入門見学
食堂は白い壁と黒い床、天井はいつもの輪っかライト。
奥の配膳口ではトレーがウィンと流れて、湯気の立つ器が整列していく。
肉!……は重いか。スープ!……は正義だ。ルナが並びながら小声で言う。
「今は軽め。塩分と糖分を少し。胃に優しく」
「はい!(重いのは後で!)」
胸の中にポコン……。
A:甘いパン+スープ / B:雑穀粥+塩昆布 / C:謎の赤い煮込み
(Cは謎! やめとこう!)「Bで!」
トレーに粥と小皿が乗る。塩昆布、ありがたい。席につくと、スプーン一杯目で喉がほっとほどける。
二杯目で胃が仕事を思い出し、三杯目で体温が一段上がる感じ。生き返る……!
「味、どう?」
「うまい……! いや、うまいは正義……!」
ルナは水を一口。
「午後はオリエン。講義じゃなく見学が中心。無茶はしない。眠くなったら正直に言う」
「眠気報告、了解……!」(粥って眠くなるやつ!)
食べ終わる頃、胸の中にポコン……。
A:デザート(小)を足す / B:水だけにする
「B。今は控えます!」
「自制、いいね」
ルナがわずかに笑う。
「じゃ、行こう」
◆オリエンテーション会場
講堂は体育館より少し小さいくらい。
段差の緩い席が半円に並び、前方には白い壇と大きな流れ図(『仮定→手順→結論』)。
天井の輪っかライトが弱く明るい。ざわざわ、でも静か。みんな小声。俺も自動的に小声。
司会の声がスピーカーから落ちてくる。
「新入候補生の皆さん、ようこそ。これより入学前オリエンテーションを始めます。
本日の実演担当はミレイユ教官」
(ミレイユ……! 名前の圧!)
黒髪をきっちりまとめた女性が登壇する。白衣ではなく、落ち着いた紺。
目が鋭いけれど、刺す感じではない。壇上の台に積み木とメトロノームと紙が置かれる。
「こんにちは。私は反証(相手の主張を論理でくずすこと)の担当。
今日は“危なくない実演”だけ見せます。座って見て、聞いて、考える。それで十分」
(危なくない、最高!)
実演1:言い切りをくずす
ミレイユは積み木を三つ積み、ゆっくり言う。
「仮定:一番上積み木は赤い」
壇上カメラが寄る。上はたしかに赤……に見える。
教官は紙を一枚、積み木の手前に立てて、視界を一部だけ遮る。
「手順:見える範囲を変える。結論:『赤く見えただけ』の可能性が残る」
紙を外すと、上は橙だった。ライトの角度で赤寄りに見えていただけ。会場が小さくざわつく。
「言い切りは便利。でも見えたとあるは別。反証は“別の説明”を一つ出せば成立」
胸の中にポコン……。
A:拍手 / B:メモ / C:質問
(まずはB!)「B!」
メモに『見えた≠ある/別解を一つ出せば成立』と走り書き。手は震えない。粥、ありがとう!
実演2:リズムの罠
メトロノームがカチ、カチ、カチと鳴る。教官は言う。
「仮定:音は一定。手順:十数えて叩く。結論:合う」
彼女は九回まではぴったり叩き、十回目だけ、メトロノームをほんの少し遅くする。
「結論は崩れる。一定という仮定が崩れたから」
胸の中にポコン……。
A:“一定”の定義を確認 / B:自分で数えて叩く / C:見本に合わせる
(Aだ! 定義!)「A!」
ノートに『“一定”=装置も人も含む? → 前提の範囲を明示』と書く。
前の実技で半拍遅れをやったのを思い出して、変にうなずきそうになったのを我慢。今は見学!
実演3:勝ちを選ばない勝ち
教官は黒い円を一つ描く。
「仮定:ここから出たら負け。手順:攻める/守るを選ぶ。結論:勝つ」
ちょっと不穏な例だな……と思ったら、彼女は円の外で立ち止まった。
「別解:動かない。円の条件が発動しない。試験でも実戦でも、『動かない』は有効な選択肢」
(ルナが言ってた! 来た!)
胸の中にポコン……。
A:動かないはズル? / B:条件を問い直す / C:うなずくだけ
(B! 条件!)「B!」
ミレイユはうなずく。
「そう。“負け”の定義は? 判定の主体は? 条件文の穴を確認するのが先」
会場の空気が少しだけ明るくなる。怖いデモじゃない。考えるデモだ。助かる……!
◆質疑(こわくない版)
司会:「質問は三つまで。短く」
手が数本上がる。俺は上げない(今は聞くモード!)。かわりにメモを整える。
『見えた≠ある』『一定の範囲』『動かない=有効』。
——そこで、横の席の男子が小声で話しかけてきた。
「さっきの、わかりやすかったよな」
「うん、胃に優しい……じゃない、頭に優しい!」
男子は笑って小さく手を振る。
「楓。同じ新入り」
「天霧カイ。さっきまで粥。よろしく!」
(友達、ほしい……!)
胸の中にポコン……。
A:今度一緒に食堂 / B:連絡は後で / C:何も言わない
「A! よかったら今度、一緒に」
「いいよ」
楓はあっさり。心臓がちょっとだけ軽くなる。人間、糖分だけじゃなく友達も必要!
◆締めと注意
ミレイユが最後に一言だけまとめる。
「今日の要点は三つ。別解を一つ、定義を確かめる、動かないも選択肢。
それから、“体が軽い/重い”などの主観はメモしておくこと。後で意味がつくかもしれない」
(体が軽い/重い……やっぱりそうなんだ!)
司会:「以上でオリエンテーションを終了。各自、寮の案内へ移動」
立ち上がった瞬間、視界の端に黒鐘イツキが入る。今日もこっちを見ない。
見ないのか、見ないことにしてるのか。喉の奥がひやっとする。
「大丈夫?」
ルナが小声。
「大丈夫……! いや、大丈夫にする!」
胸の中にポコン……。
A:この学園で静かに暮らす / B:全力で勝ちにいく
「……保留」
二択は薄くなって、また待ってくれた。待つなら、今は寮へ。
歩きながら、さっきのメモを頭の中で読み返す。別解/定義/動かない。小さく正しく、でいこう。
廊下の曲がり角、窓の外を細い雲がゆっくり流れていく。見えた≠ある。
でも、今見えているこの雲は、たぶん本当にそこにある。俺は背筋を伸ばして、ルナと並んだ。
(昼寝……は任意! でもしたい!)