第61話 引き受けすぎた人
翌朝、
町はいつも通りに動き始めた。
いや――
動こうとして、
止まった。
「……どうします?」
倉庫の前で、
声が上がる。
小さな問い。
だが、
皆の視線が
一斉に向く先は
同じだった。
レオンは、
すでにそこにいた。
呼ばれたわけではない。
ただ、
来てしまった。
「今日は、
運びますか?」
「水の配分、
変えます?」
「炊き出し、
量を増やすなら
今だと思うんですが」
問いは、
次々と投げられる。
どれも、
小さい。
どれも、
今日中に
答えなくても
世界は壊れない。
――だが、
答えがないと
動けない。
「……少し待ってください」
レオンは、
そう言った。
珍しい言葉だ。
一瞬、
空気が揺れる。
だが、
誰も反発しない。
待つことには、
もう慣れている。
彼は、
地面に視線を落とす。
考えている。
いや――
選別している。
今、
どれに答えるか。
どれを
先送りにするか。
(……全部は、
無理だ)
その考えが、
初めて
はっきりと
形になる。
だが、
口には出さない。
「水は、
今日はこのままで」
「運搬は、
午後から」
「炊き出しは、
昨日と同じ量で」
答えは、
どれも
無難だ。
間違いではない。
人々は、
安堵したように
動き出す。
流れが戻る。
それを見て、
レオンは
小さく息を吐いた。
その瞬間だった。
「……じゃあ、
こっちは?」
別の問いが
飛んでくる。
止まらない。
私は、
少し離れた場所から
それを見ていた。
昨日の対話は、
何も変えていない。
それでいい。
構造は、
言葉一つで
変わらない。
昼。
レオンは、
食事を
ほとんど取らなかった。
誰かが
声をかける。
「後でで
いいですよ」
優しい言葉。
だが――
後で、
という時間は
もう残っていない。
午後。
判断が、
再び集まる。
小さな確認。
小さな相談。
小さな依頼。
どれも、
断る理由がない。
「……大丈夫ですか」
若い女が
心配そうに
声をかける。
「顔色が、
よくない」
「問題ない」
即答。
彼自身、
そう信じている。
夕方。
ようやく
人が引く。
レオンは、
木箱に腰を下ろす。
肩が、
わずかに落ちている。
それだけだ。
倒れない。
崩れない。
だからこそ、
誰も止めない。
私は、
近づかなかった。
声もかけない。
ここで
「休め」と言えば、
それも
彼の判断になる。
レオンは、
空を見上げた。
「……今日は、
答えすぎたな」
誰にともなく
呟く。
だが、
明日も
同じことをする。
そう分かっている。
彼は、
責任感で
引き受けているのではない。
恐怖でもない。
空白が生まれるのが
怖いだけだ。
判断がない時間。
動かない時間。
誰かが
困る時間。
だから、
彼は
答え続ける。
自分が
限界だと
認めない。
認めれば、
止めなければ
ならないからだ。
夜。
焚き火の数は、
また増えた。
人々は、
安心している。
今日も
決まったからだ。
私は、
その光景を
静かに見た。
引き受けすぎた人は、
称賛されない。
だが、
必要とされる。
それが、
一番
やめにくい形だ。
この町は、
今日も回った。
だが、
回った理由は
一つしかない。
誰かが、
全部を
引き受けたからだ。
それが続けば、
いつか
必ず
何かが
こぼれ落ちる。
その予感だけが、
夜に
静かに残っていた。
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