例外提出
朝。輪っかライトは弱、空は薄い灰。掲示板に小さな追記がある。
【注意】例外カードは当日朝までに提出。内容は対象/場所/主体/時間を併記。
「今日出す」俺が言うと、ルナがうなずく。
「外部音が重なったら二拍延長。言い方を決める」
教務端末室の隅のテーブル。黄色い例外カード、黒いペン、砂時計。楓が椅子を引いて座る。
「昨日の現象名は外部音重なり。名付けはこれで」
「賛成」
カードに骨を書き出す。
対象:交互枠の両使用者
場所:実技室の黒円上(床の白点を視線基準)
主体:監督者(合図と記録)、使用者(実施)
時間:交代合図±一秒に外部音が重なったとき→最後の音の終わりから二拍静止
「“±一秒”、広い?」楓が首を傾げる。
「早すぎ/遅すぎの取りこぼしを拾う幅。広すぎるなら上限を置く」
「上限?」
「一サイクルにつき延長一回まで。連続重なりは二拍+一拍で打ち切り」
ルナが端末を開いて、確認用の文にまとめる。
『外部音重なり:交代合図(短音)に対し**±一秒で別音が発生した場合、
最後の音の終了から二拍静止して再開。連続発生は一サイクルにつき一回の延長に限る。
視線は床の白点**。主体は監督者(合図・記録)と使用者(実施)。場所は黒円上。』
「圧縮、整ってる」
◆窓口(提出)
会議室前。カウンターの向こうに三ノ宮、記録机に志水。ミレイユ教官は巡回中のようだ。
「例外」カードを出すと、三ノ宮が一読して眉だけ動かす。
「±一秒の根拠」
胸の中にポコン……。
A:昨日の実測に基づく / B:人間の反応時間に合わせた便宜 /
C:周辺装置の誤差を含めた安全幅
「C。装置誤差と安全幅。昨日の重なりは同時よりわずか遅れ。±一秒で拾える」
「打ち切りの一文は?」
「連続発生は一サイクルにつき一回。延長は二拍+一拍まで」
「理由」
「延長の連鎖でテンポが崩れるのを防ぐ。目的=安定を守るため」
三ノ宮は小さく頷き、赤いスタンプを押す。
「仮コードE-12。午前運用で検証」
「受理」志水が記録に追記する。
—そこへ、ドアが音もなく開いて黒鐘イツキ。会釈は監督者へだけ。
視線は落ち着いていて、こちらには来ない。
「イツキの確認は?」三ノ宮が尋ねる。
「干渉しない。合図を聞いて止まる」イツキは短く答え、紙を受け取った。
(短い。でも十分)
◆運用二日目(午前)
実技室。張り紙に小さく『E-12試行中』が追加されている。
志水が短音器とテスト用チャイムを二台置く。
「重なり試験を一本だけ入れる」ルナが言う。
「意図的に外部音を作る」
「了解」
一本目(通常)
合図。ピッ。反応→当て。体内のリズムは昨日より安定。交代の二拍静止も滑らかだ。
ログに一行。
逸脱:ゼロ(両者)
二本目(重なり)
合図ピッの半拍後、志水がテスト用チャイムをチンと鳴らす。耳が二つの音を拾う。
胸の中にポコン……。
A:すぐ動く / B:E-12を適用
「B。E-12適用」
——最後の音の終わりを待って、二拍静止。視線は白点。肩は浮かない。
イツキも同じタイミングで止まり、二拍を数えてから動く。干渉ゼロ。
志水が手元の紙に丸をつける。
「E-12:成立」
ミレイユが横から加わる。
「対象/場所/主体/時間、どれも通っている。よし」
三本目(連続重なり)
合図ピッ、一秒後にチン、さらに一秒後にカン。連続三音。わざと難しい。
胸の中にポコン……。
A:延長を重ねる / B:一回で打ち切る
「B。打ち切り」
最後のカンの終わりを待って二拍静止、追加の一拍で打ち切り、再開。
イツキも同じ。テンポが崩れない。
ミレイユが白板に短く記す。
『E-12=時間の穴→静止で埋める/連鎖は打ち切る』
◆ログ(午前まとめ)
時間:09:10–09:50(交互)
逸脱:0.8%(カイ)/0%(イツキ)
E-12:成立×2/打ち切り適用×1
体感:カイ=E-12適用の直後は軽い/イツキ=空欄
所感:床の白点が安定に寄与。二拍+一拍の打ち切りが有効。
「午後も一本だけ重なり試験を入れる」ルナ。
「了解」
◆昼休み(短い雑談)
食堂の角の席。中庸セット×二、スープ×一。楓が箸を持ったまま言う。
「E-12って語感、なんか強い」
「胃に似てる」
「胃評議会が承認」
「議長・舌先は休会」
くだらないけど、肩の力が抜ける。昼は保温に向いている。
◆午後(再検証)
実技室に戻ると、張り紙の下に小さく**『E-12 再検証』**の紙が足されていた。
一本目は通常運用。二本目で、重なりをわざと遅らせて入れる。合図の後ろ一秒でチン。
胸の中にポコン……。
A:適用外とみなす / B:±一秒なので適用
「B。適用」
——最後の音の終わりから二拍静止。
「窓際の反射音もどうする?」楓が見学席から問う。
ルナがすぐ返す。
「外部音に含める。主体=監督者が判定」
ミレイユが追記する。
「次の版で例示に入れる」
—最後の十分は確認運用。短音、二拍、白点。数字は落ち着いている。
◆審査メモ(夕方)
会議室に戻り、三ノ宮へE-12の実施報告を出す。志水が要点を読み上げ、ミレイユが最後にひと言。
「時間の穴は静止で埋める。打ち切りはテンポの保全。目的と一致」
三ノ宮はペン先で紙をたたく。
「仮→暫定に引き上げ。明日の朝、例示を追記したE-12bを掲示する」
「了解」
イツキは報告の最後まで黙って聞いて、会釈だけして去る。歩幅は速いが、今日も急いでいない。
◆廊下(二択)
張り紙の下を通ると、紙が一枚増えているのに気づく。部屋再選択の案内だ。二週間後が一次〆切。
ポケットのカードが、指先に触れる。
胸の中にポコン……。
A:この学園で静かに暮らす / B:全力で勝ちにいく
「保留」
——今日は、E-12と同じ。少し待って、照合して、採用する。
窓の外、雲は低くてゆっくり。輪っかライトの白が、床に薄く丸を落としていた。