表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
選律の星環譜  作者: 刹那
13/67

課題申請

朝。輪っかライトは弱、空はうす白。ラウンジに降りると、掲示板に新しい紙が一枚増えていた。


【周知】来月、部屋再選択の受付を開始します。

希望者は申請カードを寮監に提出(一次〆切:二週間後)。


「来たね」肩の後ろからルナ。


「再選択……」

声に出すと、喉の奥が少しだけ冷たくなる。

今は一人部屋。静かさは味方。けれど、保留の札もずっと胸にある。


「急がなくていい」ルナは短く言う。

「今日は別件。課題申請」


掲示の横にもう一枚。


【学務】初等課題は各自申請制。項目:目的/手順/評価(※四問を併記)


(四問=対象・場所・主体・時間。暗唱いける)



◆申請フォーム(混雑)



教務端末室。長机に端末が六台、椅子は八脚。申請フォームの入口には確認→確認→送信の三段ボタン。過去に迷子が出たのだろう、横に紙の小さな図解まで置いてある。


「“送信”の手前に意思表示を分けた」ルナが補足する。

「選び→理由→呼吸の応用」


「UIが学園思想に染まってる」


斜め後ろから楓。

「染まってる。好き」


空いた端末に座って、項目を開く。目的の欄が空白で広い。手順は番号付き。評価は三行まで。

入力の横に四問のチェックボックス。


胸の中にポコン……。


A:すぐ書き始める / B:メモを先に置く / C:先に相談する


「B。骨から」


ノートに『止まる+余白=安全/検証』と書き、下に短く目的/手順/評価の骨を置く。

目的=“止まる”を状況で使い分ける。手順=待つ→照合→採用の固定。

評価=体感(軽い/重い)と成否の一致。


「テーマは?」楓が覗く。


「止まるの速度・応用。昨日のを伸ばす」


「かぶってもいい?」


「かぶりそう?」


「注釈の罠・続編。図と注釈の一致/ズレの判定速度」


「並べられる。被っても照合で住み分けできる」


そこへ、教務委員の腕章をつけた上級生が通りかかる。名札は三ノ宮。声は低くて固め。


「初等の申請は基準テーマから選ぶのが無難だ。独自は却下になることがある」


胸の中にポコン……。


A:はいと返す / B:理由をたずねる / C:ルールを確認する


「C。ルールの確認をお願いします」


三ノ宮は小さくため息。

「目的/手順/評価が既存の科目枠に当てはまらないと、担当が割けない。だから却下」


「では枠の名前を教えてください。こちらで名付け→圧縮します」


三ノ宮の眉がわずかにほどける。

「……観察A、反証B、協調C。初等はおおむねこの三つ」


「助かります」ルナが軽く会釈。「名付け→圧縮で、通る」



◆小さな対立(それぞれの“正しさ”)



端末の隣で、楓が小声。「協調C、入れる?」


「入れたい」


「じゃあ二人課題にする?」


胸の中にポコン……。


A:二人課題にする / B:単独で申請 / C:仮に分けて提出


「C。仮に分けて提出」


「分割?」


「止まるの速度は単独。注釈の罠は楓。提出後に照合して、協調Cで共通評価を作る」


楓はうなずきかけて——視線を少しだけ逸らす。

「……実はさ。黒鐘イツキが同じ時間帯で、単独の申請を出すって噂がある」


喉の奥がひやっとする。視界が少しだけすぼまる。


「それで?」


「二人課題にすると、時間を譲れって言われる可能性がある。相手がイツキなら、なおさら」


胸の中にポコン……。


A:譲る前提で組む / B:単独で進める / C:教務に時間の分割を相談


「C。時間の分割を相談」


「分割案?」ルナが促す。


「十五分枠×二。対象=自分/相手、時間=交互。主体=監督者は共通。場所=同じ黒円」


「四問、通ってる」ルナが即答。

「交渉、可能」


三ノ宮は肩をすくめた。

「……紙にして持ってこい。例外カードに準じる形で書けば、検討される」


「ありがとうございます」



◆書く→確認→送信



目的欄に短く置く。


目的:『止まるを選ぶ/選ばないの切り替え速度を安定させる』


手順欄。


手順:『少し待つ→照合→採用』を固定。応用として『止まる+余白』と『半歩だけ下がる』を比較。


評価欄。


評価:体感(軽い/重い)と成否の一致率。例外時(監督者の指示、停電等)の再開手順を明示。


四問チェックを埋めて、確認→確認。最後の送信が白く光る。押す前に、息をそろえる。


胸の中にポコン……。


A:いま送信 / B:一回だけ読み直す


「B。読み直す」


誤字なし、抜けなし、例外の扱いあり。押す。


送信。


端末が短く鳴って、控えが出る。楓の隣でも、同じ電子音。



◆寮監の窓口(前振り)



提出後、寮へ戻る。フロントには霧島さん。

カウンターに部屋再選択の申し込み用紙と、よくある質問の紙束。


「希望があれば一次〆切までに」霧島さんは落ち着いた声。

「理由は短く。安全と健康に関わる理由は最優先。それ以外は相互調整」


「相互調整、具体は?」


「話す→理由→代案」


「学園はどこも同じ言い回し」


「ここは言い回しを教育している」霧島さんは淡々として、すこしだけ笑う。

「無茶はしない。それだけ守って」


カウンターに置かれた申請カードを一枚だけ受け取る。紙は薄灰、手触りは少しざら。



◆小さな波(いざこざ未満)



廊下に出たところで、前方から三ノ宮。手には別の申請束。すれ違いざま、低い声。


「交互枠の案、通るかは五分だ」


「五分?」


「賛否が半々。だが、四問が綺麗なら、落ちない」


「綺麗に書いた」


「なら見せろ」


ルナが紙を渡す。三ノ宮は目で三行をなぞり、短く頷く。

「汚れなし。ただし——」


「ただし?」


「相手が時間を伸ばしたいと言ったら、理由を言わせろ。言えない伸長は却下」


「了解」


(小さな対立の骨が見えた。理由を言えるか、言えないか。そこで分かれる)



◆夕方の端(予感)



外に出ると、雲が少し低い。輪っかライトの名残が窓に薄く映り、風は弱い。

黒円のある実技室の前を通りかかると、ドアがわずかに開いて、黒鐘イツキが中に立っていた。

紙を一枚握り、志水に無言で渡す。志水がうなずく。こちらを見ないまま、歩いていく。

速いけれど、急いではいない。


楓が小声。

「時間、かち合うかも」


「交互枠、通れば問題ない」


「通らなかったら?」


胸の中にポコン……。


A:譲る / B:譲らない / C:別日を作る


「保留」


「今はそれでいい」ルナが言う。「**“少し待つ→照合→採用”**の順」


胸の冷たさは薄まって、かわりに軽い熱が入る。申請は、もう出した。再選択の紙も、ポケットにある。決めるのは今日じゃない。けれど、準備は今日から始まっている。


——足音は三人分。テンポはたん、たん、たん。

小さく正しく歩きながら、俺はポケットの紙の角で、心拍を一つだけ数えた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