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第七話

 まだ闇が明けぬ日曜の早朝。いや深夜。

 無明は家を脱走して海にやって来た。

 日本のとある地方の無人島である。

 そこに飛んでいって転移ゲートを作った。

 目的は魚である。

 沖合に飛ぶ。


「サンダーアロー!」


 海に雷を放つと魚が浮かんで来た。

 殺さぬよう調整した雷の矢である。

 浮かんで来た数匹を捕まると他は蘇生させる。

 この島を末長く使いたい。

 乱獲はすべきではない。

 サクサク魚を捕獲して空間魔法のストレージに入れる。

 そのままメッセージを送っておく。


『キッチン使わせて』


 朝の九時頃に連絡が来た。


『キッチンの使用許可が出ました』


 住所が送られてきた。

 すぐ近くのマンションだ。

 日曜の合気柔術の稽古のあとで行くと無明は四条に告げる。

 無明の母親はいじめられた経験でもあるのか、やけに格闘技を習わせたがった。

 野球はやるな、サッカーはやるな、バレーボールやバスケットボールなど許さないと厳命された。

 どうやら無明の母親は球技を憎んでいるようだ。

 おそらく過去になにか球技関係者とトラブルがあったのだろう。

 無明は近所の体育館の柔道場へ行く。

 無明からしたら合気柔術は空手と比べて気が楽だった。

 一人でやる形が圧倒的に少ない。

 稽古も本来なら力の入れ方とかの細かいコツがあるのだろう。

 だが子どもにそこまで求めるはずがない。

 競技スポーツじゃないので少年部は稽古に集中できれば合格点である。

 そう言えば無明の母親は不思議なことに勉強では競わせるのに、スポーツで競わせることを嫌がる傾向にある。

 バイオリンやピアノのレッスンもコンクールに出したくないようだ。

 無明からすれば、子どもに交じって無双するというのも楽しくない。

 本音を言えば実力者とみなされてスポーツまみれの青春を送るのは嫌である。

 受け身を取る。すべて飛び受け身。

 飛び受け身さえすれば怒られない。

 子どもたちは嫌がるからだ。

 受け身を取りながら休む。

 なぜかこちらのクラブにも四条がいた。

 無明はサボりとみなされない程度に話しかける。


「私の生活パターンを調べているので?」


「ええ、もちろん」


 なるほど。


「帰りはご一緒しましょう。近所ですし」


「お願いします」


 二時間受け身を取りまくって終了。

 無明の体にはまったくダメージはない、疲労もいい運動したなという程度であった。

 同じく涼しい顔をする四条と一緒に帰る。

 二人とも汗一つかいてない。

 異様な光景だった。

 四条のマンションは受付のある高級タワーマンションだった。

 タワーマンションは一定の価格帯までは値段が上がれば上がるほど治安が良くなる。

 だがうん億円あたりから妖しい住民が増えてくる。

 上位の反社、ネズミ講、投資を募って逃げるタイプの社長。

 上層階にはラウンジ嬢と呼ばれる売春婦が出入りし、大学生くらいの若者と入れ墨を入れた外国人が入れ替わり立ち替わりやって来る。

 住民は礼儀正しく、ゴミ出しの治安も良い。

 ただ無明からすれば死臭が漂う魔境だ。

 レイスのなりかけ、ゴースト、日本語で言えば幽霊がうようよいる。

 エレベーターに乗ると、入れ墨を入れた若者の幽霊が近づいてきて何かを訴えてきた。

 無明がデコピンすると幽霊は霧散した。

 アンデッドも羽虫と同程度でしかないつまらない相手だ。

 話を聞くまでもない。


「お強いのですね」


 四条が感情の乗ってない声色で言った。


「この程度は強いうちに入りません」


 絶対的な強さを持っていれば、なにかを奪われることはない。

 つまり前世で神如きに矮小な存在に人生を奪われた無明は弱者なのだ。

 神を恨む気などない。

 人間の領域の強さで満足した、己の心の弱さが悪かったのだ。

 たかだか全国大会程度の実力で慢心し、召喚される前に神殺しをできるまで鍛えてなかったから神如きに人生を奪われたのだ。

 このマンションの幽霊も同じだ。

 犯罪者として生きるなら奪われる覚悟を持つべきだ。

 それができないから死んだのだ。


「我々はダンジョンやこういった物件の穢れを祓う仕事をしてます」


「なるほど」


 異世界なら聖職者、こちらじゃまじない師といったところか。

 最上階にある四条の部屋につく。

 中に案内されると黒づくめの男がいた。


「四条の父です。はじめまして無明くん」


「はじめまして。おじさん、十六階の人に死体を片づけるように言った方がいいですよ。このままじゃゾンビになりますよ」


