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第五話

 駅で二人は別れる。

 学校が終われば習い事だ。

 小学生は忙しいのだ。

 今日は空手の日である。

 無明は親がなにを考えて空手を習わせてるのかは知らない。

 だが上のものの命令だ。

 食わせてもらってるからには意向に沿おうと思う。

 幸い型だけのお気楽少年クラブで良かった。

 これがフルコンタクトなら手加減できずに死人が出たところだ。

 ただそのクラブもいつもと様子が違った。


「四条さんもこちらのクラブに?」


「ええ、今日から御一緒します」


 無明は自分を監視しにきた可能性を考慮せねばならないと思った。

 それはそれとして稽古をする。

 型だけしかやらないお気楽クラブである。

 しかもその型も何年も同じ初歩の型を繰り返すだけである。

 なのでもっぱら正拳突きに蹴りの練習となる。

 無明は力を入れずにやる気なく見えないように正拳を放つ。


(ああ、正拳突きはいい。どこまでも言っても課題が見つかる)


 単純なのに奥が深い。

 人間の一生では極めることはできないだろう。

 無明は一つのゲームのエンドコンテンツを極めるタイプだった。

 だから男子のほとんどが飽きて遊んでいても無心で突きを繰り返していた。

 無明の拳は本気で放てば音速を超えるだろう。

 だがそれは必要なかった。

 前動作を完全に消失させ。

 相手に感知されず。

 絶対に避けられず。

 防御の上から撃ち抜く。

 力は関係ない。

 自意識を消滅させ、ただの自然現象に。

 絶対に避けられず、防御もできず。

 パンッと音がした。

 まだだ。

 まだ遠い。

 自意識を消すには至らない。

 軽い拳から放たれた激しい音に教室中の視線が集まっていた。


「あ、ごめん。邪魔しちゃったかな?」


 困ったなと無明が頭をかいてると四条が無表情でツッコミを入れる。


「皆さん、無明さんの突きにびっくりしてるんです」


 無明は首をかしげた。

 完成にはほど遠い。

 人にお見せできるようなものではない。

【ほめすぎだろ】と内心思っていた。


「ますます興味を持ちました」


 四条は笑っていた。

 無明は首をかしげた。

 その後、空手が終わり、塾のターンがきた。

 放課後に二回行動は無理があると無明ですら思う。

 でも親に食わせてもらってるのだ。

 親の望むようにしてあげようと無明は思ってる。

 例えそれが放課後や休日のプライベートな時間をすべて埋めていたとしてもだ。

 塾は課金と称される進学塾。

 小学校の受験は勝利したというのに、無明の母親からしたらまだ足りないようである。

 今日は社会科デー。

 県軍の説明がされている。

 県軍はこの世界独自の制度のようだ。


「ダンジョンの出現により自衛軍だけでは足りなくなった兵力を都道府県が独自に募集することで賄ってます。いいですか! ここ頻出ですからね!」


 どうやらこの世界ではダンジョンの出現により戦争は少なくなっている。

 自衛軍と各都道府県の軍によってダンジョンの内外が守られている。

 それと企業と個人による【冒険者制度】が独自のものだろうか。

 冒険者はダンジョンに潜り、モンスターを倒してドロップ品を売ってる。

 有害鳥獣を狩るハンターの効率がいいものと考えていいだろう。

 冒険者になるには、システムへの登録、おそらく神の作ったシステムへの登録が必要である。

 最近ではネットのライブ配信で稼いでいるものも多い。

 ダンジョンでの貢献度は神に監視されていて、ランク付けされている。

 ランキングはリアルタイムで公開されている。


「いまから十年前に世界ランキング一位、虐殺者(スローター)が登場した」


 そういやそんなこともあったなと無明は懐かしんだ。

 0歳児のころから安寧を害するダンジョンを潰しまわった。

 関東近県の有名処以外は出現したら即潰すことにしている。

 有名処は県軍や都軍が守るだろうと無明は判断したからだ。

 本気になれば0歳児でも数秒で攻略できる。

 母親の隙を見てダンジョンを潰しまわった。

 気が付いたら世界ランキング一位になっていた。

 だが無明にそんな些事は関係ない。

 無明の生きる目標は、アオハルという情報を喰らい尽くすことであり、自分の目の前でNTRや事故、病気、ケガ、死などの鬱展開を発生させないことである。

 鬱展開など、たとえ大統領、いやこの世界の絶対神を殺してでも阻止する。

 それが自己の存在意義だと無明は思ってる。

 塾が終わる。

 社会科が一番苦手だ。

 いままでの知識が通じない。

 それでもトップクラスを維持してる。

 その科目で一番である必要はない。

 トータルでなんとなく上位であれば。

 夜も更けて解放される。

 ここから一時間、家に帰るまで間食と称して自由時間が与えられる。

 帰ったら別に食事は用意されてる。

 明らかに健康に悪い習慣だ。

 だが無明は食事をしない。

 その代わりに国立大学の付属病院へ向かう。

 医療の水準は高いが建物は古い。

 病院の壁を登り窓から病室に侵入する。


「よ!」


「あ! 無明くん!」


 布製の帽子を被った女の子がうれしそうな顔をした。

 彼女は佐藤詩織。

 骨肉腫で入院してる。

 帽子は抗がん剤のケア帽子というものと詩織は話していた。

 詩織は体が小さく、とても無明と同じ年には見えない。

 将来同じクラスになるかもしれない。

 だから無明は詩織のところに通っている。


「ジュース持ってきたぞ」


「ありがとう」


 ジュースなんて言ってるが、中身はエリクサーだ。

 それを詩織が好きなジュースにほんの数滴混ぜてある。

 エリクサーには体を瞬時に健康にする効果がある。

 骨肉腫でも一瞬で治療できるだろう。

 だが一瞬で治してしまえば、話題になってしまう。

 詩織には残酷なことであるが、少しずつ治療している。

 詩織は最初に会ったときは亡くなる寸前だった。

 だから最初だけエリクサーを原液で飲ませた。

 それからは希釈したエリクサーを飲める分だけ。

 今夜も二口飲んでくれた。

 それから五分程度会話する。

 すると詩織は疲れた表情になる。


「さあ、寝て。また明日来るから」


「ありがとう……」


 詩織が寝息を立てたのを見とどけてから無明は窓から外に出る。

 もちろん窓は閉めていく。

 無明にとって詩織は己のしょうもない欲望を満たすために救っているにすぎない。

 無明は救世主ではない。

 ただ壊れた勇者にすぎない。

 だが詩織にとっては唯一の外との接点だった。

 その存在は無明が考えるよりも深く詩織の心を癒やしていたのだった。

 外に出ると無明は顔を歪めた。

 そこにはダンジョンができていた。

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