自由演習
夕方の講堂寄りの実技室。輪っかライトは中弱、床は黒、壁は白、空調は静か。
端の棚にフォームパッド、円錐コーン、砂時計、そして**“例外”**と書かれた黄色カードの束。
今日はミレイユ教官の発案で、小テスト→自由演習の二本立てだ。
「手順は二つ。まず小テストで“昨日の四問”を点検。次に自由演習で“自分の手順”を作る」
ミレイユは短く整える。
「危なくしない。盛らない。言い切らない」
「言い切らないは新顔」
「反証のための余白を残す、の略」
ルナが端末を立ち上げ、志水が器具を配置。楓は隣で指を鳴らして、俺は胸のあたりを整える。
呼吸は四吸・二止・四吐。軽い。
◆小テスト(七問・時短)
配られた紙には七つの短文。解答欄は選び→理由→四問が一行ずつ。制限時間は砂時計一回分。
ここから出たら負け(監督者の許可で例外)
音が止まったら行動
見えているものが真である
走ったら失格
AかBかC(Cは同伴なら可)
床の白線から出ない
判定は音で知らせる
胸の中にポコン……。
A:先に選ぶ / B:先に理由を書く
「B。先に理由」
欄外に骨を置く。1は“主体=監督者/対象=自分/時間=今から/場所=円の外”。
3は**『見えた≠ある』**から入って“反証一個で崩れる”。7は“音の主体=装置or人”の確認。
骨が立つと、選びは早い。砂が半分落ちたところで手を止め、深呼吸を一回。視界が広がる。
「回収」
志水が紙を集め、ミレイユがその場で数枚だけ目を通す。
「概ね良。3の“真である”は危険語。定義の要求が先」
「危険語、付箋」
ルナが端末に打つ。
楓が小声で耳打ち。
「4の“走る”は早歩き含むか、書いた?」
「書いた。歩幅とリズムも」
◆自由演習(各自1テーマ)
「順番はくじ」
志水が色玉を転がす。俺は緑、楓は青。先手は楓になった。
楓のテーマ『注釈の罠』
楓は白板に図を描く。四角二つと矢印一本。注釈には堂々と『→結論』。
「問題。注釈を信じると負ける図を描きました。読み方を言語化して防ぐ」
胸の中にポコン……。
A:注釈を信じる / B:図形の関係を言う / C:両方を照合
「C。照合」
「理由は?」
ルナ。
「図=関係/注釈=主張。一致なら採用、ズレなら反証。今日は“ズレがある”前提」
「OK」
ミレイユが頷く。
「照合の言い方、覚えておく」
楓がオチを明かす。
「矢印、逆に描いてます」
「逆」
「逆」
「逆。——はい、反証成立」
ルナがさらりと締める。軽く笑いが走る。
カイのテーマ『止まるの速度』
黒円の中心に立ち、志水に合図。彼が上からフォーム棒をゆっくり落とす。
俺は動かないを選び、そのまま棒を胸前で止める直前に半歩だけ下がる。
胸の中にポコン……。
A:最初から下がる / B:最後に半歩だけ下がる
「B。最後に半歩」
「理由は?」
「止まる=選択肢を守りつつ、安全の余白を最後に足す。最初から下がると“動かない”の検証が崩れる」
「良い」
ミレイユが白板に短く書く。
『止まる+余白=安全/検証の両立』
「体感は?」
ルナ。
「最初は重い。最後の半歩で軽いに寄る」
「記録」
ミニ講評(間髪)
「いまの二本で四問はどこに出た?」
ミレイユ。
「楓——主体=読み手、場所=白板、時間=今、対象=図と注釈。
カイ——主体=自分と志水、場所=黒円、時間=今、対象=棒と自分」
「正確」
◆例外カード戦(軽バトル)
配られた黄色カードには、任意の“例外”を書いて良いとある。ルールは一つ。
**“危なくしない”**に反しないこと。
俺はカードに『監督者がくしゃみをしたら一時停止』と書き、
楓は『矢印が二本になったら注釈は無効』と書いた。志水は無言で『停電時は全手順中断』。強い。
「では、例外の扱いを読む」
ミレイユ。
胸の中にポコン……。
A:例外は主体を増やす / B:例外は時間を分割する / C:例外は場所を限定する
「B。時間を分割」
「理由は?」
「くしゃみは瞬間。動作の一時停止で時間が分かれる。停電も同じ」
「OK。Aも正しい。扱える主体が増えるから」
楓が自分のカードを指す。
「矢印二本は?」
「C。場所——白板の注釈領域を一時無効化」
「合意」
◆黒鐘、通過
自由演習の最中、ドアが静かに開いて、黒鐘イツキが入ってくる。
説明は受けず、見学席に座り、黒円を三分だけ見て、紙に何かを書いて、帰る。会釈は志水へだけ。
俺たちの列には視線が来ない。
「来た」「去った」「速い」「静か」
——ささやき四連。
ルナが一言だけ置く。
「混ぜない」
(混ぜない。覚える)
◆最後の一問(自己設問)
各自が自分に一問を出す時間。俺は白板に一文を書いた。
『見えたものに名前をつけるのは、いつ?』
胸の中にポコン……。
A:すぐ / B:少し待つ / C:照合してから
「C。照合してから」
「理由は?」
ミレイユ。
「図/注釈/体感の三つで照合。合ったら採用。ズレたら別解を一つ」
「体感の扱い、良い」
ルナが補足する。
「軽い/重いの記録は、後で“照合”の材料になる」
楓が手を挙げる。
「名前をつけるのが遅すぎると?」
「行動が遅れる。だから“少し待つ→照合→採用”を固定手順に」
白板に短く残る。
『少し待つ→照合→採用』
◆締め(自己評価)
カードに三行。
『言い切らない=反証の余白』
『止まる+余白=安全/検証』
『例外は時間を分割』
書いてから、胸の中の二択がふっと浮く。
A:この学園で静かに暮らす / B:全力で勝ちにいく
「保留」
——今日は“少し待つ”と同義。
出口で振り返ると、黒円の中心に夕方の輪っかライトが丸く落ちていた。見えた。
けれど、名前はまだつけない。少し待つ。照合する。採用は、そのあとでいい。