「ほう、わかるのかい?」


「素人なりには」


「ふふふ、警察に言っておくよ。うちの上司は警察だからね」


「なるほど」


「それで、どの食材をお使いですか?」


 四条にキッチンに案内される。


「お米だけ頂ければ。あとは持ち込み食材で」


 ストレージの亜空間からアジにスズキにハモを出す。

 ちゃんと人数分だ。


「ほう、生きたまま保存できるのかい」


「ええ」


 魚は電気を流して絶命させる。

 寄生虫の処理もできた。

 刺身にする。

 おそらく無明の両親の夫婦仲は冷え込んでる。

 手作りの料理の少なさ、父の好きな刺身が食卓に上らないこと、それと無明への教育虐待からの推測でしかない。

 おかげでスーパーの揚げ物ばかりだ。

 だがそれほど間違ってはないだろう。

 それはどうでもいい。

 要するに無明は刺身に飢えていた。

 刺身包丁を借りてアジとスズキを手早く刺身にしていく。

 ハモはちょっと難しい。


「ハモは私が調理しようか?」


「いえ、おじさん大丈夫です」


 そう言って無明はハモを錬金術で分解する。

 身と骨と血を分けて血と骨は廃棄。


「内臓はどうします?」


「無明くん調理できる?」


「自信ないです」


 皮はタレ焼きにして身の一部でお吸い物を作って終了。


「どこで学んだんですか?」


 四条が呆れたように言った。


「内緒です」


 無明は、ほほ笑むと口に指を当てた。


「ふ、ふははははは! 面白いよ無明くん!」


 おじさんが笑う。


「ただの食いしん坊です」


 心の底から他意はないと無明は誓える。

 ただ刺身が食べたかっただけだ。

 ただ……先ほどからゴーストが煩わしい。


「面倒なんで浄化します」


 そう言うと無明はマンション全体にターン・アンデッドをかける。


「い、今のは!?」


「さっきから幽霊が飛び回って煩わしいので、マンション全体を浄化しました。これで食事に集中できます」


 三人分の食事を並べ……。


「いただきます」


 無明は刺身を堪能した。

 ああ、なんという美味。


「は、はははははは……本当に刺身が食べたかっただけなんだ……」


「ええ、家で調理すると不審がられますので」


 四条は考える。


「それならば我が家にたまに来て料理を作られては?」


「いいの?」


「ええ、もちろん」


 無明は満面の笑顔になった。

 マグロだ。

 マグロを捕ってこよう。

 なあに、魚をさばくのは異世界で何度も経験した。

 動画共有サイトで見て予習すればできるはずだ。

 無明は欲に負けた。


「お願いします! ……ただ、私にはお礼を返すだけの資力がありません……」


「ドロップアイテムの手数料だけで結構です。私は無明くんと仲良くしたと考えていますので」


 取り込まれそうな気がするが背に腹は代えられない。

 マグロマグロマグロ……。

 もう無明の頭の中はマグロでいっぱいだった。

 無明はあまりにもいい条件に太っ腹になってしまう。


「では契約料としてこれを」


 ぼんっとエリクサーを棚に置く。

 生まれ出でて数年。

 ダンジョンを壊し回って獲得したエリクサーは数千本にも及ぶ。

 その一本をお裾分け。


「そ、それはなんでしょうか……」


 圧倒的神気を放つ物体である。

 四条親子が恐れおののいた。


「エリクサーです」


 ガタガタッと椅子倒しながら四条父がエリクサーを眺める。

 一瞬目が光った。

 おそらく鑑定の魔法か、それに類するものを使ったのだろう。


「ほ、本物だ。い、頂いていいので?」


「どうぞ。できれば、魚のことは口外しないことをお願いします」


「は、はい!」


「それとお願いしたいことがもう一つ」


「……なんですか?」


「このマンションの犯罪組織の人に伝えてください。『人殺しはしかたない。だが俺の生活圏で俺の関係者や子どもを狙った犯罪があったら、証拠がなくてもお前らの犯罪とみなして皆殺しにする』と」


 ごくりと四条父がつばを飲んだ。


「つ、伝えます」


「あ、余った魚はどうぞ。今度はマグロ捕まえてきますね」


 無明は笑顔だった。

 この後、治安維持活動で夜回りをするヤクザが見られるようになった。

 警察のパトロールも倍に増えた。

 それは無明のせいか?

 それは明らかにされてない。

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ヤクザ「悪い子はいね〜が〜、ロリコンはいね〜が〜」
食欲。食欲は全て解決する!w
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