条件演習
午後。教室。輪っかライトは中。眠気は小。いける。——と、自分に言い聞かせながら席に着く。
前方、ミレイユ教官が白板の前に立つ。紺の上着、声は落ち着きめ。今日の板書はこうだ。
【本日のミッション】条件文を四つ問う。→ 対象/場所/主体/時間。
「四つ、忘れないで」
「忘れたら?」
楓が前のめり。
「思い出す手順を先に決めて。名付けは強い。『四問』でも『四則』でも」
「四問、採用」
後方でルナが端末を構える。
「今日は演習。選ぶ→理由→呼吸。無茶は、しない」
◆演習1:『ここから出たら負け』強化版
白板に一文と、小さな注意書き。
ここから出たら負け(※ただし監督者の許可があれば例外)
ミレイユが手短に促す。
「まず対象は?」
「自分」
「チーム全員では?」
楓が疑問を重ねる。
「どちらでも読める。だから——胸に来た二択を見て、選んで、言う」
胸の中にポコン……。
A:自分だけに有効 / B:全員に有効
「A。自分だけ」
「理由は?」
「監督者の許可が個別に働く前提。だから“自分”に結びつけやすい」
「OK」
ミレイユがマーカーを走らせる。
「では主体は?」
「判定者が別にいる」
「誰?」
「監督者。許可を出せる=ルールを動かせる人」
「良い」
「場所は?」
「円の外」
「時間は?」
「今から常時」
ミレイユが指を四本たてて、順に折る。
「対象、場所、主体、時間——四つ、通過」
ルナが補足。
「“例外”が付いたら、主体が増えること、忘れないで」
◆演習2:『AかBか、いやC?』
白板に矢印と箱の図。注釈に**→結論**とある。
ルール:出口Aは安全。出口Bは混雑。出口Cは監督者同伴ならOK。
「どれ? どれ行く?」
楓が半笑い。
「静かに。目的と条件を言って」
ルナが一本指。
胸の中にポコン……。
A:Aへ(安全優先) / B:Bへ(時間短縮) / C:Cへ(同伴)
「Cに行きたい。けど——」
「A」
「理由は?」
「今は基準値づくり。リスクを足さない。安全→安定→速度の順」
「OK」
楓が手を挙げる。
「ぼくはB。混雑でも範囲が狭いなら、読み取りの練習になる」
「それもOK。目的を言えたら、選びは複数OK」
(“目的を言う”って、こんなに強いの?)
◆演習3:『条件の穴』
白板に新しい一文。
走ったら失格
「主体は誰?」
「監督者」
「場所は?」
「廊下? 体育館? 外?」
「時間は?」
「授業中? 今日は? いつまで?」
ミレイユが肩をすくめる。
「穴だらけ。だから——」
胸の中にポコン……。
A:質問して定義をもらう / B:最も厳しい解釈で動く
「A。先に質問」
「何を?」
「対象/場所/主体/時間。それと“歩幅は? 早歩きは?”」
「良い質問だ。歩幅は自分基準か、計測か。ね、聞きたくなるでしょ」
楓がうなずく。
「なる」
◆ペア早口:反復→転調
二人組で短文ラリー。楓と組む。
「対象は?」「自分」「場所は?」「この部屋」「主体は?」「監督者」「時間は?」「今から」
「目的は?」「安全」「例外は?」「許可」
「速い」「でも言えた」
ルナが軽く拍手。
「言えた。重要。口で回ると、行動も回る」
◆小演示:『時間ずらし』
志水が透明箱と玉を置く。黒線、また登場。
「仮定。この線を越えたら玉は右へ転がる」ミレイユ。
志水が箱を一拍待ってから傾ける。玉は遅れて転がる。
「はい、質問。何が変わった?」
「時間」
「主体は?」
「傾けたのが志水。判定はミレイユ」
「場所は?」
「箱の中」
「対象は?」
「玉」
「四問、通過」
ルナが端末に打つ。
「時間の穴に注意」
(遅らせるだけで、結論が揺れるのは少し怖い。でも面白い)
◆休憩:Q&Aタイム
ミレイユ:「質問ある?」
楓:「例外が三個あったら、四問は十二個になる?」
ミレイユ:「増える。けどまとめ言いできる」
俺:「まとめ言い?」
ミレイユ:「『例外群は主体=監督者に依存。時間は当日のみ』みたいに」
ルナ:「名付け→圧縮」
俺:「圧縮、好きだ」
◆まとめ&自己評価
配られたカードに一行ずつ。
『例外が出たら、主体が増える。』
『目的を言ってから選ぶ。』
『穴は質問で埋める。』
書いていると、胸の中にポコン……。
A:拍手 / B:深呼吸 / C:質問もう一個
「B。深呼吸」
——吸って、止めて、吐く。肩が下がる。視界が広がる。
ミレイユが柔らかく言う。
「今日の四問、よく回った」
「回りました」
俺と楓がハモる。
ルナが締める。
「続ける。それだけ」
—廊下に出ると、黒鐘イツキが遠くを横切った。視線はやっぱり合わない。
けど、足取りは少しだけゆっくりに見えた……気のせい? どうなの?
胸の中にポコン……。
A:この学園で静かに暮らす / B:全力で勝ちにいく
「保留」
——今日もそれで、いい。
(四問、呼吸、例外——忘れない。)