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彼岸花の咲く土手で

作者: 蜂屋
掲載日:2025/10/20


彼岸花が、咲いておりました。


まるで、あの日のままです。


真っ赤に燃えるように、土手の斜面を埋め尽くしていて……


思わず、足が止まりました。


先生。


あなたは、あのとき言いましたね。


「ここは地獄ではない」


「いつか終わる。生きて戻れたら、またここに来よう」


「もし叶わなければ……誰かが、思い出してくれれば、それでいい」と。


あれは、夕暮れの演習帰りでした。


汗に濡れた鉄帽、潰れた足の裏。


心の中では何度も「もう嫌だ」と叫んでいた私に、


先生は、何も言わず、ただ歩幅を合わせてくださいました。


ふと足を止め、土手に咲いた花を見て、


ぽつりと、こうつぶやかれたのです。


「俺は、この赤い花が嫌いじゃないんだ。


毒があるって言うが、咲いてるのは、だいたい道端か土手だろう。


誰に見られずとも、踏まれても、また咲く。それがいい」


そして、帽子を脱ぎ、落ちていた葉を一枚、縁に挟んで笑いました。


「これで少しは洒落者に見えるかな」と。


私は、黙ってそれを見て、なぜか泣きそうになって……


「はい」とだけ、返したのです。


——それが、先生と交わした、最初で最後の約束でした。


けれど先生は、部隊と共に南の島へ送られ、二度と戻ることはありませんでした。


遺骨も、遺品も、ありません。


名前さえ、どこかの名簿に埋もれたまま。


家族に伝える術もなく、誰にも(いた)まれず、戦争は終わりました。


けれど、私は忘れておりません。


いいえ、今もなお、心に残っております。


こうして今、土手に立ち、赤い花を見つめているのは、


あの日の約束を、果たしに来たのです。


夕暮れの風が吹き、あの時と同じ匂いがします。


——先生を、胸に刻むために。


私は、生き延びてしまいました。


情けなさも、悔しさも、あります。


けれど、こうして振り返ることができるのは、


先生が、最後まで私を「人」として見てくださったからです。


どうか……この声が、ほんの一片でも届いてくれたなら。


誰にも知られずとも、私は、


あなたのことを、忘れはしません。


今年も、赤い花が咲いております。


……土手の斜面を、染め上げるように。


その景色のどこかに、あなたも立っておられる気がしてなりません。

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