初日交互
午前。実技室。輪っかライトは中弱、黒円は中央、床の白点はいつもどおり小さい。
壁の張り紙に新しい紙が増えている。
【運用】本日より交互枠(15分×2)開始。
合図=短音。合図後二拍静止→床の白点を見る→再開。記録カードは共有。
「テンポ、口で回す」ルナが確認する。
「少し待つ→照合→採用」
「交代=床を見る」
「逸脱は5%未満」
志水がタイマーと短音器をセット。見学席に楓、記録の端にミレイユ教官。
扉が静かに開いて、黒鐘イツキが入る。会釈は監督者へだけ。こちらは見ない。距離感、変わらず。
◆一本目(カイ→イツキ)
「開始」
志水の短音が小さく鳴る。ピッ。
胸の中にポコン……。
A:当て(軽い)から / B:反応から
「B。反応から」
——四つのコーン、赤が右。小さくタッチ、戻る。黄が左後ろ、腰だけ切ってタッチ。
白が前、短く前へ。呼吸は四吸・二止・四吐。体内の揺れは小さい。
三分経過で当て(軽い)に切り替え。×印の左上を初期狙い、三回目で中心。
腕の振り幅を一目盛り縮めるのを忘れない。
合図。ピッ。
胸の中にポコン……。
A:すぐ退く / B:二拍静止→床を見る
「B。二拍静止」
——吸って、止めて、吐く。首を下げずに視線だけ白点。肩は浮かない。交代、完了。
イツキの番。姿勢十秒、反応三回、当て三回。
動きに無駄がないという言葉は、こういう時のためにあるらしい。二拍静止も正確。
音が鳴った瞬間に止まることだけが、唯一の合図。
◆ログ(1周目)
共有カードに記入。
時間:09:15–09:45(交互)
逸脱:目線の迷い0.6秒、ゼロ(イツキ)
体感:カイ=前半やや重い→後半軽い/イツキ=記述なし(空欄)
所感:交代の床見るが有効。呼吸前倒しで肩浮き減少。
ミレイユが短評。
「目的と手順は一致。質問は一つ。『重い時、何を先に変えた?」
「呼吸」
「他は?」
胸の中にポコン……。
A:初期位置 / B:速度 / C:狙い
「A。初期位置」
「理由」
「癖が左に流れる。左上から入ると、修正が小さく済む」
「OK」
◆小さな事故未満(干渉の影)
二周目、交代の合図ピッの直後、廊下の館内チャイムが遠くで重なる。瞬間、耳が二つの音で揺れる。
胸の中にポコン……。
A:音を追う / B:合図優先 / C:二拍を長めにとる
「C。二拍を長め」
——吸って、止めて、止める、吐く。視線は白点のまま維持。肩は浮かない。
イツキはすでに止まっていて、動かない。干渉ゼロで再開。
志水がメモに印をつける。
「外部音重なり、処理OK」
ミレイユが短く頷く。
「時間の穴を静止で塞いだ。正解」
◆二本目(配置を変える)
「場所を入れ替える」
ルナが提案。俺とイツキの立ち位置を左右交換。白点の位置は変わらないが、体の回し方が少し変わる。
開始。反応→当て。黄の左後ろは、今度は右後ろになる。腰の回し方を逆に。
三回目、わずかに遅れ——
胸の中にポコン……。
A:大きく下がる / B:腰だけ切る / C:一回パスして呼吸
「B。腰だけ」
——タッチ。戻る。息を整える。二拍静止、交代。イツキは配置の変化にも迷いなし。二拍、正確。
◆ログ(2周目)
逸脱:反応の遅れ0.3秒、ゼロ(イツキ)
体感:カイ=位置交換の前半重い→後半軽い/イツキ=空欄
所感:位置交換で後ろ系の恐怖が再発。腰切り選択で解消。
ルナが補足。
「後ろだけ練習、夜に五分。大量にやらない」
「了解」
◆休憩(短)
水を飲む。楓が近寄る。
「交代のとき、視線が落ちるの、見てて安心する」
「白点、便利」
「館内チャイム、ずるい」
「例外カードに入れる?」ルナが首を傾げる。
「『外部音が重なったら二拍を延長』」
「短く名付けて、当日朝に提出」ミレイユが承認。
◆最終セット(確認)
最後の十分は確認運用。当て→反応→当て。交代の短音、二拍、白点。体感は軽い寄り。
肩は一度も浮かず。イツキのログは相変わらず空欄だが、逸脱ゼロの数字が代わりに語る。
終了。短音器が止まり、志水がカードを表向きにする。
逸脱率(本日):1.6%(カイ)/0%(イツキ)
備考:外部音重なり対応に成功
「基準クリア」ミレイユがまとめる。
「二週間、この調子」
イツキがカードの“0%”を見て、何も言わずに会釈。去る。足音は速いが、急いでいるわけではない。
たぶん、いつもどおり。
◆昼前(余白のメモ)
共有カードの端に小さく書く。
『交代=床を見る、有効』
『外部音→二拍延長(提案)』
『後ろ系は夜に五分』
胸の中にポコン……。
A:この学園で静かに暮らす / B:全力で勝ちにいく
「保留」
——今日は、二拍静止に重なる言葉。
外に出ると、輪っかライトの白が廊下に丸を作っていた。丸は二つ、歩幅は二人分、あとから一人分。
テンポはたん、たん、たん。合図が鳴らなくても、体が覚えていく。いい感じだ。