実技検定
朝。輪っかライトは弱、空は白、脳は半分。ラウンジに集合したら、壁の張り紙が一枚増えていた。
【予告】本日午前:実技ミニ検定(安全版)。三ステーション。無茶禁止。
「三?」
「三」
ルナが三本指。
「①姿勢、②反応、③当て。順番は前から順に。倒れない。盛らない。焦らない」
「倒れない・盛らない・焦らない。三連守護神」
「神はしない。手順はする」
(言い換えで勝ってくるタイプだ、ルナ)
◆体育室(安全版)
黒い円はいつもの位置。端に志水、端にメトロノーム、端にフォームパッド。準備、完璧。
「最初は姿勢」
志水が短く説明。
「白ラインにつま先—膝—鼻をそろえる。十秒キープ。視線は正面。動いたら—」
「—減点?」
「—深呼吸」
「罰じゃなくて健康」
①姿勢
白ラインの上、静止。かかとが床の目地に触れて、安心の定点。
(呼吸、忘れない)——のつもりが、忘れかける。
胸の中にポコン……。
A:呼吸を先に整える / B:形から入る
「A。呼吸から」
鼻で四拍吸って、二拍止めて、四拍吐く。薄く全体で視界を開くと、揺れが小さくなる。
志水がストップウォッチを止める。
「十秒、安定。理由」
「呼吸→体幹が自動で修正。形→外から寄せる。今日は内から」
「OK、きっぱり」
ルナが端末に一行。
「軽い?」
「後半軽い。前半は忘れて重かった」
「忘却は発生する。思い出す手順を持つ」
「合言葉:呼吸」
②反応
床のコーンが四つ。赤青黄白。志水がリモコンで一個だけ点灯させる。俺は黒円の中心。
「点いた方向へ一歩だけでタッチ。戻る。十回。速度は上げない。正確に」
「正確、了解」
胸の中にポコン……。
A:点だけ見る / B:全体を薄く見る
「B。全体を薄く」
赤が右にポッ。右足だけ滑らせてタッ。戻る。
「理由、どうぞ」
(はい来た、理由タイム)
「一点だけ見ると出遅れる。周辺視で引っかける」
「OK、きっぱり」
二回目、白が前。小さく前へ、タッ。三回目、黄が左後ろ——嫌な位置。
胸の中にポコン……。
A:大きく下がる / B:その場で体だけ回す
「B。体だけ回す」
踵で床を探りながら、腰だけ切ってタッ。戻る。
「理由」
「大きく下がると復帰が遅い。体を回すほうが視野の穴が小さい」
「OK」
志水がメモ。
「三回、安定」
四〜十回目はテンポよく。七回目で一度だけ迷い、呼吸を一拍入れて修正。十回終了。
「総評」
ルナ。
「小さく正しく、維持できた。課題は後ろ系。回転でごまかすのは手だが、下がる恐怖自体は別途慣れ」
「下がる、練習」
③当て(軽い)
志水が胸前に四角いクッション。ターゲットは中心に薄い×印。
「片手タッチ。三回。押さない、突かない、狙う」
「語呂がいい」
胸の中にポコン……。
A:中心狙い / B:中心左上
「B。左流れ対策」
一回目、ぽん。外周。二回目、呼吸を合わせ直してぽん。中心寄り。
三回目、腕の振り幅を一目盛り縮めてぽん。×の交点に触れる。
「理由」
「自分の癖が左。初期位置をずらした」
「OK」
志水がパッドを下ろす。
「検定、終了」
◆休憩(合評)
ベンチに座る。水を飲む。メトロノームは黙る。ルナがまとめる前に、楓が合流して前のめり。
「どうだった」
「呼吸忘れて思い出して、の往復運動」
「あるある」
楓が頷く。
「俺は反応で黄色の左後ろに負けた」
「黄色、宿敵」
「色への偏見はやめよう」
ルナが淡々。
「では合評」
「姿勢は呼吸優先を選べた」
「反応は周辺視+小さくで安定」
「当ては初期位置ずらしの応用」
「課題」
「後ろ下がりに恐怖が残る」
「緊張で一拍目が浅い」
「対策」
「呼吸の合図を固定(四吸・二止・四吐)」
「後ろだけの練習を別枠で少量」
「少量?」
「大量は反動が出る」
「反動、怖い」
ルナが端末に保存し、ふと目線を上げる。
「……来た」
振り向くと、黒鐘イツキが黒円の手前に立っていた。
志水が同じ説明をする間、イツキは一言も発さない。姿勢は静か、動きは速い、選びは早い。
「早い」
「速い」
「早速」
「言葉遊びは後で」
イツキは②反応で黄→白→赤をノーミスで抜け、③当てでは中心→中心→中心。
最後に志水へ会釈、ルナには視線だけで挨拶、俺たちの方は——見ない。
「見ない」
「見ない」
「見ない戦法」
「戦法ではない」
ルナは苦笑して小さく付け足す。
「でも、彼には目的がある。あなたにも手順がある。混ぜない」
「混ぜない、了解」
◆採点(シート渡し)
志水が小さなカードを渡してくる。名前、三項目、空欄は理由の欄。
「自分で埋める」
「セルフ採点方式」
「言語化で定着」
カードに書く。
姿勢:呼吸→内側から修正/後半軽い
反応:周辺視→小さく→復帰速い/後ろ怖い
当て:初期位置ずらし→癖対策/三回目が最良
書き終えると、胸の中のざわつきが静音に変わる。多分、これが今の自分の速度だ。
◆廊下(今日の二択)
体育室を出ると、廊下の空気は朝より明るい。輪っかライトの反射が床に薄い楕円を作る。
楓が伸びをし、ルナが歩幅を合わせる。俺はカードをポケットにしまった。
胸の中にポコン……。
A:この学園で静かに暮らす / B:全力で勝ちにいく
「保留」
——今日の自分に、ちょうどいい返事。
「昼は?」
「中庸セット」
「ブレない」
「ブレさせない」
ルナが薄く笑う。
「午後は座学。四つ問うをもう一度」
「対象・場所・主体・時間。暗唱いける」
「いける、は一度。続くが価値」
続ける。小さく、正しく、理由を言って、呼吸して。足音は三人分、テンポはたん、たん、たん。
それで今は、十分。