彼岸花の咲く土手で
彼岸花が、咲いておりました。
まるで、あの日のままです。
真っ赤に燃えるように、土手の斜面を埋め尽くしていて……
思わず、足が止まりました。
先生。
あなたは、あのとき言いましたね。
「ここは地獄ではない」
「いつか終わる。生きて戻れたら、またここに来よう」
「もし叶わなければ……誰かが、思い出してくれれば、それでいい」と。
あれは、夕暮れの演習帰りでした。
汗に濡れた鉄帽、潰れた足の裏。
心の中では何度も「もう嫌だ」と叫んでいた私に、
先生は、何も言わず、ただ歩幅を合わせてくださいました。
ふと足を止め、土手に咲いた花を見て、
ぽつりと、こうつぶやかれたのです。
「俺は、この赤い花が嫌いじゃないんだ。
毒があるって言うが、咲いてるのは、だいたい道端か土手だろう。
誰に見られずとも、踏まれても、また咲く。それがいい」
そして、帽子を脱ぎ、落ちていた葉を一枚、縁に挟んで笑いました。
「これで少しは洒落者に見えるかな」と。
私は、黙ってそれを見て、なぜか泣きそうになって……
「はい」とだけ、返したのです。
——それが、先生と交わした、最初で最後の約束でした。
けれど先生は、部隊と共に南の島へ送られ、二度と戻ることはありませんでした。
遺骨も、遺品も、ありません。
名前さえ、どこかの名簿に埋もれたまま。
家族に伝える術もなく、誰にも悼まれず、戦争は終わりました。
けれど、私は忘れておりません。
いいえ、今もなお、心に残っております。
こうして今、土手に立ち、赤い花を見つめているのは、
あの日の約束を、果たしに来たのです。
夕暮れの風が吹き、あの時と同じ匂いがします。
——先生を、胸に刻むために。
私は、生き延びてしまいました。
情けなさも、悔しさも、あります。
けれど、こうして振り返ることができるのは、
先生が、最後まで私を「人」として見てくださったからです。
どうか……この声が、ほんの一片でも届いてくれたなら。
誰にも知られずとも、私は、
あなたのことを、忘れはしません。
今年も、赤い花が咲いております。
……土手の斜面を、染め上げるように。
その景色のどこかに、あなたも立っておられる気がしてなりません。




