寮室配属
講堂を出て、白い廊下を曲がる。
案内の矢印は流れ図と同じ細い線で、
ところどころに『寮→』『購買→』みたいな直球の文字が貼られている。
ルナが歩幅を合わせてくれるのはありがたいけれど、俺は内心そわそわだ。
だって、今日から寮……! ベッド! まくら!(昼寝は任意!でもしたい!)
「配属は一人部屋か二人部屋。希望は?」
胸の中にポコン……。
A:一人部屋 / B:二人部屋
(いきなり重い!)「……保留」
「いい判断」
ルナが首だけでうなずく。
「実物を見てから決めればいい」
◆寮の入口
自動ドアがスッと開く。フロントには寮監のお姉さんがいて、名札に霧島とある。背筋がぴん。
笑顔は柔らかいけど、絶対に夜中の廊下を走ったら怒られるタイプ(走らない)。
「新規さんね。書類とカード。門限は二十二時、消灯は二十三時。騒音禁止、火気厳禁、無茶禁止」
「無茶禁止、了解……!」(ここでも!)
カードを受け取ると、手触りが少しざらっとしてて落としにくい素材だ。親切。
霧島さんがベタな地図をくれて、ルートをペンでなぞる。
白い線が二階へ伸びて、突き当たりを右、廊下を三つ超えた先が俺の部屋だとわかる。
「備品点検も忘れずに。足りないものはこのリストにチェックして持ってきて。
今日は入浴は任意、洗濯は不可」
「洗濯、不可……了解!」(つまり今日は洗い物を増やさない!)
◆二階・廊下
階段は低い段差で、手すりは角が丸い。安全配慮ありがたい。途中で楓と遭遇した。
「お、同じ階?」
「っぽい!」
胸の中にポコン……。
A:隣の部屋だといいね / B:まずは自分の部屋を確認
(B! まず自分!)「B!」
「のちほど!」
と手を振って前進。
角を曲がると、白いドアが等間隔に並んでいて、どれも小さな表示灯がついている。俺の番号は203。
カードを端末にピッと当てると、表示灯が緑になってドアがわずかに開いた。
◆203号室(仮)
最初に入ってくるのは空気のにおい。洗いたてのシーツと木の棚の匂いが薄く混ざって、落ち着く。
部屋は白い壁に黒い床、輪っかライト、窓は細長いスリット型。
ベッド、机、椅子、ワードローブ、小さな洗面。壁に備品リストと寮内連絡が貼ってある。
胸の中にポコン……。
A:ベッドを先に確かめる / B:備品チェックを先に終わらせる
(Aは魅力……でもB!)「B!」
チェック表に沿って、一個ずつ声に出す。
「枕、シーツ、毛布、タオル二、コップ一、予備電球一、非常カード一」
——声に出すと、少し安心する。数え終わってペンを置くと、肩がふっと軽くなった。
「よし、次、ベッド!」
座ってみると硬すぎず柔らかすぎず、中庸。仰向けで三呼吸だけ試す……つもりが、四呼吸していた。
危ない! 寝落ちフラグ!
「カイ」
ドアからルナの声。
「部屋の決定、どうする?」
胸の中にポコン……。
A:一人部屋にする / B:二人部屋にする
さっきより胸が静かだ。昼からずっと、人の声がある場所にいた。
帰ってきて、こうして一度だけ静かになった。
「……A。一人でお願いします」
「了解。理由は?」
「今は、静けさがほしい。夜に“ポコン”が来たら、多分うるさいし……」
「正直でいい」
ルナが小さく笑う。
「一ヶ月後に再選択できる。変更希望は霧島へ」
(再選択……! 便利!)
◆寮のルール(ショート)
ルナと壁の掲示を読み合わせる。門限・消灯・水回りの時間。夜間の緊急連絡先。避難経路の流れ図。
動かないのピクトグラム(災害時にエレベータを使わないの意)を見て、さっきのオリエンを思い出す。
「質問は?」
「シャワー、いつなら空いてます?」
「今から行けば空いてる。行く?」
胸の中にポコン……。
A:今すぐ行く / B:まず荷解き
「Bで……! タオル、ハンガー、充電、書類……先に片付けます!」
「いい選択」
◆荷解きタイム
ワードローブに服をかけ、机に筆記具を並べ、連絡先メモを見える位置に貼る。
スマホ(挿すだけの箱みたいな端末)を充電台に置くと、ピッと小さく鳴って、赤いランプが点いた。
ここでも赤い締切……じゃない、充電!
「カイ、記録は?」
「あ、やります!」
ノートを開いて、今日の**“軽い/重い”**を箇条書きにする。
筆記でBを選んだとき軽い、実技で待ったとき軽い、広い歩幅を選びかけたとき重い。
理由も一行ずつ。書き終えると、胸の内側のざわつきが小さくなる。
たぶん、これが“言葉にする”の効果だ。
◆隣室チェック
荷解きがひと段落したので、廊下を見に出る。楓の部屋は205で、二つ隣だった。ノック、コンコン。
「どうぞー」
「引っ越しのあいさつに! 天霧カイです!」
「楓です。あ、同じワードローブ。ということは、同じく中庸ベッド」
「中庸、いい言葉!」
机の上には同じ備品リスト。壁の流れ図も一緒。違うのは、楓の机にミニ観葉があること。
ちょっと羨ましい。
胸の中にポコン……。
A:観葉の名前を聞く / B:感想だけ言う
「A! それ、名前は?」
「ペペロミア。かわいいよ」
「かわいい!」(植物に餓えている!)
◆夕方の呼び出し
寮内放送がポーンと鳴る。
「新入の方は十八時に寮ラウンジ集合。寮規則の読み合わせとキー設定の最終確認を行います」
「行く?」
とルナ。
胸の中にポコン……。
A:五分前行動 / B:定刻どおり
「A! 先に行って席を確保!」
「元気」
◆ラウンジ
ラウンジは丸いテーブルがいくつか。
壁に避難流れ図、掲示板に当番表(ごみ出し/風呂掃除/配膳手伝い)。
霧島さんが入り口でカードのキー設定を確認してくれて、
俺のカードは寮、部屋、ラウンジ、ランドリーが通ることがわかった。
説明は淡々、でも怖くない。見学中心のオリエンと同じ空気。
途中で黒鐘イツキがラウンジを横切ったが、こっちを見ず、やっぱり速い歩幅で消える。
胸がひやっとしたけれど、俺は今日は見ないふりで通す。
◆夜の手前
解散後、部屋へ戻る前に、窓のスリットから空を見た。細い雲。少し冷たい風。
輪っかライトを弱に落として、ベッドに腰をおろす。
ここまでで、倒れてから二十四時間は経ってない。なのに、情報は山ほど来た。
今の自分にできるのは、小さく正しく、それだけだ。
胸の中にポコン……。
A:シャワーして寝る / B:シャワーは明日にして寝る / C:夜更かし
(Cはない!)「A。今日の汗は、今日のうちに!」
シャワーから戻ると、足の裏がぽかぽかして、逆に頭はすっきりしていた。歯を磨いて、水を一口。
輪っかライトをさらに弱にして、ベッドへ。
「おやすみ」
壁に向かってつぶやく。返事はない。静かなのに、寂しくはない。
胸の中にポコン……。
A:この学園で静かに暮らす / B:全力で勝ちにいく
「……保留」
二択はまた薄くなって、待ってくれる。待たれるのはちょっと怖い。
でも、多分、選びどころは今日じゃない。俺は枕を両手で挟んで、息を一回だけ深くした。
(明日の朝も、中庸ベッド、頼むよ!)