き合ったら俺たち上手くいくか?)
『難易度:並。趣向や話題は共有できますが、男女の仲の先行きは一概には言えないというのが通説です』
放課後、告ろう。それしかない。
ただ、今のところ判定が「並」までしか出ていないのが少し気がかりだ。告白が「易」だったのは嬉しい誤算だが。
(そんじゃ、馬鹿らしいことを言うけど……俺が世界征服できる難易度は?)
自分で言っていてアホらしくなる。流石にこれは──
『難易度:難。修也はスキル「超パワー」により、中規模国家の軍事力に個人で匹敵するため、「超難」とは言えずとも、いくつかの現実的な方法が考えられます』
逆に……俺に何ができないっていうんだ!?
込み上げる全能感に、ニヤけた笑みを浮かべずにはいられなかった。
…………
「でさ、難度『易』って出たからさゆりちゃんに告ったら、バッチリOK貰えたわけよ。マジやべえわ」
「羨ましいなあ。お前、もうできないことなんて無いだろ」
「だろだろ? 俺は世界の覇者になったわけよ」
二人で浮かれながら歩く。俺の気分はまさに絶頂だった。
「そんな凄え力、人助けとかに使ったりすんの?」
馬鹿な質問だ。
「あはは、なんでそんな英雄気取りしなきゃいけないんだよ。俺は私利私欲のためにこのチート能力を使うことを、ここに宣言しまーす!」
「ヤッバいわー。さすがお前って感じ」
そう、なぜわざわざ人助けなんて面倒なことをしなきゃいけないのだ。俺はアメコミのスーパーヒーローになる気なんてさらさらない。
とりあえずは目先のこと、まずはさゆりちゃんだな。
(なあ、俺がデートに誘ったとき──)
その時、前を歩いていた智樹の姿が消えた。
つんざくような金属の擦れる高い音と衝撃が辺りを震わせ、そして、不自然な静寂が訪れた。
な、何が起こった?
頭が真っ白になって動かない。今の音はなんだ? なんでトラックが塀に突っ込んでいる?
智樹は……どこだ?
「智樹!!」
正気に戻った俺は辺りを見渡す。トラックの足元に、黒い塊が見えた。
嫌な予感を振り払うように、俺はその塊へ駆け寄った。
…………
辺りはもう暗くなっていた。どこまで歩いてきただろうか。何も考えられず、ただ足を止めたくなかった。
果てしなく長く感じられた時間の後、救急車が到着した。
情けない声を出しながら縋り付いたが、「午後四時三十二分、死亡確認です」という一言が耳に入ると、野次馬の好奇の目に晒されることに耐えられなくなった。
いつまで走っても疲れない。早く疲れてしまいたいのに、いつまで経っても息が上がることすらない。
(俺はいつになったら疲れるんだ!)
『難易度:並。スキル「超パワー」の影響により、走行という行為で「疲れ」に該当する身体状態まで追い込むことは困難です。より負荷の高い運動をお勧めします』
スキルの声を聞いた瞬間、何かの糸が切れたように、その場へヘタリと座り込んでしまった。
夕闇が街を染め、遠くに明かりが灯り始めている。
(なあ……俺は、智樹を助けられたのか?)
『難易度:易。スキル「超パワー」の効果を踏まえると、周囲に注意を払ってさえいれば、トラックを持ち上げる、また対象を引き留める等の行為で衝突を回避することは容易であったと考えられます』
視界が黒く染まる。息ができない。ただ無機質な声が頭の中でリフレインする。
(俺が、智樹を生き返らせることは……)
『難易度:超難。現在の科学技術では故・智樹の身体的状態は蘇生不可能です。また修也の持つ科学知識も平均的な高校生程度であるため、科学の飛躍的発展に期待するこもできません。蘇生の定義を電子情報的な範囲まで拡大して再検討しますか?』
(いや、いい……)
俺は……助けられたはずの人間を、殺したんだな。
(……この記憶を、忘れることはできるか)
『難易度:難。親しい友人の死を目前で体験したことから、修也の脳にはトラウマに近い深さで刻まれていると考えられます』
これは、俺がなりたくもない「英雄」になる物語だ。




