第八話
ヤクザの上層部の統制が取れたからといって、下がそうとは限らない。
警察が見回りに気を取られてる間に悪さをしようというものが出る。
これはしかたない。
上司の言うことに従えて、普通に作業できるものは一般企業で生きていける。
それすらできないから反社の下っ端なんぞやってるのだ。
ただ……それを無明が許すかは別の問題なのである。
その日はいつものように松本にカツアゲされてた。
「ママがパン代置いてくの忘れてよ~。ハラ減ってんだよ。もう三日帰って来ねえんだよ」
それは非常事態ではないか?
無明は解決策を考えるが、自身も親に食わせてもらってる身。
誰か大人がいなければ解決できない。
とりあえずと無明がパンをあげたらもっと寄こせと松本が騒ぐ。
無明は困った。
無明は「ヤクザマンションに連れて行くのもな」と思いながらも、同時に腹一杯食べさせたいとも思った。
なお金はない。
しかたなく折衷案を出す。
「知り合いに電話していい?」
「おう」
四条に電話する。
大人に頼ることにしたのである。
「どうされました? こんな遅くに」
「友人の親御さんが失踪したようです。うちで保護したいのですが、ほら、うちは夫婦仲が終わってるので。泊めることはおろか食事代すらなく……」
「ではファミレスにでも行きましょう。これから父と向かいます」
「ありがとうございます」
無明は松本に向き直る。
「これは内緒ね?」
「お、おう、誰だ?」
「同級生。うちの両親の仲が終わってるのを心配してくれてる人。遠い親戚と言うか」
「いいなー。そう言う人がいて。うちは婆ちゃん死んでからそう言う人いないしな~」
「うちも、もうじきそうなりそう……」
次は自分の番であると無明は思ってる。
無明の親は暴力こそ振るわないが、無明を通してお互いの悪口を言い合ってる。
正直、いつものおいしくない食事が、ストレートにマズいと言える状態になっている。
当然、食べる量は減っていて、さすがの無明でも体重が減り続けている。
自分のために別れないという建前は理解できなくもない。
だが、どう考えても教育に悪い。
この空気の悪さ、無明でなければストレスでおかしくなっていただろう。
さっさと別れればいいのにと無明は思う。
そもそもであるが、無明の父も母もどちらも浮気しているのだ。
精霊に調べさせたらすぐにわかった。
それなら無明なんて放っておいて白黒つけてスッキリした方がいいと思うのだ。
そんなことを考えながらコンビニ前で待つ。
それがよくなかった。
明らかに素性のよくない男たちに囲まれた。
タトゥーを見せびらかすようなタンクトップの男に声をかけられる。
「よう、何してんだ?」
まだだ。
無明は間合いをはかる。
チンピラなのは明らか。
だが敵とは限らない。
「人を待ってます」
一応答えてやる。
「そうか、ところでお前。美桜の娘かぁ?」
「ま、ママがなんだよ……」
「お、いやがった! お兄さんたち美桜にお金貸しててよ。前に返して貰いたいんだよ。な、いい仕事教えてやるからよ!」
男の一人が松本の手をつかもうとしたとき、無明は警告した。
「それ以上近づいたらお前らの組織丸ごと潰す。お前らを産み出した親兄弟親戚友人知人も皆殺しだ」
それは地の底から響くような声だった。
「はぁ!? 何言ってんだテメエ! てめえも拉致っちまうぞコラァッ!」
「わかった」
ずんっとチンピラの足が重くなった。
「相手との実力差もわからぬ小者め」
面倒だな。
松本に見られてるけど……助けるためだ。
もういいや、殺そう。
組織ごと皆殺しにしてしまえばいい。
全国の反社が二度と手を出そうと思わないように……凄惨な虐殺をしようじゃないか。
無明がそう思った瞬間だった。
「お、お前らやめろ!」
四条たちが到着した。
「し、四条のアニキ! で、でもこのガキが生意気で! それに皆村のアニキに借金返済させろって」
「いいから! 皆村には俺が言っておく! いいか絶対に手を出すな!」
「皆村、へえ」
無明がつぶやいた。
四条父はその笑顔を見て青ざめた。
「なんだこらガキ! てめえぶち殺すぞ!」
チンピラが吠えたのと同時に無明はパチンと指を鳴らした。
松本につけていた闇の精霊がチンピラ二人の心臓をつかんだ。
がくんとチンピラが倒れる。
「羽虫が」
無明はそう言って残虐な笑みを浮かべた。
チンピラ二人はすでに息絶えていた。
だが松本はそれがわからなかった。
「あ、あれ、なんで倒れ……」
「いまだ。逃げよう」
無明は正義の味方ぶって松本の手を握って走り出す。
それを見て四条父は慌ててどこかに電話する。
「皆村グループが監視対象を怒らせました。警察を下がらせてください。絶対に監視対象の邪魔をしないでください! ええ、向こうの組織にも言ってください! もう犠牲者が出ました! ああ! クソ! 無明くん待って!」
二人は人通りの多い駅前に行く。
無明はあくまでほほ笑みを絶やさなかった。
ああ、自分の生活に関係なければ干渉するつもりはなかった。
無明は反省した。
だがこれはダメだ。駆除するしかない。
徹底的に。塵も残さず。
その後、無明は松本と駅前のファミレスに行く。
松本はお腹が減ってるのに食欲がないようだった。
そんあ二人の後ろから四条がやってくる。
「ま、待ちたまえ!」
四条父はぜんぜんと息を切らす。
さんざん探したようだ。
「後始末ありがとうございます」
「そう思うなら! ……いや……強者の特権か」
「そこまで傲慢じゃないですよ」
無明は自分が正義などと思ったことはない。
ただ平穏を邪魔するのなら、アオハルに鬱要素を盛り込むつもりなら神であろうとも容赦しない。
この瞬間のように。
松本が下を向いてつぶやいた。
「私、どうなるんだろう……」
無明は優しい声で答える。
「大丈夫。でしょ? 四条おじさん」
無明はわざと四条父を「おじさん」と呼んだ。
拒否は許さないという圧力である。
「あ、ああ、我々で保護する」
「それはよかった」
無明は満面の笑顔でそう答えた。
なぜか……四条父はその笑顔を見て、ブルッと肝が冷えた。
虐殺者による殺戮の夜が始まった。