読解訓練
寮ラウンジ。丸テーブル×3、輪っかライトは弱。張り紙に『静粛』とあるけど、完全沈黙ではない。
水差し、紙コップ、砂時計(15分)。
「今日の読み方ドリル、三ラウンド。選ぶ→理由→呼吸。無茶はしない」ルナが砂時計を逆さにした。
「了解。胃評議会は満場一致で賛成」(議長・舌先は休会)
「いいね」楓が親指を立てる。「掛け合いは短文・即答・被せ可で行こう」
「被せ過ぎは却下」ルナ。
◆Round1:短文の読み方(テンポ重視)
プリントの一行目。
『先生は生徒が読んだ本を紹介した』
「三択用意」ルナが指を三本。「係り受け/区切り/主語補い」
胸の中にポコン……。
A:係り受け優先 / B:区切り重視 / C:主語を補う
「B、区切り」——被せ気味に言う。
「理由」
「“先生は|生徒が読んだ本を|紹介した”。紹介の主体=先生を先に固定」
「OK。テンポ良し」
「俺はA」楓が即答。「読んだが本にかかるのを確定させたい」
「OK」ルナ。「別解が立つ=反証の芽。把握」
「Cを選ぶ人も正しい?」
「状況次第で有り」ルナ。「誰がを補うのは安全策」
(Round1、空気あったまった)
◆Round2:条件の範囲(四つ問う)
二行目。
『ここから出たら負け』
「昨日の続き」ルナが軽く頷く。「四つ」
「対象/場所/主体/時間」俺と楓が同時に言って、なぜか笑う。
「では、読んで」
胸の中にポコン……。
A:自分にだけ有効 / B:全員に有効 / C:判定者が別にいる
「C。判定者が別にいる」
「理由」
「“負け”の定義役が必要。自分で自分を負けにしない」
「OK」
「俺はB」楓。「場所=円の外/時間=今からを前提に読んだ」
「OK。前提の宣言、良い」
「Aは?」
「練習モードなら有り」ルナ。「自分のルール運用を検査中、という設定」
◆Round3:図の見方(早口回)
三行目は図。四角と矢印と注釈『→結論』。
「矢印の向き、読む?」楓が先出し。
「読む。けど“注釈は飾り”の可能性あり」俺も被せる。
胸の中にポコン……。
A:図形の関係を言う / B:注釈を信じる / C:両方言う
「C、両方」
「理由」
「図=関係/注釈=主張。一致してたら採用、ズレたら反証」
「OK」ルナ。「一致/ズレの二択、今後も使える」
「Aなら関係→言語化」楓。「Bは主張→検証」
「どちらも筋が通る。選び分けが大事」
◆小休止(早口雑談)
砂時計の砂が半分。水を回す。
「ところでさ」楓が唐突に。
「『先生は生徒が読んだ本を紹介した』の**“先生は”**って、無くても読める?」
「読める。けど誤爆しやすい」
「誤爆」
「紹介役が生徒にすり替わる事故」
「事故、あるある」
「主語は安全柵」ルナがコップを置く。「外すときは責任を持って外す」
「主語と責任、急に重い」
◆Round4:ミニ会話(掛け合い課題)
最後のシートは二人の会話文。短い吹き出しが三往復。どちらの意味かを選ぶ問題。
A「先に行ってて」
B「わかった。急ぐ?」
A「ううん。ゆっくりで」
胸の中にポコン……。
A:本当に急がない / B:遠回しに急かしている / C:相手の体力を見ている
「C」
「理由」
「二行目で相手が確認してる。三行目は否定+速度指定。相手の体調/状況を観察してる会話」
「OK。観察視点」
「俺はA」楓。「字面どおり、安全主義」
「OK。Aは基準」
「Bは?」
「関係に依存。皮肉文化があるなら成立」
◆まとめ(15分)
砂時計が尽きる音もなく尽きた。三人でペンを置く。
「選ぶ→理由→呼吸、維持できた」ルナが短評。
「会話はテンポ良し。被せすぎ注意だけ継続」
「了解」
「了解」
「了解の重複」
「重複の反証」
「反証の過剰」
三連コンボで、ちょっと笑う。
—廊下の方から、足音が一つ。黒鐘イツキが通りかかった。
俺たちのテーブルを見ないまま、水だけ汲んで去る。歩幅は相変わらず速い。
「速い」
「速い」
「用語の重複」
「重複の反証」
「それはもういい」
胸の中にポコン……。
A:この学園で静かに暮らす / B:全力で勝ちにいく
「保留」——でも、前より怖くない。
輪っかライトを弱に落として、椅子を静かに引く。ノートの端に小さく書いた。
『一致/ズレ/責任』
(本日のおみやげ。軽い。持てる)