第三十一話
日本政府からアメリカ合衆国に情報がもたらされた。
アメリカ政府は振り上げた拳のやり場に困った。
結局、いつものように戦争をはじめ二十万人ほどが死亡した。
まさか自分たちこそ神を怒らせた張本人であると言えぬまま。
同時に戦争という大量消費に経済はうるおい、アメリカの街には麻薬中毒患者があふれた。
アメリカは権威を失い、他国が次の派遣国の座を争った。
だがちょうどいいタイミングで各国で同時多発的にダンジョンが出現。
いつものように数百万人が死亡した。
これも神の試練、いや罰だと御使と蕃神は首脳陣に言い渡した。
絶対神の妻を殺した当時の大統領の生首を前に。
結局、アメリカ政府は該当するものの血縁者を飛行機に乗せて、別の国のミサイルで撃墜した。
さらに何百万人もが死ぬだろう、
だがそれは無明には関係ないことだった。
無明が警告したとおり、日本には笑えない規模のダンジョンが発生することはなかった。
たまに小規模なダンジョンができて、無明の知らないところで何人かが死ぬ。
日本政府は神と同等の存在がいることを交渉の材料にしなかった。
誰も御せない力である。
ただ平穏であれば暴れることもない。
相手は何をするかわからない化け物だ。
触らぬ神に祟りなしを決めこんだ。
その化け物は今日も大人しく学校に通う。
一人でユークリッド幾何の本を見て作図してるような男である。それも気持ち悪い笑みを浮かべながら。
成績は悪くなかった。
篠田は消えていた。
親の介護で退職したと聞かされた。
誰にも文句がつけられない生々しい理由である。
授業が終わればクラシック音楽部で練習をする。
無明は前世での『演奏できなければ死』という生活が心の底から嫌だった。
だが、驚くことに最近では演奏に喜びを感じるようになってきた。
なんだかんだでリュート片手に各地を回って演奏したこと。
それ自体は嫌いではなかったのだ。
それがクラシックギターに変わっただけだ。
無明の祖父は音楽には寛容だった。
たとえこっそりバーズムの「Det som en gang var」をアレンジしたものを弾いてても見て見ぬふりをしてくれた。
なんの曲かわかっていた祖父も大概だった。
やはり無明の暗さは遺伝なのである。
そのうち音楽教師の伊藤にあちこちのコンテストに出ろと指示が飛ぶ。
「先生、ボクはロックを弾きたいです!」
「好きにしろ。それで次のコンテストな」
「先生! なぜ話をスルーするのですか!?」
「お前の場合! それでも優勝しかねえだろが! だいたい爺さんからお前の好きな曲の話は聞いてんだよ! このブラックメタルキッズめ!」
すでに密告済みだった。
あきらめて言われたとおり演奏する。
流しの吟遊詩人と言えども、異世界での極寒の冬を腕一本で生き残った経験のある男である。
中学生程度の大会なら無双できる。
とはいえ教育虐待の果ての音楽エリート戦士が集う、高校生コンテストになればそれも通用しないだろう。
それでも無明はチマチマコンテストを荒らして回った。
自分が望んだのはこんな青春じゃない。
無明はそう思うのだった。
国は演奏にアオハルの貴重な時間を無駄遣いする無明を見て、危険はないと判断した。
ダンジョンはあれからも発生した。
絶対神が管理放棄した分を取り返すには数百年かかるようだ。
だから無明はダンジョンを潰して回った。
たまに国からも依頼がある。
ダラダラと解決する。
四条は魔法使いたちが無明の嫁にしようと画策してるようだ。
無明はわざと気づかなかったことにしてる。
松本はなんだかベタベタしてくる。
それが好意なのか、それとも友情なのか無明は測りかねている。
佐藤も松本に張り合ってかベタベタしてくる。
これはラブコメなのだろうか?
無明にはわからなかった。
事前に予習したラブコメの教科書たるギャルゲーには似たようなシチュエーションがなかったのだ。
御使いと無明はいつもいがみ合ってる。
原因は「絶対神にならなかったから彼女を紹介する話はなし」と主張したためである。
とはいえ無明の中では御使いはすでに友人。
喧嘩もじゃれ合いの一部でしかない。
御使いもそれをわかってるのか容赦ない言葉をかける。
「ばーか! 絶対神にならなかったから彼女になってあげませんよーだ」
「は? お前だったのか! それだけはお断りだ! この嘘つき!」
もう音楽教師にまで音楽の趣味がバレてるのだ。
もう無明に怖いものなどない。
「んだとこの陰キャ! 私のどこが不満だ!」
「全部だこのバカ!」
だが無明は知らない。
別に御使の自分を彼女にというのは本心ではない。
もう無明には三人もアオハルの候補がいるのだ。
ラブコメ展開にならないのは無明本人が悪いのである。
松本が呆れ声を出す。
「こちらはいつでもオーケーなのにね」
佐藤もため息をついた。
「本当にそうですよねえ」
四条もため息をついた。
「でも無明さんが児童虐待受けてなければ出会いませんでしたし」
「そうなんだよねえ」
三人はいろいろあきらめてた。
まだ時期が早いのだろう。
三人とも無明を危険だと思ってなかった。
特に事情のすべてを知る四条は無明には危険性はないと思っている。
無明は自分周囲にしか興味はない。
周囲が平穏ならいいと思ってるのだ。
平穏でさえあれば多少の不利益は許している。
例えばクラシック音楽部の活動もそうだ。
無明の性格上、注目される明るい場所に出るのはさぞ苦痛だろう。
だが許している。
抵抗すらしない。
人を支配する神ではなく、人でいることを望んだからだ。
力を使うのも食欲を満たす程度。
超越者としてはあまりにもささやかな欲望だ。
神や世界の王になる気などない。
滅ぼせないのだから無明を怒らせなければいい。
簡単なことだ。
御使の情報では絶対神は無明に敵対しなかった。
ヤクザとの違いはそこだ。
ヤクザは松本に手を出した。
それは明確な敵対だったのだ。
絶対神は世界を滅ぼそうとした……それは第三者からもたらされた情報だ。
本人に会ってその心配はないと判断したのだろう。
敵対者には容赦がないが、それ以外には甘い。
それが無明だ。
これから世界がどうなるかはわからない。
だが無明がこの世界を滅ぼすことはないだろう。
そう四条は思うのだ。
またもや無明が暗い曲を奏でる。
それを御使がからかう。
松本はそれをはやし立て、佐藤が無明をかばう。
最近、四条は思うのだ。
無明はちゃんとアオハルしてるじゃないかと。




