第三話
無明の現在最大の懸念。
邪魔になっているのは松本の問題だった。
無明はありとあらゆる暴力的解決法を考える。
残念ながら無明が持っているカードは暴力だけ。
誰を殺せばいい?
松本の母親の彼氏か?
だが殺さないで適度に半殺しをするには無明は強すぎた。
全盛期のいいところ十分の一の強さ。
だが世界を滅ぼすには充分な力だった。
「なに怖い顔してんだよ! ば~か」
松本は後ろから無明を蹴った。
子どもの蹴りなどノーダメージ。
「も~、痛いよ~」
だが痛いフリをする。
こういうのがコミュニケーションではないかと無明は考えている。
心配なので念のため松本には監視をつけている。
闇の精霊、もし万が一、松本に身になにか危険あったら知らせてくれる。
最低限の護衛もしてくれるように命令してる。
無明は自分の認知範囲内で鬱展開を許す気はない。
ヤクザだろうが警察だろうが政治家だろうが国家だろうが排除するつもりだ。
松本は無明の分のパンもアイスも「一口くれ」って言って強奪した。
もともと松本にあげるつもりで買ったものだ。
ハムスターのごとく小さな口で食べる姿はほほ笑ましい。
なぜこのかわいい生き物たちが無明の母親のような承認欲求モンスターになるのか?
無明にはこの疑問を解消する術はない。
「なんだよ……返さねえぞ」
「ふふ、いいって」
松本をアオハルの恋愛対象とみなすのはさすがにキツい。
それは無明の理想からは遠い。
無明はロリコンではない。
ただ単に失った青春、アオハルという情報を摂取したいだけの亡者だ。
だから、ある程度大きくなったら後方腕組み兄貴面しようと思ってる。
それはそれで楽しいだろうと無明は思っている。
松本にパンをあげて、しばし談笑してから一緒に帰る。
松本をアパートの前まで送る。
笑顔で手を振って別れると、無明は仄暗い笑みを浮かべた。
「だから俺は鬱展開を許さねえっての」
そこは無明の住んでるタワマンのすぐ近く。
普段なら街灯が煌々と照らしているはずなのに闇に包まれていた。
空間が歪む。
「あ、あ、あ、あ、あ。肉……子どもの肉……」
闇から手が這い出てくる。
普通の小学生なら見ただけでショック死しそうな姿だった。
生臭い死臭が鼻をつく。
生暖かい息が無明にまで届く。
「ににににににに……肉!!!」
手が一直線に無明に伸びてくる。
「力量差もわからない愚物め」
無明はその手をつかむ。
「ななななななな」
「死ね」
その刹那、腕が破裂した。
「電流が強すぎたか」
無明はつかんだ手に電気を流した。
雷の魔法。
異世界では無駄に空中に撃ってたものだ。
火花放電して派手だが、力のロスが大きい。
やはり電気は罠として地表に設置するか、直接流し込んだ方がいい。
「ぎゃ、ぎゃああああああああああああああ!!!」
怪物が悲鳴を上げた。
だがもう遅かった。
破裂した手が燃え上がった。
一瞬で黒焦げになる。
中から焼かれた怪物はもはや動くことはなかった。
「ゴブリン如きがいきがっちゃって」
そう言うと無明は空間に歪みに入っていった。
入り口には先ほど無明が始末した怪物の焼死体があった。
失敗した。電流が多すぎた。
脳髄だけを壊せばいい、焼き殺すほど力をこめる必要はなかった。
どうにも力を制御できてない。
無明は反省した。
だから次はスマートに行う。
中は石の壁の迷宮になっている。
それはできたばかりのダンジョンだった。
この世界では定期的にダンジョンが出現し、そこから出てきたモンスターが人を襲う災害が頻発していた。
渋谷や秋葉原や銀座には有名なダンジョンがあって、そこでの戦いを記録したB-LOGは動画投稿サイトの人気コンテンツだ。
年間、何人もの冒険者が命を落とすが、それでも冒険者になりたがるものは後を絶たない。
だが無明の暮らす埼玉にそんなものは必要ない。
冒険者?
危機感と知性の欠如だ。
殺生に意味はない。
罪でも誉れでもない。
必要だから殺すのだ。
たかが作業に人生を賭けるほどの価値はない。
ダンジョンを奥に進むとゴブリンどもが群れを成していた。
人に危害を加えんと欲する化け物。
無明は自分の目の届く範囲でこのような危険な現象を許さない。
「皆殺しだ」
無明はそう小さくつぶやいた。
幸い怪物どもは無明に気づいてない。
だとしたら真正面から戦ってやる必要はない。
無明は小さくつぶやく。
「凍てつけ」
気温が一気に下がる。
ゴブリンどもが次々と凍っていく。
フロアのゴブリンを皆殺しにすると無明は壁を触る。
「凍てつけ」
今度は壁に霜が降りていく。
壁の表面は絶対零度になり、急激な温度差により一部が破損する。
無明の冷気は止まることはなかった。
ダンジョン全体を凍らせ、中にいるあらゆるモンスターの生命活動を停止させる。
それはボスモンスターと呼ばれる強力なモンスターもまた例外ではなかった。
キングゴブリン。
本来ならダンジョンのボスモンスターのはずだった。
だが異変を感知する前に全身が凍り、次の瞬間、体はバラバラに崩れた。
「ふんふんふーん、あの人は~♪ もう、帰ってこないから~♪ 思い出だけ~抱きしめて~♪」
辛気くさい鬱ソングを鼻歌交じりで歌いながら無明はダンジョンを進む。
この圧倒的な地の辛気くささ。
とても勇者とは思えない。
まさに陰のものだった。
奥に行くとバラバラになったオークたちがいた。
さらに奥では空間の歪みが見える。
出口専用のワープゲートが開いていた。
「回収しろ」
無明は敵がドロップした品を魔法で回収する。
ダンジョン攻略特典の賢者の石も回収する。
換金する気はいまのところない。
だが加減を間違えて人を殺したときの、もしもの時の逃走資金に使えるかもしれない。
そう無明は考えていた。
どこまでも後ろ向きである。
ゲートを通り外に出る。
するとダンジョンは活動を停止し、ゲートも消滅した。
無明は生活範囲内でゲートができると必ず攻略して潰すことにしている。
無明のアオハルには不必要なものだからだ。
無明は別にロリコンではない。
だがアオハルのラブコメ展開にだけは異常に執着している。
アオハルという情報を食らいつくしたい。
ただそれだけのために神を殺したのだ。
はっきり言って異常者である。
その異常性に気づけば、【ただ同じ言葉をしゃべっているだけの怪物】であることがわかるだろう。
だが誰も気づかない。
無明は異常な行動も、異常な言動も、異常な態度も表に出さない知性があったのだ。
無明は鬱ソングを歌いながら家に帰る。
ダンジョン内にいた大量の命を無慈悲に刈り取ったことなどすでに記憶の彼方だった。
なお、無明は知らなかったが、赤ちゃんのときから10年近く繰り返してきたダンジョン攻略。
魔王軍の損害は兵にして百万ほどに及んでいた。
これにより魔王軍は戦略の転換を余儀なくされ、地球征服の計画は遅れに遅れていた。
つまり無明は自分でも意識せずに異世界の地球を守っていたのである。