第111話 越えてはいけない線
「助けてくれ!」
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その声は、夜を裂いた。
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縄の向こう。
中央区域。
火の揺れる中で、
一人の男が叫んでいる。
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「水が足りない!」
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声が掠れている。
何度も叫んでいるのだろう。
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レオンが一歩踏み出す。
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私は言う。
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「越えるな」
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短く。
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彼が止まる。
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「だが」
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その先は言わない。
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言えない。
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あの向こうには人がいる。
火に囲まれている。
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それでも、
越えれば構造が崩れる。
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この実験の意味が消える。
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「くそ……!」
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レオンが拳を握る。
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マルタが低く言う。
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「聞こえてる」
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一拍。
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「全部」
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その声は冷静だ。
だが、
指が震えている。
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男の叫びが続く。
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「頼む!」
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子どもの泣き声も混じる。
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空気が重い。
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倉庫番が言う。
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「ルールだ」
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短い言葉。
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だが、
重い。
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「干渉しない」
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それが前提だった。
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だから比較できる。
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だから意味がある。
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だが、
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「人が死ぬ」
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ルーカが言う。
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その言葉は、真っ直ぐだった。
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誰も否定できない。
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私は火を見つめる。
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構造は正しい。
理論も通っている。
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だが、
目の前で
人が助けを求めている。
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その時だった。
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「行く」
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誰かが言った。
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若い男。
分散側の住人だ。
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「止めろ」
レオンが言う。
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「止めない」
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男は縄に向かう。
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「向こうに家族がいる」
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その一言で、
誰も動けなくなる。
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男は縄を越える。
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それだけで、
何かが壊れる音がした。
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中央側に走る。
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誰も止めない。
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止められない。
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レオンが言う。
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「……いいのか」
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私は答えない。
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答えられない。
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ルールは破られた。
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だが、
それは間違いなのか。
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中央側で、
水が運ばれる。
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火が少し収まる。
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叫びが減る。
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助かった。
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確かに、
助かった。
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だが、
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境界線はもう
ただの縄ではない。
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ルールは、
破られた。
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レオンが言う。
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「これで比較はできない」
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倉庫番も頷く。
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「意味が変わる」
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マルタが言う。
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「でも」
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一拍。
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「助かった」
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沈黙。
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どちらも正しい。
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どちらも間違っている。
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私はゆっくり言う。
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「構造は」
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一拍。
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「人を守るためのものです」
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火が揺れる。
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「人を捨てるなら」
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言葉を選ぶ。
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「それは構造ではない」
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レオンがこちらを見る。
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初めて、
迷いが伝わる。
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その時だった。
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中央側から声が上がる。
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「止まった!」
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火が消え始めている。
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静寂。
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助かった。
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だが、
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その代償は何か。
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ルールは破られた。
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実験は、
もう
同じ形では続かない。
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風が吹く。
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境界線の縄が揺れる。
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それはまだ、
そこにある。
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だが、
意味は変わった。
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この夜で、
構造は
一度
人に負けた。
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